インフルエンザの流行もだいぶ下火になってきたと思っていましたが、松戸保健所からの情報では東葛地域でまた感染者が増加している、と。しかし、当院で日常の診療をしていてもそれほど感染者が増えているという実感はありません。おそらく周辺住民へのインフルエンザワクチンの接種が一段落しているからかもしれません。いずれにせよ、これから子ども達の通う学校も冬休みに入ります。年末年始のお休みにもなります。そうなれば感染拡大もじきに落ち着いてくるのではないでしょうか。
COVID-19(新型コロナウィルス)に感染する人の数も増えてきているようです。でも、驚くことはありません。それはCOVID-19ワクチンを接種する人が激減しているからです。ワクチンの接種が少なくなれば感染者は増える。当たり前のことです。これまで何度も繰り返してきたように、感染状況は感染者数ではなく重症者の数で評価すべきです。その意味で重症者がまったく増えていない現状は特段問題がないことを意味しています。理由や考察のない表面的な報道があいかわらず多く困ったものです。
その一方で、COVID-19ワクチンに対する批判が高まっています。「重篤な副反応が出ている恐ろしいワクチン」というのがその批判の中心です。ワクチン接種後に亡くなった人の数が2000人にもなってしまったではないかというのです。ワクチン接種が死因と特定できたケースはそれほど多くはありません。しかし、少なくともワクチン接種後に亡くなったのだから、ワクチンの危険性をもっと認識すべきだという意見ももっともです。でも、だからといって「なぜそんな危険なワクチンを接種してきたのか」というのは極論です。
私はワクチンに「中立な立場」だと思っています。ですから、こうした批判にはもっともだと思うところとそうでないところがあります。まず、今回のCOVID-19ワクチンについて「こんなにも危険だったワクチン」という反応は少し誇張されているように感じます。このワクチン接種がはじまったとき、ファイザー社などからアナウンスされた危険性は「接種数十万回に一回の割合で重篤な副反応が起こる可能性がある」でした。接種開始時、私は「重篤な副反応は20万人にひとりほど」と説明しながら接種していました。
日本ではこれまで約4億3千万回あまりのワクチンが接種されてきました。ワクチン接種後に亡くなった人が2000人いたとして割り算をしてみてください。22万回の接種にひとりの死亡者ということになります。もちろん亡くなりはしなかったが、重篤な後遺症が残ったケースも相当数あるでしょう。しかし、そうした人たちの中には、その死因や後遺症がワクチン接種と無関係のケースも少なくないはずです。そのようなケースを調整すれば、ワクチンの危険性はおおむね当初説明されていた程度だということがわかります。
だからといって「今のワクチン接種に問題ない」と思っているわけではありません。「ワクチンは危険性(副反応)と重要性(効果)との天秤で考えるべき」だからです。もともと危険性のまったくないワクチンなど存在しません。その危険性を可能な限り回避しながら、その危険性を許容できる範囲で接種の是非を評価しなければならないのです。得たいの知れない恐ろしいウィルスが猛威を振るい、その感染拡大によって重症者や死亡者が急増し、医療崩壊が目前にせまっているとすれば、多少のリスクは覚悟のうえです。
「社会の危機」ともいうべきステージを過ぎ、重症化する患者の数も少なくなっていれば、もはやワクチンの接種は必須とはいえません。ましてや周囲から強制されるようなものではないのです。現在も続けられているCOVID-19ワクチンのこれまでの効果はあきらかでした。感染しても重症化しないで済んだのはワクチン接種による恩恵です。感染しなかった人たちも、自分自身が接種し、あるいは周囲に接種した人たちがいたからこその幸運だったという事実を認識しなければなりません。ただの偶然ではないのです。
