日本の未来は

今回はちょっと政治的な見解を書きました。今年を締めくくる記事で避けて通ることができなかったことだからです。私は特定の政党を支持していませんし、特定のイデオロギーをもちません。自分の目と頭で理解し、信じたことを支持するという政治信条をもつのみです。ですから、今回のブログを読んで不愉快になる方がいるかもしれません。しかし、これから書くことは何らかのプロパガンダでもなければ、特定の政治的スローガンを吹聴するものでもありません。その辺のことをご理解の上でお読みいただければ幸いです。

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あと一日で令和元年(2019年)が終わります。今年はなんだか気ぜわしいだけで、実はなにも変わらなかった一年だったように思います。そう思うのは、今年の世相を反映しているのかもしれません。香港やウィグルなど、世界各地で自分たちの運命と戦っている人たちがいる一方で、日本国内では誰を桜を観る会に呼んだとか、呼ばなかったとか。どこの学校法人に口利きをしたとか、しないとか。泡のように湧き上がってはじけて消えていく下らないニュースに国民が振り回され、踊らされた一年でした。

先日の新聞で、2019年の日本の出生率が過去最低となり、出生数も年間90万人を割り込む事態になったと報じられていました。日本の人口はすでに2010年から減少に転じており、65歳~74歳の人口は2040年ごろに、75歳以上の人口は2055年ごろをピークに増加を続けると予想されています。その意味で出生率の低下は社会の急速な高齢化をもたらす深刻な問題です。政府は以前から「少子化対策」を政策の重要課題にあげていますがいまだに有効な手立てはなく、人口は減少し、高齢化はどんどん進んでいます。

それにしてももっとも有効な少子化対策は景気回復だということに気が付いていない政治家があまりにも多すぎます。なぜ若い人たちが子どもを産み、育てないか。家族の在り方、子育ての意味、さらには結婚の価値といったものが価値観の多様化と共に変化してきたことが影響しているのでしょう。しかし、それにも増して、若い人達の将来への不安は、子どもを産み、育てることを負担だと感じさせている。そうした若者の心理を理解しないままに、うわべだけの少子化対策など効果はありません。

デフレという世の中だからでしょうか。今の若い人たちの中には昔ほど夢や希望というものが感じられなくなったように思います。まるで目標を見失ったかのようです。昭和という右肩上がりの社会に生まれ、生きてきた私からすると、今の若者には物足らなさすら感じます。平成に生まれた我が家の息子たちもれいがいではなく、デフレの時代に生まれ、育ってきた彼らからは上昇志向というものは感じられず、彼ら自身、将来どんな大人になるのか目標を定めきれずにいるようです。

最近の子どもの「なりたい職業」のトップは「Youtuber」なのだそうです。うちの次男も小学校のころ、さかんに「Youtuberになりたい」と言っていました。「そんな不労所得に夢を見るなんて」と思ったものですが、私には現代っ子たる子供たちの胸の内を知る由もありません。彼らが支持するYoutuber達が作った動画のサブネイルを観ても、「東大理一と医学部 どちらがいいか」などというタイトルがついていて、「夢より現実」ってことなのでしょうか。これも今どきの社会情勢を反映したものといえるかもしれません。

本来、「東大理一と医学部」は「どちらがいいか」ではないはずです。東大の理一と医学部とを「将来、どんな仕事をしたいのか」「なにをしたいのか」という視点で観ていないことに違和感を感じるのは私だけでしょうか。そんな選び方をすれば将来必ず壁にぶち当たります。医学部に合格したとたんに目標を失い、気力をなくしたまま卒業していく人は決して少なくありません。それでも卒業できる人はまだいい方です。留年を繰り返し、国家試験をなんども受験することになればもはや無間地獄の苦しみしかありません。

生きるのが苦しいのは他人と自分を比べているから、という場合が多いようです。自分は他人からどう見られているのか。そんな「他者の価値観」に振り回されて人生を生きてみたところで、所詮「他者の価値観」なんて自分の中で作り上げた虚構にすぎない。「自分はなにをしたいのか」、もっといえば「自分はどう生きたいのか」という一番大切な問いかけを忘れて人生を無駄に過ごしてしまうことほど不幸なことはありません。他人がどうではなく、自分がどうあるべきかなのです。いつそれに気が付くか、です。

長男がまだスランプから抜け出せないでいるとき、自分が学校に行かないのは学校や先生たちのせいだと言っている息子を叱ったことがあります。「そんなに学校が嫌なら辞めなさい。高校は卒業させてもらうところ。学校や先生たちに悪態をつくのは学校を辞めてからにしなさい。学校や先生がいったいおまえに何をしたっていうんだ」と私は息子を叱りました。息子は納得いかないような表情で聞いていましたが、今はそのスランプから抜け出したかのように以前の彼に戻りました。結局、「自分はどうするか」なのです。

「なにをしたいのか」よりも「なにをすれば無難か」という生き方を選ぶ若者が増えているように思えるのもデフレ社会と無縁ではないと思います。将来に希望や期待よりも不安を感じる社会であれば、リスクを負わず、無難な生き方を選びたくなるのも無理はありません。確実性に乏しく、不透明な未来に希望を見いだせない若者を誰も批判できないのです。そう考えると、今の社会の在り方に暗い影を落としているデフレを克服することがなにより必要です。デフレの克服こそ日本の未来を明るいものにする第一歩なのです。

日本経済を立て直すことが喫緊の課題です。にもかかわらず、政治家のみならず多くの大人たちに景気を回復させようという気迫や真剣さが感じられないのはなぜでしょう。多くの大人たちはこう言うでしょう。「景気回復が重要なのはわかっている。にもかかわらずデフレ社会が続いているのは事の深刻さをあらわしている」と。「デフレが日本を覆っている深刻さ」なんてことは誰でもわかります。そんな愚痴が聴きたいのではない。回復させる具体策を聞きたいのです。

「覚悟はあるが策がない」と禅問答のような言いわけをする前に、なぜ消費税増税をしたのかわかるように説明してほしい。消費税増税が景気の足を引っ張ることはこれまでなんども経験してきたはずです。そのたびに回復し始めた日本経済の腰を折り、世の中をふたたびデフレに引き戻してきたではありませんか。大人たちは口々に言います。「日本の財政状況は厳しい。将来のために税収を確保しておかなければならない」と。しかし、これまでの消費税増税で税収はどれだけ増えましたか?日本の景気は回復しましたか?

