風邪は治るが、治せない

新型コロナはもちろんインフルエンザの患者もだいぶ減り、一日に一人いるか、二人いるかという程度になりました。「風邪の症状があるのですが、どうしたらいいでしょうか」という問い合わせの電話の数も少なくなってきました。松戸保健所から定期的に届く感染情報では、いったん減少したインフルエンザ患者がふたたび増加に転じたりとその傾向は一定していないようです。しかし、ここ最近の当院の流行状況を見ても、インフルエンザも新型コロナもやがて減少に転じることでしょう。

当院では、風邪症状の患者さんが来院した際に、空間的な、あるいは時間的な隔離をおこなっています。つまり、待機する場所や診察・検査をする場所、あるいは来院してもらう時間などを調整しているのです。それは一般の来院患者さんに感染を広げないための工夫です。人によってはこうした工夫を不愉快に感じるかもしれません。しかし、感染症は流行を拡大させないことが重要です。感染症の患者さんの診療をするからには、そうした対策を講じなければならないことをご理解いただければ幸いです。

風邪やインフルエンザ、あるいは新型コロナウィルスについては繰り返し記事にしてきました(右上の検索エンジンで過去の記事を検索して下さい)。皆さんに知っていてほしいことがらは、以前も今もほとんどかわりません。この間、なんども同じ説明をしているにもかかわらず、なかなかわかっていただけないこともありました。しかし、世界的なパンデミックがようやく落ち着きはじめた今、あらためてかつてのブログを読んでもらえれば、冷静になって理解してもらえるのではないかと思います。

今回、これまで書いてきたことを少しまとめてみます。そして、医学知識のない一般の人が未だに勘違いしていること、あるいは、思い込んでいるにすぎないことを再認識するきっかけになれば、と思います。なお、必ずしも「絶対的に正しいこと」として書いていません。ですから、これから説明することを皆さんに押しつけるつもりはありません。また、私の主張が、これを読んで下さる方々のかかりつけ医の方針と異なっていたとしても、その医師の診療を批判するものでは決してありませんので悪しからず。

 

すでにご存知の方が多いと思いますが、いわゆる「風邪症状」とは、鼻水や咽頭痛、咳や熱といった症状の組み合わせをいいます。症状はおおむね軽い場合が多いかもしれません。原因はライノウィルスやコロナウィルスといったウィルスが感染しておこります。ウィルスは細菌と異なり自己複製ができず、感染した人の鼻やのど、気管の粘膜から侵入し、寄生した細胞にウィルスを複製させて増殖します。一般的に風邪の原因となるウィルスには、細菌に対する抗生物質のような特効薬はありません。

治療薬がない以上、風邪はからだに備わっている免疫力で治すしかありません。その免疫の中心的な役割をはたしているのが白血球(とくにリンパ球)です。からだがウィルスに感染すると炎症物質が作られ、その炎症物質が白血球を活性化し、体内に侵入してきたウィルスを排除しようとするのです。そして、ウィルスが排除されたのちも、しばらくは同じウィルスの感染に迅速に対応できるような状態が残ります。これが「免疫」と呼ばれるものです。ワクチンはこの免疫反応をおこさせるための物質です。

繰り返しますが、風邪(やインフルエンザ、新型コロナといったウィルス感染症)には特効薬というものがありません。つまり、風邪薬という名前の薬は「風邪を治す薬」ではないのです。風邪薬とは「風邪症状をごまかす薬」であるといってもいいほどです。ましてや「早めに飲めばひどくならない」というものでもありません。むしろ「風邪薬は早めに飲むと風邪が長引いたり、飲み続けると重症化を見逃すかもしれない薬」だとも言えます。風邪症状がつらくなければ飲まなくてもいい薬なのです。

その理由をもう少し詳しく説明してみましょう。感染症のときに熱がでるのは、からだの中に炎症物質が産生されるからです。この炎症物質が白血球を元気にしてくれます。その元気になった白血球がウィルスと戦ってくれるわけです。頭痛も炎症物質による症状です。熱がでたとき、あるいは頭痛のときに解熱・鎮痛剤を処方するのは、それらの薬が炎症物質の産生を抑制するからです。したがって、早めに、あるいは安易に解熱剤や頭痛薬などを服用すれば、白血球が十分な働きをしてくれないことがあるので注意が必要です。

つまり、「風邪かな?」と思ったからといって早めに風邪薬を服用すると、かえって風邪を治りにくくすることにもなるのです。それは風邪薬の中に解熱・鎮痛剤の成分が入っているからです。「熱がでたらすぐに解熱剤」という、多くの人にとって「当たり前のこと」は実は当たり前ではないのです。要するに、症状が軽いときの風邪に薬は不要なのです。他の人に感染を広めぬよう、安静にして体力の回復につとめ、寝ていればいいだけ。「風邪薬を飲みながら仕事(学校)に行く」なんてことはすべきではありません。

