これは戦争だ

緊急事態宣言が出されました。新型コロナウィルス(COVID-19)による感染拡大はあらたなステージに入ったわけです。1月に私が漠然と感じていた不安は、3月になってわずかな希望の光に変りつつありました。しかし、残念ながら4月に入ってふたたび不安に転じ、今やその不安が的中してしまいそうな勢いです。誰が悪いといってもはじまりません。すべては結果論ですから。大切なのは「原因はなんだったのか」を整理し、「ならばこれからどうする」という点を冷静に分析、そして行動することです。

言い方が悪いかもしれませんが、これはある意味で「戦争」だと思います。「戦争アレルギー」の方にとっては不愉快な表現であっても、COVID-19という侵略者によって日本人の安全が脅かされる様相はまさしく戦争そのものです。感染拡大を阻止すべくまさに獅子奮迅の努力を続けている保健所・検疫所の職員、自ら感染する危険性を省みず重症感染者を救護し治療する人達は、国民の命を守り、日本を守る頼れる兵隊さんのようです。危機と不安をあおるだけのマスコミはあいもかわらず戦前と同じで困ったものです。

その一方で、緊急事態宣言が出され、外出の自粛、活動の自粛が呼びかけられる中、今も物流を止めないよう休みなく働き続ける人たちがいます。食料や日用品が不足しないよう人々に供給する人たちもいます。私たちの生活が今までと変わりなく続けることができるのもこういう人たちのおかげだということにどのくらいの人が気づいているでしょう。スーパーや薬局に朝早くから並びものを奪い合う人。熱がでて不安にかられる患者を横目に「発熱患者お断り」の張り紙をする医者もいる中、人もまたさまざまです。

前回の記事にも書きましたが、今、陽性患者が増え続けるのはPCR検査を増やしているからです。これまで、保健所のみなさんが検査対象となる人を選別してくれていました。検査とはそのように実施するものだからです。しかし、医学的知識もないド素人の政治家による誤った政治主導によってその数はどんどん増えています。「検査を増やせ」はまるで「鬼畜米英」のような同調圧力となって、今や「ドライブスルー方式」までおこなおうとする自治体まででてきました。まったく愚かなことです。

繰り返しになりますが、検査で感染者数を把握することなど不可能です。「検査を増やせば感染状況がわかる」などということも嘘なら、「感染者を少なく見積もるために検査数を意図的に少なくしている」などといった陰謀論も嘘です。今おこなわれているPCR検査は誤差の大きい検査です。そんな検査を大々的にやったところで感染者の正確な値を把握することなどできるはずがありません。検査はあくまでも「必要な人に実施するもの」という原則を無視することはできません。そうしたところを復習してみましょう。

感染した人を正しく見つけ出す検査の能力を感度、感染していない人をきちんと選び分ける検査の能力を特異度といいます。現在のPCR検査の感度は40%、特異度は90%程度だといわれています。もう少し精度の高い検査(感度70%、特異度95%)だったとして検査をするとどうなるでしょうか。50人の患者がいる1000人の集団に実施すれば、15人の感染患者が見逃され、47人が患者と間違われます。患者の数がもっと少ない集団に検査をすればさらに多くの人が患者と間違われることになります。

患者と間違われた人たちは「軽症だから自宅で」といわれても、その多くは「病院に入院させてくれ」と頼むでしょう。そうでなくても、法定伝染病に指定されたCOVID-19は病院に収容することが法律で定められており、病院の感染症病棟を不必要に埋めていきます。一方で、見逃された15人のかなりの人は「検査して異常なかった」と勘違いをし、さまざまな自粛をやめ、無自覚に感染を広げていくかもしれません。偽陽性者によって医療崩壊が助長され、偽陰性患者によって感染が拡大する。今がまさにそれです。

最近、感染経路のわからない検査陽性者が多いのはなぜでしょう。偽陰性の人が無自覚に感染を広めている結果とは考えられないでしょうか。陽性となった人が、いったん陰性になったのに再び陽性になるケースがあるのはなぜでしょう。偽陽性の人が感染病棟に収容され、今度は病棟で本当に感染してしまったということはないでしょうか。毎日増えている検査はすでに7万人。10万人を達するのももうすぐ。その中のたった1%の人が偽陰性だったとすれば1000人です。そのうち家でじっとしている人が何人いるでしょうか。