消費税を増税して増える税収よりも、景気回復による税収の方がはるかに大きいことぐらい素人でもわかるはず。よく考えてみてください。この10月に消費税を増税し、景気の下振れを支えるためにどのくらいのお金が投入されましたか。軽減税率やポイント還元なんてまやかしにごまかされ、まんまと増税されたことから煙に巻かれたことに多くの人は気が付いていません。来年の今頃の日本はオリンピック後の反動で景気が悪化すると予想されています。すでに景気が減退基調に入ったことを示す指標すら出始めています。

日本をデフレから脱却させるため、「アベノミクス」と称する政策が進められてきました。ところが、もう少しでデフレを脱却できる、というときに二度も消費税を増税をする愚を繰り返すのはなぜなのか。本当にデフレを脱却させたかったのか疑いたくなるような信念のなさには理解に苦しむというよりは腹だたしいほど。「国際公約」の方が日本経済の回復よりも重要、とはなんと日本らしい律義さ(皮肉)。TVでは「消費税増税対策の節約術」などという番組を流してさらに景気を足を引っ張っているからあきれます。

もう一度いいますが、もっとも有効な少子化対策は景気回復です。日本の出生率を上昇させ、人口減少に歯止めをかけるためにも、一刻も早くデフレを脱却しなければなりません。生産人口を中心に人口そのものが減っているという危機的状況を外国人労働者を増やすことで解決しようとはあまりにも拙速すぎやしませんか。今の政治は間違っています。与党が、あるいは野党が国会で繰り返しているあの「ていたらく」。日本の将来に責任をもてる政治をちゃんとやってくれと言ってやりたい。パフォーマンスはもう結構。

国民も日本の将来をもっと真剣に考えるべきです。自分達の子どもや孫の未来のことをもっと自分のこととして考えるべきです。今、私たち大人がしなければならないことは節約をすることではなく、子どもたちや孫たちのためにももっと消費することです。将来のために消費税増税を認めるのではなく、消費税増税よりも景気回復を優先させる政策を求めるべきです。これまでがそうだったように、消費税の増税のせいで日本の経済あるいは財政は改善しないということにそろそろ気が付かなければなりません。

うっかりバブルを作ってしまった大人たち。日本経済をデフレに陥らせ、そのデフレを今だに克服できないでいる大人たち。その大人たちは若い人たちに償いをしなければなりません。それは彼らが引き継ぐ日本の未来を、少しでも明るいものに、素晴らしいものにするということではないでしょうか。大人たちの生活が豊かで、大人たちの老後に不安がなければそれでいいなんてことがあろうはずがありません。若者たちにどんな未来を残すのかについて、大人たちはもっともっと知恵をしぼらなければいけないのです。

私は「UVERworld」という日本のアーティストが好きです。すっかり昭和人間になってしまった私にとって、最近の歌はすっかりなじみの薄いものになってしまいました。がしかし、そんな私でも、このUVERrworldの歌は私の心に刺さってきます。それは彼らの歌の歌詞が素晴らしいからだと思います。今の若者の叫びというか、彼らのもがきのようなものが私を惹きつけるのでしょう。まるで私自身が若いころに感じていたことがそのまま歌詞となって歌われているかのように感じるためかもしれません。

今年最後のブログがなにかとりとめのないものになっていまいました。要するに私が言いたかったのは、日本の未来は若者たちにかかっているというよりも、今の大人たちが若者たちにどのような日本を残していくかにかかっている、ということです。私はこれからもその視点を忘れないで努力したいと思います。

来年が皆さんにとって今年以上に佳い年になりますように。そして、日本が、あるいは世界中の人が正義と希望と勇気に満ちた年になりますように。

 

**************** 以下、「I love the world」より

プラス、マイナスもとらえよう 進化をし、トライしよう
そう、ノイズ一蹴 「いつか」はもう今日だ

ずっとそこにあるのに見えずに気づかないバカになる前に
行こうぜ Get up ホントはそこにもここにもあるんだろ

(略)

さぁよく見ろ 大人を手本にすれば
そう 未来は暗いと保証されてる

でも不安なんて 唱えてないさ
僕らは今夜も叫んでいたい I love the world

(略)

その幸せは 誰かに勝つためじゃなくていい
僕らの笑う理由は 誰かを見返すためじゃなくていい

 

**************** 以下、「All alone」より

生まれの貧しさが 僕らの未来を決められなかったように
生まれの貧しさなんて 誰かと比べるものじゃないけど

自由や平等なんて言葉で これ以上導くのなら
答えてみろよ

(略)

自分自身の dislike 一番本当に悔しくて許せないことは
この特別な才能をもって産まれてこれなかったことなんかじゃない

この世界の どうでもいい 心ない言葉やただのフレーズに
押しつぶされそうになって すべてを一瞬で捨ててしまいそうになること
未来も この命も

※ この歌をすべて聴きたい方は こちらのPV をどうぞ

 

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