 

ただし勘違いしないでください。「薬を飲んではいけない」と言っているのではありません。症状が辛いのであれば服用して結構です。咳がつらいのであれば鎮咳薬を服用して下さい。発熱や頭痛だってつらければ解熱・鎮痛剤を服用してもいいのです。安易に、そして、定期的に一日三回服用してはいけないというだけです。「薬を毎日、しかも一日三回服用しなければ症状がよくならないときはどうするのか」とお思いの方もいるかもしれません。そのときは医療機関に電話をして相談すればいいと思います。

もちろん解熱・鎮痛剤を飲んではいけないケースもあります。まず、インフルエンザのときにロキソニンやボルタレンという商品名で呼ばれる解熱鎮痛剤を小児に服用させてはいけません。インフルエンザ脳症になりやすいことが知られているからです。インフルエンザ検査が陰性であっても、安全のためにこれらの解熱・鎮痛剤は使用しない方がいいでしょう。そのようなときはアセトアミノフェン(カロナール)という薬を使います。でも、痛み止めとしては弱い薬なので頭痛にはあまり効かないかもしれません。

では、アセトアミノフェンなら安心かといえば、必ずしもそうではありません。とくに妊娠後期の人にはアセトアミノフェンはできれば避けたい解熱・鎮痛剤です。お腹の中の胎児にとって重要な「動脈管」という血管にトラブルを生じる可能性が指摘されているためです。しかし、アセトアミノフェンを服用しても、必ずそのトラブルが起こるわけではありません。大切なことは、アセトアミノフェンだからといってむやみに服用して解熱しようとしたり、症状が軽いのに安易に使ったりしないことが重要だということです。

風邪になるとすぐに医療機関を受診する人がいます。「早期発見、早期治療」だからでしょうか。しかし、薬は症状に応じて処方内容が異なるため、症状がある程度そろってから受診した方がいいと思います。風邪症状があまりにもつらいとき、あるいは発症4日目に入っても改善傾向が見られない場合に受診すればいいのです。発症早期、あるいは軽症の方からの問い合わせに、「明日まで経過観察を」と指示することがあります。「なぜすぐに診てもらえないのか」と不機嫌になる人もいますが、意地悪をしているわけではありません。

インフルエンザや新型コロナの検査も同じです。しかし、これらの検査は「からだからあふれ出てきたウィルスの痕跡(抗原)」を検出するものです。症状がでてきてすぐに検査をしても、まだウィルスがからだからあふれ出てきていなければ検出できないのです。当院では「熱発(高熱)が出現しておおむね24時間が経過してから」と指導しています。どうしても早く知りたいときは従来のPCR検査が適していますが、重症でない限り早めに診断しなければならないようなケースは今はほとんどありません。

現在おこなわれているPCR検査の感度はかなり向上しています。新型コロナウィルスの検査がはじまったころは感度も特異度もそれほど高くはありませんでした。しかし、PCR検査の精度はどんどんと向上し、今はウィルスの断片があっただけで検出してしまうほどになりました。擬陽性の問題も決して無視できないほどになっているのです。新型コロナウィルスが流行し始めた頃、「できるだけ早く検査、なんどでも検査」といっている医師がいましたが、それがいかにいい加減なことだったかが今はおわかりいただけると思います。

 

今、サプリメントの健康被害のことが話題になっています。その健康被害が本当にあったことなのか、それとも過剰反応だったのか、結論がでるのにはもうしばらく時間がかかるでしょう。しかし、サプリメントが安易に使用されている現代社会のあり方に警鐘を鳴らす一例にはなったと思います。それは不要な薬をたくさん服用している患者さんにも、あるいは「薬はからだに悪い」という週刊誌レベルの言説に振り回され、必要な医薬品を服用せずにサプリメントに頼っている人にも警鐘になったかもしれません。

結論。風邪は自然に治ります。からだの中の白血球が戦ってくれるからです。風邪薬で治すことはできないのです。よもや「風邪を一発で治す薬」などありません。風邪にかぎらず感染症は本来ツラいものです。薬は症状を軽減するためのもの。点滴などは単なる水分補給の意味しかありません。水分補給のためだけなら経口からの方がよほど安全かつ確実です。抗生物質は細菌性の肺炎(あるいは扁桃炎など)を疑うときに処方することがあります。ウィルスが原因である風邪に対して処方しているのではありません。

なにが正解なのかは私たち医師にもわからないことがあります。そもそもケースによって対処法が異なる場合であればなおさらです。絶対的な正解はなくとも、「こうすべき」という標準的な指針はあります。我々はその標準的な指針にしたがって診療をしなくてはなりません。世の中にはいろいろな情報が飛び交っています。その情報はまさに玉石混淆。だからこそ、「世の中に流布されている情報は常に批判的に見るようにする」ことが大切。私が書いているこれらの記事の内容もまたしかり、です。