この冬に向けての提言

子どものころ、床屋さんに行くのが面倒で髪を伸ばし放題にしていると、よく両親に「おまえはビートルズにでもなるのか?」と怒られたものです。今どきの子ども達には「ビートルズにでもなるのか」の意味が理解できないかもしれません。当時は「ビートルズ=不良」という根拠なき図式があって、「ビートルズになる」ということはすなわち「不良になる」ということを意味していました。

それと同じように、子ども時代、勉強もせずにTVの前でゴロゴロしていると「TVばかり観ているとバカになるよ!」とよく言われたものです。事実、TVばかり観ていた私はみごとに「バカ」を地で行くような小学生時代を過ごしていたわけですが、それから五十年が経った今でもなお、「TVばかり観ているとバカになる」という言葉は多くの大人たちの間で活きています。

というのも、TVは正しい情報を伝えているとはかぎらないからです。とくにワイドショーはひどいものです。ど素人のコメンテーターが根拠希薄な「茶飲み話し程度の感想」を次々とまくし立てます。それを観ている視聴者はついつい「そうだ、そうだ」となって不安がかき立てられていきます。しかも、科学者を装った「専門家芸人」までが登場してワイドショーを盛り上げるのでなおさらです。

専門家芸人がなにを言おうと、所詮、芸人は芸人です。それが科学的に正しいかどうかはともかく、なけなしの知識は「芸」となって人々の注目をあび、人々の心をつかまなければなりません。ですから、専門家芸人たちが人心をあおろうとするワイドショーの意向にそわない発言をするわけがありません。かくして、ワイドショーを見ている人は知らず知らずのうちに洗脳されていきます。

心理学的にいえば、人間は自分の不安を支持・補強する情報に流され、信じる傾向を持っています。不安な自分と異なる意見に安堵する人もいますが、なかには自分の不安を否定する意見に怒りを感じて攻撃的になる人もいます。そうした怒りが客観的な事実を理性的に分析した結果であるならまだしも、「なんとなく怖い」という情緒に振り回されている結果であるとそれはもはや修正不能です。

最近、TVのニュースで「今日の陽性者数」とともに「重症者数」や「死亡者数」も報道されるようになりました。でも、それらは付け足し程度のもの。人々の不安を解消するほどのものにはなっていません。しかし、新型コロナの感染が一番危機的だった4月と比較すると現在の「陽性者数」はその三倍ほどになっていますが、「重症者数」はほぼ半分に、「死亡者数」にいたっては三分の一以下になっています。

こうした結果は、それまで検査をする基準となっていた「37.5℃以上の発熱が4日以上続くこと」という条件が外されて検査の数が格段に増えたからです。その一方で、現在の検査の精度が格段に上がって、症状の有無とは関係なくわずかなウィルス量の保有者であっても陽性にしていることが影響しています。しかし、「重症者数」でもわかるように感染の状況は決して深刻なものとはいえません。

先日、都内で「新型コロナはただの風邪」「マスクのない普段の生活に戻ろう」と気勢をあげる集会が開かれました。新型コロナを必要以上に怖がるのも愚かですが、こうした無意味な楽観論で社会を混乱させる運動も実に迷惑な話しです。軽微な新型コロナの感染は「ただの風邪」かもしれませんが、新型コロナウィルスの感染症そのものは「ただの風邪」ではないからです。

「新型コロナはインフルエンザ相当か、それよりも少し怖い感染症」と表現するのが適当です。インフルエンザには予防ワクチンが存在し、治療薬として服用できる薬が存在しますが、新型コロナウィルスにはまだそれがありません。ですから、油断していると感染はいっきに拡大し、重症者も急増する可能性があります。重症者の数を増やさないためには感染数を見ながら社会活動をコントロールすることが重要なのです。

それにしてもこの冬が心配です。インフルエンザの症状と新型コロナの症状とは区別ができないためです。高熱になったとたん、多くの人が不安になって検査を希望して医療機関に殺到するでしょう。なかには本物の新型コロナに感染した人もいればインフルエンザの人もいる。ただの風邪症状の人もいるのです。そうした人たちが殺到すれば、たちまち医療機関が感染を広げる場所になってしまいます。

重症化した場合はもっと深刻です。新型コロナであれ、インフルエンザであれ、肺炎になってしまった人や、なりそうな人を収容して治療する病院は対応に苦慮します。簡単に区別できるものではないからです。検査でどちらかが陽性になればまだいいのですが、検査が両者が陰性だからと言って一般病棟に入院させて治療できるわけではないのです。かくして入院を断わられる重症者がでてくるかもしれません。

となれば病院はあっという間に機能不全をおこして「医療崩壊」となります。私はこれが一番恐ろしいのです。入院加療すべき人が入院できない状態になったときのことを考えるととても不安です。今シーズンのイタリアの状況を思い出してください。人工呼吸器が不足して、使用する患者に「救命できる可能性の高い人から」という優先順位をつけるという悲しい現実が突き付けられました。

