ある医学生の日常

この記事は平成29年12月に投稿されたものですが、スパムメイルが集中してきたため同じ内容のものを投稿し直します。以下、その記事です。

 

早いものであと20日もすると平成29年が終わります。年があければいよいよ受験シーズンも本番です。このシーズンになるといつも思い出すのが医師国家試験の勉強をしていた医学部6年生のときのこと。このころのプレッシャーと言ったらそれまでの高校・大学の入学試験の受験勉強の比ではないくらい。なにせ医学部を卒業しても国家試験に合格しなければその6年間がまったく意味がなくなるのですから。「猿は木から落ちても猿だが、医学生は国試(医師国家試験)に落ちたらただの人以下」といわれるゆえんです。

以前のブログでも書きましたが、私たちが医学生のころは2年間の教養学部での時代を経て医学部での4年間の専門教育を受けていました。そして、一年半の基礎医学の講義と実習を終えて4年生の後半から臨床医学の講義がはじまるとやがて内科や外科、小児科や産婦人科とった臨床医学の実習へと移行していきます。6年生になるとほとんどが実習となって、秋にはすべての講義・実習が終わって卒業試験。その試験が終わればあとは国家試験に向けて各自の自習期間に突入します。

私は他の同級生に比べて国家試験の勉強が遅れていましたから、自室の机の上に山積みになった問題集や医学書、そして、勉強ノートがプレッシャーを否応なしに高めていました。授業で配られたプリントや卒業試験の過去問など、ついこの間までやっていた卒業試験の勉強の痕跡を残したまま、今度はすべての基礎医学・臨床医学の領域を問う膨大な試験範囲の国家試験の勉強です。人によってはグループを作って勉強会形式で勉強する人もいましたが私はすっかりマイペースでした。

そうした受験勉強本番を迎えるまで、私は比較的のんびりした毎日を過ごしていました。それは大学での授業といえば、そのほとんどの時間が実習に充てられていたからです。もちろん実習をまじめに出ていればそれなりに忙しいのですが、「さぼれる」ことをいいことに大学をさぼって銭湯に行ったり、自室でごろごろして本(しかも医学書ではない)を読んで過ごしていた私は実に不真面目な医学生生活を満喫していたのでした。まじめな(?)学生は実習に出なくても少なくとも国試の勉強をしていました、が。

ただし、言いわけを許していただければ、「実習」とはいってもあまり「勉強にならない」ものが多かったのも事実です。科によっては、学生教育担当の先生自身が「みんな来たの?まじめなんだね」などと言うところもあって、そんなところでの実習は当然のことながら勉強にならないことが多く、「自分で勉強した方がいいや」とおのずと足が遠のいてしまっていました。もちろん「自分で勉強した方がいい」と思いながらも実際には「自分で勉強」などしないんですけど(言いわけしてもやっぱり不真面目でした)。

実習は4,5人のグループ単位で各科をまわるのですが、すでに実習にまわったグループからいろいろな情報がまわってきます。「あの科はさぼってもぜんぜん大丈夫」「さぼるとやばい。必ず早めに集合」などと、行きかう情報に下々の学生は左右されていました。もちろん、優秀な学生やまじめな学生はそんな情報とはまったく無縁です。私の学生グループには「6年間の成績で優でなかった科目が数個」という才媛の女学生がいました。もちろん彼女はすべての実習にも全力投球でさぼるなんて発想はありませんでした。

彼女は臨床講義での板書をしっかりノートにとり、自宅で完璧なノートを作ってくるという驚異的かつ模範的な学生でした。そのノートは医学書にも勝るとも劣らない完ぺきなもの。眼科の実習のときなどは、教育担当の先生がそのノートをのぞき込んで「そのコピーくれない?」と頼み込んだほどです。?そのノートをもちこんでの実習はさぞかし勉強になっただろうと思いますが、「さぼれる実習はさぼる」というスタンスの下々の学生にはとって実習はほとんど無味乾燥に思えるのでした。

実習では、その診療科での基本的な診察の手技を学ぶとともに、代表的疾患で入院している患者を担当し、医師として必要な態度と知識を身に付けていくのです。実習の最後にレポートをまとめて提出。講評をもらって次の科にまわるということを繰り返します。あるときその同じグループの才媛女子学生が返却されたレポートを読み返して落ち込んでいました。「どうして私ってこうもだめなんだろ」と愚痴をこぼしているのです。才媛が自分のレポートを見てため息をついているのを私は遠めに見ていました。

てっきり私は「レポートの出来でも悪かったのかな」と思っていたのですが、実は彼女が落胆していたのは「満点じゃなかった」ということに落胆していたのです。私などは合格していればいいやぐらいにしか思っていなかったので、凡人には理解できない秀才の悔しさってものがあるんだとそのとき思いました。当然のことながら私には慰めようもないのですが、彼女のような秀才たちのすごいところは失敗や不出来にくじけず、かえってそれをバネにさらに努力するというところ。さすがです。

