ドラマ小僧は語る

私が幼稚園児のころ我が家にもテレビがやってきました。当時、テレビは高価なものでしたから、オンボロ官舎に住む貧乏公務員の家庭には高嶺の花のはず。それでも両親は分割払いで手に入れたのでしょう。テレビが部屋に運び込まれたときの両親のうれしそうな表情を思い出します。以後、私はテレビっ子となったのですが、不思議と子ども番組には興味はありませんでした。むしろ大人がよく見るようなドラマを好んで見ていた「ドラマ小僧」でした。

今も鮮烈な記憶として私の心に残っているのは「3人家族」。TBSで昭和43年に木下恵介アワーとして放映されたドラマです。竹脇無我扮する商社マンと栗原小巻扮する旅行代理店のOLとの淡い恋物語を中心に男3人の家族と女3人の家族がおりなす人間模様を描いたものです。当時小学生だった私は不思議とこのドラマに魅せられていました。ここに出てくる高度成長時代の大人の社会をなにか憧れに似た気持ちで見ていた記憶があります。それぞれ山手線と京浜東北線に乗って見つめあう竹脇無我と栗原小巻のシーンはとくに印象的です。ちなみに、このドラマの主題歌を今でも歌うことができます。

このころ、青春ドラマと呼ばれるドラマもたくさん放送されました。この中でも昭和46年に放送された「俺は男だ」は記憶に残るドラマです。このドラマの原作は実は漫画でした。今ではめずらしいことではありませんけど。現在、千葉県知事の森田健作演じる「小林君」と早瀬久美(今でもきれいですよね)演じる「吉川君」は私には「素敵なお兄さんとお姉さん」でした。当時の高校生の生活は小学生の私にはなんとなく漠然としたものでしたが、今は死語となりつつある「青春」と呼ぶにふさわしい雰囲気は十分に伝わってきました。

昭和47年に日本テレビで放映された「パパと呼ばないで」も良かったですね。亡くなった姉のひとり娘(杉田かおる)を突然預かることになった独身サラリーマン(石立鉄男)。下宿しているお米屋さんの家族に助けられながら慣れない子育てに奮闘する姿を描いた、涙あり、笑いありの人情ドラマ。どれも大好きだった石立鉄男ドラマの真骨頂でした。何度見ても感動します。このドラマの舞台になったのが下町の風情を残す東京の月島。今では高層マンションが林立する街になってしまいましたが、40年も経った今も私の中では懐かしい場所です。

「ぶらり信兵衛道場破り」も忘れることができません。昭和48年に当時の東京12チャンネルで放映されました。原作は山本周五郎の「人情裏長屋」ですが、中学生だった私はこの短編を読みながら、感動のあまり涙を堪えることができなかったことを覚えています。このドラマは原作の雰囲気をとてもよく残しているドラマで、高橋英樹が主人公の松村信兵衛のイメージとぴったりでした。最近、BSNHKでリメイクドラマが放映されていますが、「ぶらり」を夢中で見ていた私としては残念ながら「ん~なんか違うんだよなぁ(微妙)」って感じ。

高橋英樹といえばなんと言ってもNHKの大河ドラマ「国盗り物語」です。「ぶらり信兵衛」と同じ昭和48年に放映されました。群雄割拠の戦国時代の緊張感が伝わってくる上質で重厚なドラマでした。なかでも高橋英樹が演じる織田信長は私にとってのヒーロー。冷徹で繊細な信長に血湧き肉躍る思いでこのドラマを見ていたのを思い出します。近藤正臣が明智光秀、火野正平が羽柴秀吉。当時の若手俳優が多かったのですが実力者揃いのキャスティングでした。ちょうどこの頃、偶然電車の中で火野正平が向かいの座席に座っていて、緊張しながら握手をしてもらったことを思い出します。