そうならないためにも今からやっておくべきことがたくさんあります。そのひとつが「新型コロナの感染症に対する意識」を変えるということです。つまり、今だに繰り返される「新型コロナを封じ込め、感染拡大を阻止する」という対策を「無症状あるいは軽症の陽性者は病院での加療をやめ、自宅あるいは宿泊施設で対応する」というものに方向転換すべきです。その意識の転換を今からやっておくべきだと思います。

そもそも現在の感染状況はそれほど深刻ではありません。幸いにも若い人達を中心に、無症状の、あるいは症状の軽い陽性者が多くを占めています。重症化しやすい高齢者が若い人達から感染したらどうするかという問題もあります。しかし、それはそれとしてしっかり策を講じながら、偏重した「感染拡大の阻止」から「重症者の救命」に重点をおく政策・医療に舵を切るべきです。

国や厚労省も、地方自治体も保健所も、あるいは医師会ですらも現状対応にとらわれ過ぎています。一番心配しなければならないこの冬に向けての戦略がなさすぎます。とくに医師会については、厚労省や保健所からの指示がなければなにも動こうとしていないのはなんとも情けないことです。本来、どうすべきかを提言すべき東京都医師会の会長などは「国会を開いて決めろ」と叫ぶばかりでしたし。

私は今、この冬に向けての対応策を考えています。そして、無策のまま秋になるようであれば私案として医師会あるいは保健所に提案してみようと思っています。今回はその試案をみなさんに提示し、広く皆さんからのご意見をうかがえればと思います(そのご意見は公開しません)。それらのご意見を通じて改善・修正を加え、さらに実用的・実効的なものにできればいいと考えています。

○キーワード「肺炎治療の徹底と医療崩壊の回避」「保健所、病院の負担の軽減」

○保健所、病院、クリニックでの機能分担

 保健所 : 
   感染者の状況把握、重症陽性者の入院調整、各種機関からの情報伝達

 病院  :
   比較的重症患者の入院加療(場合に応じて検査)、熱発患者の診療中止
   重症患者は感染症指定病院で治療

 クリニック(医師会会員・診察医): 
   熱発患者の電話診療(病院通院の患者の熱発も診療)
     検査や入院を要する患者のスクリーニング
     無症状陽性者のフォローアップ(毎日)
     軽症陽性者への投薬・フォローアップ(毎日)

○検査センター
 対象:「重症化を示唆する症状を有する熱発者」「4日以上続く熱発者」

 手順:検査センターに診察医が紹介状で依頼
    「新型コロナのPCR検査」 および 「インフルエンザの抗原検査」

○無症状陽性者・軽症陽性者への対応
 自宅あるいは宿泊施設での経過観察(場合により診察医による投薬)

  自宅・・・最寄りのクリニックにより投薬と毎日の病状の確認

  宿泊施設・・・医師会から派遣された管理医による健康管理および投薬、毎日の病状の確認

 これらの陽性者の情報は診察医または管理医により毎日保健所に連絡

○通常の熱発者への対応
 熱発者には事前に抗インフルエンザ薬や抗生物質の診断的治療(検査は原則的にしない)

 検査が必要と思われるケースは診察医によって検査センターに紹介

現在の検査は安易に行われています。以前の投稿記事にも書いたように、検査はあくまでも「必要な人に、必要なときにおこなうもの」です。どこかの「ど素人の政治家」が言うような、「誰でも、いつでも、どこでもおこなうもの」では決してありません。よもや「陰性パスポート」などといった陰性証明ができるものではありません。検査が適切におこなわれなければ医療は混乱するだけなのです。

繰り返しますが、今の状況を端的にいうと「重要なのは、コロナに感染したかどうかではなく、肺炎になりそうか、なってしまったかどうか」ということです。症状のない場合、あるいは熱発だけだったり、症状が軽微なケースは自宅内隔離で経過を見るべきなのです。みんながみんなに検査が必要なわけでもありませんし、よもや全員が入院しなければならないものでもありません。

PCR検査が陽性になる人をゼロにすることに全精力を注ぐなんて無駄です。日本のような人口の多い国では、経済が死ぬような強い自粛をしないかぎり不可能だからです。もし仮にそれができたとしても、そのころにはたくさんのお店や会社が倒産し、日本の経済は計り知れないダメージを受けているでしょう。今の感染状況は過剰な自粛をするようなものではありません。

多くの国民がそれぞれの立場でできうる感染対策を行いながら、少しづつ経済を回していくべきです。有事と準有事、平時とでやらねばならぬことは違います。むやみに検査を増やして「クラスターつぶし」をやっている場合ではないのです。新型コロナの感染者を減らすかわりに、失業者や自殺者を増やしてしまうなどということがあってはなりません。冬への対応は今から動き出さなければ間に合わないということに一日も早く気が付いてほしいです。

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