11月28日に従来のmRNAワクチンとは作用機序がことなる新しいワクチンが世界ではじめて承認されました。このワクチンを「レプリコンワクチン」といいます。今年の5月にその実用化についてのプレス・リリースがありました。しかし、その報道がほとんどなかったため、承認されたという報道があるまで私はこのワクチンの存在を知りませんでした。今回、このワクチンについていろいろ調べてみましたが、詳細な解説をしている情報がほとんどありません。それくらい新しいワクチンだということなのでしょう。
今回、この「レプリコンワクチン」について、私が理解している範囲で、皆さんにも理解しやすいように解説したいと思います。ただし、私の説明する内容が、後で間違っていることが明らかになるかもしれません。そのときはこのページの終わりに訂正記事を追加します(文章そのものは修正しません)。全面的に間違っているようであれば記事そのものを削除します。今後、レプリコンワクチンのことが気になったら、ときどきこのページを参照してください。読者の皆さんからの間違いのご指摘も歓迎します。
*********************** 以下、本文
レプリコンワクチンのことを説明する前に、ウィルスのことについて少し説明したいと思います。ただし、わかりやすく説明するためにかなり簡略化しています。細かいところで間違っているかもしれませんし、「そんなに単純化はできないよ」と思われる部分もあるかと思いますがご容赦ください。
皆さんはウィルスと細菌との違いをご存じでしょうか。一番大きな違いは、細菌は自己複製できるのに対して、ウィルスは自分で自分のからだを増やすことができないところです。つまり、細菌は環境が適していればどんどん自己増殖していきます。しかし、ウィルスそのものは、そのままでは自分で自分の分身を作ることができずに壊れてしまいます。では、ウィルスは自分の分身を作って増殖し、生き延びていくためにどうするのでしょうか。実は生物の細胞に侵入してその細胞に分身を作らせるのです。
ウィルスは生き物の細胞に寄生しなければ分身を作ることができません。COVID-19の粒子からトゲのように延びた「S(スパイク)タンパク」で細胞膜にとりつき、細胞の中に侵入するための役割をはたしています。とくにこのSタンパクの受容体結合ドメイン(RBD)と呼ばれる部分が、標的細胞膜の受容体にとりつくために重要です。かくして細胞内に侵入し、自己の遺伝子を注入すると、細胞自身にウィルスのからだを複製させ、それらのウィルスが細胞を飛び出し、あらたな標的細胞へと向かっていくのです。
ところで、細胞やウィルスが分身を作るときの設計図がDNAです。DNAは二本のペアとなった遺伝情報の鎖で、通常は細胞核の中に保管されています。DNAのすべてが生命活動に必須な遺伝情報ではありません。エクソンと呼ばれる遺伝情報として必要な部分と、イントロンと呼ばれる不要な部分が交互につながっているのです。なぜ不要の部分があるのでしょうか。それは、放射線などによって部分的に壊されても、その影響を確率的に低減するためです(損傷したDNAを修復する機能ももっています)。
さて、細胞分裂する際、母細胞の遺伝情報をコピーしなければなりません。このとき二本鎖だったDNAは一本の鎖にそれぞれわかれ、その一方の遺伝情報をもとにmRNAという仮のコピーを作ります。このコピーになってはじめてエクソン部分の遺伝情報を切り出すことができます。この抜き出されたエクソン部分のうち、タンパクを作るときに働く部分をレプリコンといいます。COVID-19のレプリコンであるmRNAを注射し、人間の細胞にそのSタンパクを作らせて中和抗体を誘導するというのが従来のmRNAワクチンです。
COVID-19ウィルスのSタンパクを細胞に作らせる、というとなにか危険なことがおこるように思えます。しかし、COVID-19ウィルスのからだ全体ではなく、細胞にとりつく際に働くSタンパクのみを体内に作るので、ウィルスの毒性が発現することはありません。体内でSタンパクができると、やがてリンパ球を刺激し、Sタンパクに対する抗体を分泌してそのSタンパクを攻撃します。かくしてウィルスは細胞にとりつくことができなくなり、細胞内に侵入することも、分身を作ることもできずに壊れていくというわけです。