そんな私でも実習にインスパイヤされたときもありました。それは消化器外科の実習のとき。私達学生はまだ医師免許をもっていませんから医療行為はできません。でも、外科の実習の時は術衣を着て、手術帽をかぶり、マスクと手袋をつけて手術に立ち会います。手術は高度な清潔を保たなければならないため、手洗いの方法も、また、術衣の着方、手袋の付け方にも手順が決められています。医学生とはいえ、それまで手術室にすら入ったことがないので、すべてが新鮮で刺激的な経験でした。

手術がはじまると先生は腹部を消毒。メスを握った助教授が皮膚や臓器を手際よくさばいて病巣に到達します。術衣は思ったよりも厚く、また重いものです。おまけに帽子をかぶって手袋とマスクをつけての手術は暑くて苦しくて想像以上に重労働でした。手術の操作が一段落すると、助教授が私に「これをもってて」と術創を広げるための拘(こう)というものを渡しました。これなら学生が担当しても患者の不利益にはならなりません。私は緊張しながらその拘持ちの手伝いをしました。

先生は「ちょっと拘を緩めて。はい、ひっぱって」と私に指示を出します。私はその指示の出るタイミングをはかりながら先を読んで拘を操作しました。手術が無事終わると助教授が私にいいました。「君はセンスがいいね。とてもやりやすかったよ」と。私はなんだかとてもうれしくなって、外科系の実習には積極的に出席するようになっていました。今思うと、その先生はとても教育熱心な先生でしたから、学生のモチベーションを高めるのが上手だったんだと思います。ダメ学生にはなによりうれしい言葉でだったのでした。

内科の実習ではこういうこともありました。とある内科疾患の患者を担当して、その患者の病気のことを詳細に調べ、患者に詳細な問診をして身体所見をとらせてもらいました。そして、実際の検査所見をカルテから抜き出して今後の治療方針を考えて、それらをレポートにまとめました。その内容を教授に報告して講評を受けたとき、私が何気なく使った「再燃」という言葉を教授をとてもほめてくれました。「現在の患者の病態を表現するのに『再燃』という言葉はぴったりだね」と。教育はほめること、ですね。

教育担当の講師の先生に「君は問診のとり方が上手」と言われたこともありました。「眼底鏡の使い方がうまい」といわたり、ほめられるたびに眼科に行こうか、内科に進もうか、それとも外科にしようかと迷っていました。実習を通じて自分の適性や興味を確認することもこの時期の重要な要素なのです。もちろん学生のときに描いていたものとのギャップに気が付くときもあります。学生によっては臨床医には自分は向いていないことに気が付く者も、医学部に来てしまったこと自体に後悔する者もいます。

実習でどんなことに気が付くにせよ、目の前に突き付けられた「国家試験」には合格しなければなりません。最近の医学生は医学部を卒業しても医師という職業を選ばない人もいます。少しづつ増えているのは医学部を出てマスコミに就職する学生です。彼らは医学部での専門的知識を素人にもわかりやすく解説する科学専門職の記者として働きます。それでも医師国家試験の合格は必須です。それは医学部を卒業しただけでは医学士として認められないということでもあります。

さぼれる実習はさぼっていた怠惰な医学生だった私も、さすがに「国師浪人」になることはとても恐ろしいことでした。何年も浪人して結局大学に入れなかった受験生とは異質な恐怖心を医学生はもちます。平均合格率が90%前後と言うことも恐怖心をさらに大きくします。合格率90%ということは「合格間違いなし」という安心感ではなく、「みんなが合格する中自分だけ落ちたらどうしよう」という恐怖感があたまの中をいつもよぎるのです。この恐ろしさは当事者でないとわからないかもしれませんけど。

このときの気持ちは今もときどき夢となってよみがえってきます。臨床講堂で授業を聴いている夢の中の私は周囲の同級生が国試の勉強を順調にこなす中なにも準備ができていません。膨大な試験範囲を前に、「どうしよう。もうすぐ国試なのになにもやってない。このままじゃ合格はおぼつかない。来年、下の学年の連中といっしょにまた受験するなんて」と暗澹たる気持ちになるのです。そんな焦る気持ちで目が覚めることがときどきあります。現実世界でなにか心配事があると、いつもそういった夢を見ます。

今考えると、医学生はものすごい量の勉強をしています。私もそれを乗り越えてきたわけですが、もう一度それをやれるかといえばきっとできないと思います。だいいちにもう一度やりたくもありません。日進月歩の現代にあって、今の医学生はそれ以上に大変かもしれません。昔の牧歌的な医学生の生活なんて今はまるで夢みたいでしょうし。そんな牧歌的な生活だからこそ今の私は懐かしく振り返られるのかもしれません。もともと怠惰な私。五十路もなかばとなり、ふたたび牧歌的な生活をおくりたいと思う今日この頃です。

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