NHKの大河ドラマといえば国盗り物語の次の年(昭和49年)に放映された「勝海舟」もよかったですね。このドラマの主演は当初渡哲也でしたが、途中で病気降板して松方弘樹に変更されました。でも、勝海舟、というより勝麟太郎のイメージはやはり松方弘樹の方がぴったりでした。私はこのころ「氷川清話」という勝海舟の書いた自叙伝を読んでいたのですが、麟太郎の父親である勝小吉がドラマで演じていた尾上松緑と重なり、麟太郎よりもこの小吉にとても魅了されてしまいました。富田勲が作曲した主題曲も実に重厚で、維新を迎えた日本が満を持して世界の荒波に船出するときの興奮をみごとに表現した名曲だと思います。

日本テレビで昭和50年に放送された「俺たちの旅」もよかったですね。中村雅俊が主演していましたが、小椋桂が歌う主題歌を聴くと今でもその当時のことを思い出します。世の中のながれからはちょっとはずれた主人公達の気持ちには当時思春期まっただ中の自分となんとなく共感するものがあったんだと思います。これからの自分の人生がどんなものになるのか。そんなことに漠然とした不安を抱えていた年代ならではの思いがこのドラマを見ると共感できたのかもしれません。

昭和52年のNHK大河ドラマ「花神」もとても記憶に残るドラマでした。それまで村田蔵六(のちの大村益次郎)という人物を私は知りませんでした。適塾ではあまたの若者が学問で切磋琢磨していましたが、村田蔵六はその中でめきめきと頭角をあらわし、明治という時代を背負って立つ逸材のひとりになりました。「花神」は江戸から明治にいたる大きな時代のうねりを感じることができるすばらしいドラマでした。その大村益次郎は今、日本近代軍制の創始者として靖国神社の入り口に大きな銅像となって立っています。

硬派なドラマとしては昭和54年のNHKドラマ「男達の旅路」も忘れてはいけません。元特攻隊員の警備員を演じる鶴田浩二が渋い演技で光ってました。以前のコメントにも書きましたが、説教臭く、「若い奴らが嫌いだ」が口癖の吉岡指令補はとても魅力的でした。その指令補に反目する若者達が次第に吉岡指令補に魅せられていく様は、まさしく私そのものでもありました。とくにこのシリーズの中でも「車輪の一歩」は名作だと思います。私もいつの間にか「若い奴らが嫌いだ」とつぶやく年齢となりましたが、吉岡指令補のような中年にはなれなかったなぁとつくづく思います。

昭和56年に放送されたNHKドラマ「夢千代日記」は、冬の裏日本のモノトーンな風景がとても美しい叙情的なドラマでした。さびれた温泉街が舞台で、人間の性(さが)や定めを夢千代という芸者の日記という形で綴っていきます。個性的な役者さんが多く、樹木希林や中条静夫といった脇役の役者さん達がいい味を出していました。印象的なテーマ曲を聴くと、たちまちタイトルバックにもなっている余部鉄橋があたまの中に浮かんできます。こうしたしっとりとしたドラマがすっかりなくなってしまったことがとても残念です。

「淋しいのはおまえだけじゃない」は昭和57年の向田邦子賞を受賞したTBSのドラマです。西田敏行演じるサラ金の取り立て屋。さる人物から依頼を受けて大衆演劇の劇団を旗揚げします。いろいろな思いを背負って集まってきた劇団員をだますうちに次第に気持ちが変わってきて・・・。このドラマで演出を担当していた高橋一郎は、“ドラマのTBS”とも呼ばれていた当時のTBSドラマのクオリティーを支えたスタッフのひとり。そのながれは平成16年のTBSドラマ「オレンジデイズ」や「砂の器」に受け継がれています。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)を題材に昭和59年に放映されたNHKドラマ「日本の面影」もなかなか良かったですね。明治から大正にかけて欧米列強の後を追うべく富国強兵の国策を進めた日本。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)という外国人の目を通して、古き良き時代を捨て去り、アジアの一等国になるべく突き進む日本の姿を描いたこのドラマは小泉八雲の「怪談」をモチーフにしていてとてもユニークでした。明治・大正期の日本の雰囲気とはこんな感じだったのかなぁと思わせる演出も素晴らしかったです。

