今、にわかにインフルエンザが感染を拡大していると報道されています。事実、松戸保健所からの定期連絡でも、管内のインフルエンザ患者は増加しているようです。外国人観光客がウィルスを持ち込んだための早期流行だとする識者もいます。しかし、最近のインフルエンザは、COVID-19(新型コロナ)と同じように季節を問わずに患者が発生しています。しかも、それらのウィルスに感染した患者は、倦怠感や頭痛、関節痛といった随伴症状が多少強めにでますが、重症化するケースはほとんどないのが特徴です。
ですから、「インフルエンザ流行中」とマスコミが騒ごうとも、あわててワクチンを接種したり、風邪症状があるからといってすぐに医療機関に駆け込む必要などありません。そもそもインフルエンザであれ、COVID-19であれ、「治す薬」というものがないのです。留意すべきことは、あくまでも「重症化しないこと」。そして、「重症化のサインを見逃さないこと」。この二点に注意しながら、感染患者からうつされないようにし、万が一感染しても他者にうつさないような配慮を忘れないこと。このことに尽きます。
「重症化しないこと」と「重症化のサインを見逃さないこと」には密接な関係があるので、これらのことをまとめてお話ししたいと思います。まず、大切なことは、感染しないよう・感染させないようにすることです。そのための基本は、「マスク・手洗い・解熱しないこと」です。「マスク・手洗い」は容易に理解できるだろうと思います(とはいえ、最近の新型コロナ感染の状況から、「マスク・手洗いは無意味だった」と考える軽率な人がいますが、それは間違いです)。問題は「解熱しないこと」です。
「解熱しないこと」については、当院に通院する患者さんにはだいぶ理解してもらっています。しかし、多くの人はいまだに「熱がでたら解熱剤でさげる」のが当たり前だと考えています。当たり前というよりも、「高熱=重症=死」と思って解熱剤を飲まずにいられない人が少なからずいるのです。「風邪薬(解熱剤)を飲まないでください」と説明すると、「風邪薬を飲めば2、3日で良くなる」と言う人もいます。でも、そうしたケースは、風邪薬を飲まなくても「2、3日でよくなっている」のです。
解熱剤や風邪薬を服用して熱がさがった人たちはどう行動するでしょうか。熱がさがったからと、会社や学校に行っている人たちが必ずいます。「そもそも休めないから解熱しているんじゃないか」とおっしゃる方もいるかもしれません。「熱ぐらいで休むな」と上司や教師から厳命されている人だっているかもしれません。あるいは「検査でインフルエンザやコロナの抗体が陰性だったのだから」とタカをくくって出勤・登校する人も。でも、熱が出てからしばらくの間は他の人に移しやすいことを忘れてはいけません。
熱が出たら、原則的に会社・学校を休んでください。そして、熱があっても安易に下げない。もし、解熱剤なしでも24時間は様子を見て、体温が再上昇する気配がなければマスクをして出勤・登校する。なにより他の人に感染を広めないためです。くれぐれも風邪薬を飲みながら職場に行く、学校に行かせる、といったことがないように。「あなたのため」というよりも「他者への配慮」だからです。検査など必須ではありません。ましてや「インフルエンザのタイプは?」なんてことを調べるのはまったく無意味です。
「重症化しないようにする」ためには、まずワクチンを接種することが大切です。そして、感染してしまったら、自宅で安静にしながら充分な休養をとる。そして、重症化のサインを見逃さなければいいだけです。ワクチンについては、「COVID-19のワクチンを接種しても、あれだけたくさんの死者や重症者を出したのだから無意味」と言う人たちがいます。でも、それは間違った考え方です。感染した人があれだけいれば、死者や重症者だってそれだけの数になるはず。分母と分子の数を考慮して判断すべきです。
「ワクチン接種によって重い副反応を起こしたケースがあんなに多かったじゃないか」ということについても同じです。新型コロナワクチンは当初から「数十万人にひとりの割合で重篤な副反応が出る可能性がある」といわれていました。そして、それは今、おおむね正しかったことがわかっています。重い後遺症を背負うことになった気の毒なケースについても、ワクチンを接種したときに起こることがある「ADEM(急性散在性脊髄炎)」とよばれる副反応であって、新型コロナワクチンに特有な薬害ではありません。
「ワクチンは接種した方がいいですか」と質問されることがあります。そんな時、私は次のように答えています。「どんなワクチンにも副反応がおこることがあります。その副反応が重い場合もあるため、安全性が担保されたワクチンであれば積極的に接種してください。とくに、命に関わるような疾患であり、かかっても治療薬がない場合はワクチン接種は必要です」と。したがって、インフルエンザワクチンについては、そのワクチンの安全性はある程度確認されており、積極的に接種することをお勧めしています。
その一方で、新型コロナウィルスワクチンについては、mRNAワクチンそのものが新しいワクチンであり、長期的な安全性にはまだ疑念が残るという意見があります。しかし、新型コロナが流行しはじめたときのように、多くの人が重症になったり、亡くなったりしている状況においては積極的に接種すべきです。でも、重症患者がほとんどいなくなった今、あえて接種をしなければならないとは思いません。長期的なリスクをうわまわるほどのメリットを感じないからです。こうした考えはあくまでも私個人のものなのです。
