医者になる

よく、「なぜ医者になったのですのですか?」と聞かれることがあります。直接的には小学校に入学するときに親戚の人からお祝いにもらった「野口英世」の伝記がきっかけです。当時はまだ字も満足に読めませんでしたから、「伝記を読んだ」というよりも「本の挿絵を見た」というべきかもしれません。貧しさの中で重いやけどを負うという恵まれない境遇から世界的な医学者にまで登りつめた偉人伝は小学生の私に強烈な印象をあたえたのでしょう。

ここまではよくある話しです。でも、私の場合、ここからが他の人とは違います。「野口英世」が「医者になりたい」と思うきっかけになったとはいえ、それから猛勉強をして医者になったというわけではないからです。小学校のころは無気力な子供でした。なんとなく学校には通っていましたが、授業では先生の話しもろくすぽ聞いていませんでしたし、板書をノートすることもない。おまけに与えられた宿題すらやろうとしないような、勉強にはまるで縁のない子供だったのです。

世間では「ろくに勉強もしなかったのにテストの成績はよかった」なんて自慢話しもよく耳にしますが、現実はそんなに甘くはありません。勉強もせず、宿題すらやってこないのにテストの点数がいいはずがありません。いつも低空飛行の結果を家に持って帰ることはさすがの私も気が重いことでしたが、さりとて点数の悪さに奮起するなんてこともありませんでした。両親も「しょうがないねぇ」とあきれた表情でテスト用紙を見ていましたが、怒るでもなく、励ますでもなく、なかば諦めていたのかも知れません。

今でも覚えているのは、小学校の卒業式のこと。同級生に超有名私立中学(K成中学というところ)に合格した子がいました。彼が卒業式の当日に何をしていたと思いますか?なんと中学で使う数学の教科書を予習していたのです。彼が熱心に勉強している教科書をのぞいて私は驚きました。だって「ゼロより小さな数」があったからです。マイナスの概念がほとんどなかった当時の私にとって、そんな数を勉強している彼は雲の上の人。さすがK成中学は違うなぁと子供ながらに感心したものです。

劣等生とまではいかなかったにしろ、いつも低空飛行していた私がその後医学部に入学し、今こうして医者をしているのは不思議な気がします。私以上に当時の私を知っている人はびっくりしているのではないでしょうか(私の親でさえもそうですから)。医学部時代の私の同級生たちは皆小学校のころから常に優等生で、私のような小学校時代を過ごした人はまずいないでしょう。彼らのほとんどは名門高校のトップクラスの生徒ですし、私にとっては多少なりとも別世界の人たちなんでしょうけど、本来は。

ただ、医学部に入ってきた連中が全員「医者になりたくて、あるいは医学を学びたくて入学してきた」とは限りません。「成績がよかったので医学部を受験した」と思われる人が少なからずいます。世の中の風潮として「テストの成績がいい」と「医学部をめざす」という傾向にあります。「テストの成績がいい」ということは必ずしも「地あたまがいい(天才的頭脳を持っている)」ということではありませんが、逆に「地あたまがいい人」はおおむね「テストの成績がいい」という傾向はあります。

いつだったか、数学オリンピックや物理オリンピックで金メダルをとってきた東大や京大の医学生がテレビ番組で数学や物理の難問に挑戦していました。そうした様子を見て、私はせっかくの頭脳を持ちながらなんで医学部などに入ってしまったんだろうと思ってしまいます。医学部であれば中の上以上の学力があれば十分。彼らがそのまま数学や理論物理学などの科学の道を進んでくれれば日本にとってどれだけ科学レベルを引き上げることになったことか。せっかくの頭脳を無駄にしてしまうようなもの。もったいないことです。

一方、最近、文部科学省の方針で「学力重視だった大学入試を人物本位」にする方針が発表されました。これは日本の科学の根幹をゆるがすいち大事です。人物を評価しても学問にふさわしいかどうかがを測れるわけではないのですから。そもそも人物をどう評価するのでしょう。よく、「医者は人間を相手にする仕事。だから医学部の入試こそ人間性を重視した合否判定を」なんてことがいわれます。テストの成績がいい学生は人間性が劣っているんでしょうか。人間性なんてものは学力とはなんの関係もないのです。

話しは戻りますが、テストの成績がいいということは「地あたまがいい」ということではありません。でも、それでいいのです。なぜなら「テストの成績がいい」ということは、少なくとも学習意欲はある程度期待できますから。医者にとって重要なのは学習意欲です。日進月歩の医学についていき、最新の医学的知識をもとに診療することはとても大切だからです。そもそも学習意欲がなければ医学部を卒業することも、国家試験に合格することもできないでしょうし。

医学部では基礎教養科目からはじまって、解剖学や病理学、薬理学などの基礎医学科目。そして、内科学や外科学、小児科学や産婦人科学、眼科や耳鼻科、皮膚科にいたるすべての診療科目を学びます。医学部の6年間に学ぶ学科は50種類にもおよぶのです。これらのすべての科目の試験に合格し、卒業試験をクリアしてようやく医師国家試験を受験します。学習意欲がなければとても「医師免許」にたどりつけないのです。私は今でもときどき「国家試験が目の前にせまっているのにまったく勉強しておらずあせりまくる」という夢を見るほどのプレッシャーの連続でした。

医者という仕事には向き・不向きがあります。決して楽しいばかりの仕事ではありませんし、創造的な仕事ができるともかぎりません。なにより、人の生老病死を見守る仕事ですから、気持ちを切り替えられる人間でなければとても辛い(とくに内科は)。人間の人生は長いようで短いのですから、この限られた人生をどう生きるかはとても重要です。その人が幸せなのは、人生を通して自己実現できたと実感できるときだと思います。その意味で、成績だけで選んでしまった人にとって医師という仕事ははたして人生を自己実現する仕事になるのでしょうか。

ひるがえって私にとって医師という仕事はどうだったでしょうか。おこがましいようですが、私自身は天職だったのではないかと思っています。私は組織の一員としてその歯車として働くということが苦手です。いつかこのブログで書く機会もあると思いますが、これまでいろいろな上司とぶつかってきましたし、組織の論理というものの理不尽さに歯ぎしりしてきました。その結果、大学という組織を去り、病院を離れることにつながりました。おそらく普通のサラリーマンとして働いていたらものすごいストレスを抱えて文句ばかりいいながら仕事をしていたんだろうと思います。

小学生の頃、およそ医者になれるはずもなかった自分が、人生を変えるような人との出会いがあり、運命的とも思える偶然が重なって医師になった。もちろん努力はしました。他のひとよりもスタートは遅かったですけど。中3になって突如として勉強に対する姿勢がかわりました。その辺のことはまた機会があればお話ししますが、結局のところ、その後、紆余曲折がありながらも子供のころの夢を実現できた。まさに神の見えざる手が導いてくれた、と言ってもいいような経過だったと思います。そう考えると、医師という職業は自分にとっては天職だと思うのです。

医師という職業は免許をとって完成するものではありません。まさしく「医師になっていく」ものであり終点はないのです。教科書に学び、症例にまなび、患者に学びながらなっていく。誰もが見逃していた病気を見つけ、未然に大きな病気を防いだり、病に悩む人の支えのひとつになる。そうしたことすべてによって「医師になっていく」んだと思います。まだまだ自分にはその修業が足りません。まだ、学びの徒なのだということなのですが、くれぐれも小学生の時のような無気力でぼんやりとした学徒にもどらぬよう気合をいれていきたいと思います。この職業を「天職」とまで言い切ったのですから。

※「内科を選んだ理由」もご覧ください。

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