こうした検査は「早期発見、早期治療」につながるものではありません。そもそもCOVID-19の感染に治療法はないのですから。疑わしい症状があり、胸部CT検査や採血結果と照らし合わせ、治療方針に役立てるための検査です。そうした節度あるやり方でなければ、感染を広め、病床を減らし、ついには医療崩壊へつながります。患者が急増して医療崩壊した諸外国を見ればわかると思います。それなのに、医療崩壊した国々のあとを追うように検査数はどんどん増やされています。私が一番危惧するところはそこです。

では、感染の広がりは調べられないのでしょうか。いえ、おおまかな傾向をつかむことはできます。それが「重症者数」です。COVID-19による感染症では一定の割合の人が重症になります。例えばそれが100人に一人だったとすると、患者が1000人に増えれば重症者も十人に増えます。患者が1万人になれば重症者は百人になります。つまり、重症者がどのように増えていくかによって感染の広がり具合を推測することができるのです。こうしたことは前回の記事にも詳しく書きました。

死亡者も感染の勢い(威力)を推し量るのに役立ちます。ただし、死亡者数はその国の医療資源あるいは医療水準によっても異なるので、単純に国別に比較することはできません。しかも、いったん医療崩壊という事態にいたれば、死亡者は爆発的にふえていきます。そうなれば感染の拡大を必ずしも正しく反映することにはなりません。最近の死亡者数の国際比較をしてみると、日本の死亡者(4月11日現在94名)が抜きんでて少ないことがわかりますが、これはOECD36か国中3番目に少ない数字です。

資料)4月11日現在の数

アメリカ 感染:46万人余、死亡:16596人   中国 感染:8万人余、死亡:3340人

イタリア 感染:14万人余、死亡:18851人   スペイン 感染:14万人余、死亡:15843人

ロックダウン(都市封鎖)をしているアメリカには無保険の国民が多いため、今の勢いはしばらく続くだろうといわれています。季節性インフルエンザでさえも、昨シーズンのアメリカでの死者は34000人にもおよびました。過去10年で最多は61000人、2010年以降で死者が10000人を越えなかったシーズンはなかったといいます。医療水準が高いと思われているアメリカでさえ、日本のような皆保険で病院へのフリーアクセスが保障されている国よりも感染症による死者がはるかに多いのです。

イタリアもスペインも医療水準は低くありません。にもかかわらずこれほどまでに感染が広がってしまったのは両国ともに感染初期の対応をあやまったためです。とくにイタリアでCOVID-19の感染がはじまる前の2月19日に行われたサッカーの試合はその発端とされています。その試合はイタリア・ロンバルディア州のサン・シーロという町でおこなわれた「イタリア・アタランタ対スペイン・バレンシア」です。このときの観客や選手のなかに感染患者が混ざっていて、それがのちの爆発的感染につながったというのです。

サッカー場ではいわゆる「集・近・閉」がそろっています。バレンシアの選手たちからもその後多数の感染患者がでました。観客同志のみならず、選手同志の感染もひろまって両国の感染拡大につながったようです。両国ともに病院での検査で医療従事者が次々と感染し、それをきっかけに医療崩壊をきたしていっきに感染者をふやしました。医療従事者への感染を端緒として医療は簡単に崩壊するのです。検査をふやすことは病床を不必要に埋め尽くすとともに医療従事者への感染暴露のリスクをもたらします。

「検査をして陽性・陰性がわかれば感染拡大を防ぐ手立てがとりやすいじゃないか」と主張する人がいます。しかし、なんどもいうように、この検査は不正確なのです。陽性が出たからといって感染したとはいいきれません。陰性だからといって感染していないとも言い切れない。ならばどうするか。それは「怪しいケースは検査のいかんを問わず家庭内隔離で経過観察する」ということです。と同時に重要なのは「肺炎になって重症化する患者」を見逃さないこと。それらに尽きるのです。

重症例をいかに早く見つけて適切な治療につなげるか。そのためにはどのようにすればいいのでしょうか。まず第一に重要なのは「発熱があるか」という点です。特別な場合を除いて、熱のでない肺炎はないと考えていいと思います。ですから、「37.5℃以上の熱がある」ことがもっとも大切な目安になると考えていいでしょう。もちろん新型コロナに感染しても熱がでない場合も、症状が軽微なこともあります。しかし、大切なのは「新型コロナに感染したかどうか」ではなく「肺炎になったか」という点が大切です。

熱が出たかどうかだけで「新型コロナに感染したか」、あるいは「肺炎になったか」を判断することはできません。他の病気で熱がでている可能性があるからです。インフルエンザでも新型コロナと同じように高熱になります。ですから、インフルエンザのワクチンを接種していない場合、熱が4日以上つづくことが多く新型コロナによる熱かどうかを区別できないのです。そういうときはインフルエンザの薬をすぐに服用してもらい、解熱傾向になるかどうかで区別することがあります(診断的治療といいます)。