インフルエンザに限らず、感染症が重症化するのは気温の低い冬季だとされています。それは乾燥していてウィルスがなかなか死滅しにくいということ。また、空気の乾燥が人間の鼻やノドの粘膜における感染防御機構を弱らせてしまうといわれています。さらには、日照時間が短くなることによって人間の免疫力そのものが低下することも指摘されています。したがって、インフルエンザに限らず、感染症に対するワクチンの接種は、来年の1,2月にワクチンの効力がピークとなる11月頃がいいのではないかと思います。
インフルエンザであれ、COVID-19であれ、重症化して死ぬ直接的な原因は肺炎です。ですから、単に高熱になった場合であれば怖がる必要はなく、「高熱をともなう咳が続き、息苦しさがあるとき」にこそ注意が必要です。高熱が続いたとしても、3日目に解熱傾向となっていれば問題ありません。3日目になっても高熱が続き、寝床からトイレに移動するだけで息切れがするような場合は肺炎を疑うべきです。医療機関に電話をして相談して下さい。「咳と高熱」があればすぐに受診、ということではありません。
これまでお話ししたことは、すでに何回もこのブログで書いてきました。当ブログ内の検索をして、是非読み直してみて下さい。最後に、COVID-19(新型コロナ)が流行をはじめた2020年に医師会雑誌に投稿した文章を掲載します。いい加減な情報や、恣意的な意見に振り回されてはいけません。くれぐれも「烏合の衆」にならないでください。どの情報が信頼できるものなのかを見分けることは難しいと思います。でも、いろいろな情報に接し、できるだけ理性を働かせ、その正しさを判断する努力こそが重要です。
************************************ 以下、当時 (2020年8月)の掲載文
昨年秋、新型コロナウィルスの流行は中国・武漢市からはじまったとされています。そして、そのウィルスは年があけた1月にインバウンドの勢いを借りるようにして日本に上陸しました。その後、諸外国ほどではないにせよ、感染者の数は増加の一途をたどっています。一時、重症者の数が横ばいになり、「もうすぐピークアウトか」と噂されましたがそれも期待外れに。東京などの大都市を中心にPCR検査陽性の人がにわかに急増し、ついに緊急事態宣言が出されてしまいました。
それにしても、新型コロナウィルスは、まるで日本に来襲したシン・ゴジラであるかのようです。日本の、そして日本人のさまざまな問題点を明らかにしたのです。これまで日本は、SARS、MERS、そして新型インフルエンザといった外来感染症の危機に何度かさらされました。にもかかわらず、日本には「本格的な防疫体制」というものがないことがわかったのです。また、リーマンショックを越えるかも知れないという経済危機に、政府は今もなお経済を支えるための有効な手立てをとれないままです。
一方で国民はどうかといえば、戦後の混乱を切り抜け、オイルショックを乗り切り、震災・原発事故を克服してきたはずだというのに、この混乱の中で依然として「買いあさり」と「買い占め」をやめられない人が少なくありません。また、日本人特有の「根拠なき楽観主義」によって、不要不急の外出、集会やコンサートの自粛が求められる中、海外旅行を我慢することも、夜の歓楽街をさまようことを控えられない人たちもいます。今、抗原検査陽性の人の数を増やしている原因の一部は、こうした「困った人たち」です。
検査の実施件数もまさにうなぎ登りです。医学的知識もないド素人の国会議員が「検査を増やせ。希望するひと全員に検査を」と耳障りのいい主張を繰り返します。しかし、新型コロナウィルスのPCR検査は感度も特異度もそれほど高くなく、擬陽性や偽陰性の問題が無視できません。そんな検査を事前確率も上げないまま実施すれば、本来は入院を必要としない偽陽性者が病床を占拠し、偽陰性の患者が無自覚に感染者を増やすことにもなります。無知な政治主導はなにもしないことよりも恐ろしい。
挙げればきりがないほどのダメダメぶりに、出てくるのはため息ばかり。この原稿が読まれるころも、まだそんな状態が続いているのでしょうか。保健所や検疫所の職員、感染患者の治療にあたる医療従事者が、感染する危険にさらされながらいっぱいいっぱいでやっています。お気楽な一般人がそうした人たちを見て見ぬ振りなのは仕方ないとしても、まさか医師会の先生方がその「今、危機にある人たち」から目をそらしていないでしょうね。いろいろなところで日本人の民度が試されているのです。
とはいいながら、つくづく高病原性鳥インフルエンザでなくよかったと思います。オリンピックも仕切り直し。中国製品とインバウンド頼みだった日本経済も反省を余儀なくされ、感染症対策もふくめてすべてを抜本的に見直すことになるでしょう。将来、ふたたびやって来るだろう恐ろしい未知の感染症のため、今、経験していることすべてをこれからにつなげなければなりません。そして、「あのときの辛い思いがあったからこそ」と思えるような日本にしていきたいものです。