昭和60年のNHKのドラマ「シャツの店」もテレビドラマの傑作のひとつです。鶴田浩二が昔かたぎのシャツ職人の親方を演じています。頑固一徹、自分にも他人にも厳しい親方。そんな親方に愛想をつかして家を出て行った妻(八千草薫)と息子(佐藤浩一)。夫婦間の、あるいは世代間の意識のギャップがユーモラスに描かれ、最後はお決まりのハッピーエンドながら心地よい余韻がのこります。当時はまだ独身だった私が大いに影響を受けたドラマのひとつでした。そういえば、このドラマの舞台も月島でした。

職人ものといえば、平成元年にTBSで放映された「あなたが大好き」もなかなかなものです。江戸指職人(田中邦衛)の跡継ぎ息子を真田広之(実は私と同年代)が演じているのですが、いつもはカッコいい役の真田ですが、今回は“親の後を継ぐと決心したものの、実は自他ともに認める不器用な息子”というちょっとかっこ悪い役でした。でも、真田広之はそれを無難に演じているのですからさすがです。私の好きなエリック・サティの「Je te veux」が主題曲になっていますが、この曲はドラマのテイストを決める重要な役割を果たしています。

戸田菜穂や萩原聖人、櫻井淳子などがまだ新人だった頃のフジテレビのドラマ「葡萄が目にしみる(平成3年)」も特筆すべきドラマでした。いわゆる“青春もの”なのですが、切なくて叙情的なすばらしい作品でした。新人俳優やオーディションで選ばれた素人が多いのでセリフが棒読みだったりしますが、このドラマにおいてはそれはそれで新鮮なものにも思えます。素朴な演出と使われたBGMがよかったこともありますが、なにより林真理子の原作に救われたような気がします。高校生を演じていた戸田菜穂や櫻井淳子が初々しくてとても可愛かったですが、その彼女たちもいつの間にかお母さん役をやる年代になってしまいました。

平成5年に放映されたNHKドラマ「蔵」も秀逸でした。今はすっかり大人になった井上真央が子役として出ていますが彼女の演技力はこのころから特筆すべきものがあります。造り酒屋に生まれた盲目のひとり娘として成長していく烈の生涯を描いています。閉ざされた雪国の冬にじっと耐えて生きる人々の生活が伝わってくるような雰囲気がよかったです。大きくなった烈を演じたのは松たか子でした。彼女もまだ新人だったのにその演技はすばらしいかったです。それにもましてNHKのクオリティの高さを感じます。

最後に「魚心あれば嫁心」。これはテレビ東京で平成10年に放送された連続ドラマです。これも舞台は東京月島。閉院した船津医院の夫人・朋江(八千草薫)をとりまくさまざまな人間模様を、朋江の川柳を通じて描いています。こちらのドラマの脚本も向田邦子賞を受賞しています。とくに、息子が12才も年上の女性と結婚すると言い出し、はからずも彼らと同居することになった朋江。息子夫婦の価値観との違いを乗り越えていこうとする姿にほっとします。ほのぼのとした気持ちになれるドラマでした。

最近のドラマはあまりにも安直に作られ、「いかにして視聴率がとれ、いかに安く作れるか」に主眼がおかれているように感じます。キャストが実力をともなわない人気頼りで決められているようにも思えます。小奇麗な顔立ちでも、その役の雰囲気にはおよそ似つかわしくない俳優が多すぎるような気もします。良いドラマは人を突き動かすエネルギーでもあります。心を潤す清流だともいえるでしょう。その意味で、もっともっと心を揺さぶるような良質なドラマと、画一化されない俳優陣が出てくることを願うばかりです。