自分が新型コロナウィルスに感染したかどうか不安なときは症状を整理をしてみましょう。私たちが日常診療で診断するときも患者の症状を整理することが重要になります。下の問診表を見てください。これは当院で使っている「風邪症状を訴えた患者」に対する問診表です。この問診票はそれなりによくできていて(自画自賛)、「ある」の数が多くなればなるほどCOVID-19感染症の可能性が高くなります。もし「ある」が3つ以上あるときはかかりつけ医に電話で相談して下さい。

( ↓ 下の問診票をクリックすれば拡大します)

軽い風邪症状のように肺炎の可能性がなければ、自宅で隔離しながら様子を見ていいと思います。くれぐれも調子が悪くなったことを見逃さないようにしながら、適時適切にかかりつけ医や保健所に相談すればいいのです。繰り返しますが、新型コロナに感染したかどうかを正確に調べることはできません。怪しいなと思った時は家族をふくめ周囲に感染を広めないように細心の注意をはらって対処する。そして、肺炎を疑ったときは迅速に対応する。それが私たちにできる要点です。

下の印刷物は当院の外来を受診したすべての患者に配布しているものです。風邪症状が出現したとき、対応すべきことをまとめました。ここには重要なことが書いてあります。まず、「熱がでてきても解熱剤をつかわないこと」、あるいは「風邪薬や頭痛薬を飲まないこと」を一番強調したいと思います。なぜなら「本当の体温がわからなくなってしまうから」です。本当の体温がわからなければ、新型コロナかどうかということも、重症化しているかどうかもわからなくなってしまいます。

( ↓ 下の対応票をクリックすれば拡大します)

そうしたことに注意しながら、「風邪かな?」と思ったら、このまとめに書かれた指示にしたがって行動するといいと思います。3)の「注意すべき症状」のうち、少なくとも二つの項目に当てはまるようであればかかりつけ医または保健所に相談してください。電話で相談する際に、先の問診票の項目を見ながら自分の症状を先方に説明してください。あの問診票を使えば、先方が忙しい時に、症状を簡潔に伝えることができると思います。くれぐれもかかりつけ医あるいは保健所などに相談するときは電話でお願いします。

今、「熱発患者お断り」「風邪症状のある患者お断り」の張り紙をしているクリニックが少なくないと聞きます。そんなクリニックの存在を耳にしたとき、なぜそうしたことができるのか信じられませんでした。「患者のことよりも自分のこと優先かよ」とも思いました。診療を断われば熱発患者は病院を受診します。その結果、それでなくても疲弊している病院の負担をさらに重くし、医療崩壊を助長するだけなのにと腹立たしい思いがしました。新型インフルエンザのときの怒り再燃です。

いずれにせよ、全国の人々が自粛を続けています。そうした努力の成果は今週の後半にあきらかになります。一方で、保健所、検疫所ではたらくすべての人達が感染拡大阻止のために毎日奮闘しています。また、病院で働くすべての人が高い志をもって感染患者の治療にあたっています。物流を閉ざさぬよう働く人、お店で商品の供給を続ける人。さまざまな場所で働く多くの人達のおかげで社会はなんとか持ちこたえています。今のこの状況はまさに戦争です。皆で力を合わせ、銃後の守りを固めなければならないのです。

最後に、神奈川医師会の菊岡正和会長の声明文をご紹介します(赤い部分をクリックすれば神奈川医師会のページに飛びます)。私のいいたいことがここにまとめられています。医学的知識もないくせに、「検査、検査」と検査を不必要に増やし、公衆衛生をぐちゃぐちゃにし、社会を混乱させる政治家たちにも同じことを言ってやりたいです。「君らのうすっぺらな政治主導とやらで日本をダメにするつもりか」と。正しい判断は、正確な知識と柔軟な思考、迅速な決断から生まれるんだってことも教えてやりたい。


【このホームページの冒頭に書いたこと】

現実を直視して、今できることを淡々とやる。協力もする、我慢もする。

楽観的なことも、悲観的なことも、事実をちゃんと理解した上で次にどう行動するかを考えましょう。

他人事ではいけない。他人任せでもいけない。

自分を守ることは大切な人たちを守ることです。

と同時に、自分だけを守ろうとすることは他人を危険にさらすことでもあります。

今回の新型コロナウィルスによる危機にこれまで以上に日本人の民度が問われています。

「逃げず、恐れず、あなどらず」を心に刻みながらみんなでこの危機を乗り越えましょう。

 

 

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