しかし、Sタンパクの構造は複雑であり、リンパ球だけではなく、人体のさまざまな免疫機構を刺激します。それがワクチンのいろいろな副反応を引き起こし、ときにひどい副反応となることもあります。また、mRNA自体は壊れやすく、衝撃が加わったり、適温で保存しないと簡単に活性を失います。ワクチンの扱いには慎重さが必要なのです。ウィルス自身は遺伝子を変化させ、生体の免疫から逃れようとします。そのため、mRNAワクチンもそのたびに遺伝子変化に対応したワクチンに作り替えなければなりません。
レプリコンワクチンと従来のmRNAワクチンとではどこが違うのでしょうか。それはレプリコンとしてのmRNAをどのように細胞まで運ぶかというプロセスに大きな違いがあります。SタンパクをコードしたmRNAを直接体内に注入するのが従来のmRNAワクチン。このワクチンでは、免疫に寄与するだけの必要最低限のSタンパクを作るために、それなりの量のmRNAを注射しなければなりません。しかも、作られたタンパクも異物として認識され、やがて体内から消えていくため、4,5ヶ月おきに接種しておかなければなりません。
一方のレプリコンワクチンは、ベクターと呼ばれるウィルスを注射して細胞にレプリコンを発現させます。今回のレプリコンは、Sタンパクのとくに受容体結合ドメイン(RBD)とよばれる部分に特化したものです。ベクターウィルスが細胞内で自己増殖し、次々と他の細胞に感染していって、しばらく抗体を誘導し続けるのです。誘導されたRBDに限定した免疫反応は、感染抑制に寄与する中和抗体を有効に作り出し、同時に、過剰な免疫応答の原因でもある非中和抗体の産生を抑えるといわれています。
なお、ベクターとなるのはα(アルファ)ウィルスと呼ばれるもので、ほとんどの霊長類に感染しているウィルスだとされています。疾病を引き起こすような病原性はなく、人体に感染しても影響はありません。このウィルスの中にSタンパクRBDレプリコンを入れて人体に注入するのです。体内に入ったベクターウィルスは細胞に接触・侵入し、細胞内で複製する過程でSタンパクRBDに対する抗原を発現し、リンパ球を刺激して抗体を作らせます。なお、このベクターウィルスもやがては免疫によって排除されていきます。
以上のことから、レプリコンワクチンについては次のようなメリットがあるといわれています。①注射量が少なくて済む、②温度管理などの扱いが容易、③効果の持続期間が長い、④重篤な副反応が少ない。なにやらいいことづくめですが、これらはあくまでも理論上のものです。ベトナムで8000人規模の治験がおこなわれましたが、大きな健康被害はなかったとされています。しかし、健康に対する長期的な影響については未知な部分も多く、本当の安全性についてはこれからの検討課題です。
巷では、このレプリコンワクチンに関する情報が錯綜しています。中には、十分に調べもせず、不必要に人々の不安をあおるいい加減な情報を流す人も少なくありません。ワクチンの危険性に警鐘を鳴らすことは大事です。しかし、イデオロギーにもとづいた扇動的な情報にはくれぐれも注意すべきです。とはいえ、レプリコンワクチンの安全性については十分に検討されているとはいえません。数年はかかる臨床実験もそこそこに、あっという間に承認を受けてしまった観が否めないのです。
感染拡大が社会の混乱と医療の崩壊をもたらしている危機的な状況ならまだしも、今のように落ち着いているときに新しいものに飛びつくのは決して賢明ではありません。COVID-19が流行しはじめたときのブログにも書きましたが、政府の対応は初動が遅いばかりではなく、間違った対策が多かったように感じます。その総括や反省がないまま、次々とワクチン接種事業を進める厚労省のやり方には賛成できません。その意味で、来年の秋から接種が始まると言われているレプリコンワクチンには注視していく必要があるでしょう。
※ 前編の「ワクチンの現状」もお読み下さい。