院長が気まぐれな雑感を述べます。個人的な意見が含まれますので、読まれた方によっては不快な思いをされる場合があるかもしれません。その際はご容赦ください。ほんとうに気まぐれなので更新は不定期です。
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新型コロナウィルスに感染した患者のうち、中等症の患者までは自宅での経過観察を可能とする方針を政府は打ち出そうとしています。しかし、こうしたことは新型コロナ対策分科会や尾身会長には諮問されることなく決められたようです。ここにいたるまでの対策について分科会、あるいは有識者会議から有効性の高い方策が提言されなかったからでしょうか。もしそうだとしても、公衆衛生の基本はおろか、医学的な知識もない人たちによってこうした重要な政策が決められていたのだとしたら大きな過ちだといわざるをえません。この政策転換が誰の意見によって決められたのかが重要です。
中等症の新型コロナ感染患者とはどのような人たちをいうのでしょうか。それは「咳や息苦しさなど、ある程度の肺炎症状があるにせよ、まだ深刻な低酸素状態にはない患者」です。したがって、低流量の酸素の投与があっても、これによって十分な酸素を確保できるのであれば在宅で様子を見るという場合もあるということです。このような重要な対策については、現場の医療従事者もふくめて幅広い人たちと真剣な議論を重ねる必要があります。とはいえ、こんなことはこれまで私がブログに何度も書いてきたように、もっと早い段階で検討していくべきことでした。
今思えば、新型コロナが感染拡大を始めたころ、そして、第三波と呼ばれる流行がはじまったころ、さらにその後も私は何度となく「保健所をふくめた行政と医師会は綿密な意思疎通を図って連携をとるべきだ」と主張してきました。あるとき千葉県健康福祉部から県内の開業医に向けて次のようなアンケートが送られてきました。「自宅待機している新型コロナ感染患者が急変したとき、往診したり、胸部レントゲン写真をとるなどの検査をしてくれる診療所はないか」というものでした。私はこのとき「医師会との連携をとらないまま対策が進められている」ことを確信しました。
私はアンケートには「その対応には協力しない」と回答しました。それはあまりにも感染症の現実を知らない対応だったからです。「協力できない」と答え、感染症の現実を知らないアンケートだと感じた理由は三つあります。1)簡単な聴診しかできない往診は役立たないばかりか、重症化を判断するまでに無駄な時間をかけてしまう、2)感染症の対応に不慣れなクリニックで胸部レントゲン写真をとれば、クリニックに新たなクラスターをつくる危険性がある、3)重症化したおそれがあるケースには胸部CT検査が必要であり、急変患者はすみやかに病院で診療すべき、だからです。
急変を疑う、この場合、「病院への移送が必要かどうかの急変を疑う場合」はやはり病院での検査を迅速に受けさせるべきです。開業医が連絡を受けてから駆け付け、事情を聴き、経皮的酸素飽和度を測り、聴診をしたところで「そのまま様子を見ましょう」と判断することは現実的にはまずありません。胸部CTや採血をした上でなければ「引き続き自宅安静でよい」とはならないのです。新型コロナウィルス肺炎はたちどころに増悪してしまうという特徴があります。なかば憶測で重症度を判断することなどできません。保健所が提示してきた対応では救える命も救えなくなる危険性をはらんでいます。
そんなことは医学的知識を持っているまっとうな医者ならすぐにわかるはず。にもかかわらずあのようなアンケートをしてきたのは医師会との協議がないままに進められたからです。もし「医師会との協議のうえの対策だ」というなら、協議したその医師会(あるいは医師)はよっぽど無能です。「対応には協力できない」と千葉県に回答する際、そう考える理由と当院でおこなっている対応策をながながと記述して添付しておきました。しかし、私の返信に対する返事はありません。そして、アンケートのような診療が実際に行われたという噂もその後聞いていません。
以前のブログにも書いたように、当院では熱発は風邪症状のある患者を三つのケースに分類して対応しています。それはできるだけ病院の負担を軽減するためのものです。すべての熱発患者、風邪症状のある患者を病院に押し付けるのではなく、新型コロナウィルスの検査を要さないと思われる患者はできるだけクリニックで診療するための分類です。もちろん新型コロナウィルスの検査を要するケースについては病院の熱発外来への受診を勧めています。クリニックでできることには限界があるのです。マンパワーという面でも、施設設備という面からもぎりぎりの対応だと思っています。
しかし、多くの人へのワクチンの接種が進み、感染拡大がここまで広がってくるとクリニックのやり方もそろそろ変更しなければならないでしょう。それはこのまま感染が広がっていけば、病院への負担が深刻になり、病院診療の崩壊が現実のものになってしまう恐れがあるからです。今、政府が進めようとしている対応策はあまりにも拙速です。でも、もし中等症までの感染患者の自宅での経過観察を解禁するのであれば、医師会や地方自治体、とくに現場の人たちの声を反映したものでなければなりません。体制を整えてやらなければ取り返しのつかないことになります。それこそが医療崩壊です。
中等症以下の患者を自宅で経過観察するのであれば、患者の自宅の近くにあるクリニックの医師が責任をもって経過観察するべきです。そのためにも、自宅で経過を見ることが決まった時点で保健所は経皮的酸素飽和度を測るサチュレーションモニターという装置を患者に配布してほしい。そして、担当医師が朝と夕方に体温と経皮的酸素飽和度、そして体調の変化を直接電話で確認するのです。その結果は報告書に逐次記録。入院が必要だと判断した場合は速やかに保健所に連絡し、保健所は入院先を確保して移送する。その間に経過をフォローしていた医者はそれまでの記録と紹介状を入院先の病院に送付するわけです。
病院側は必ず一定数の空ベットを用意しておくべきです。24時間いつでも急変患者を収容できる体制を用意しておかなければなりません。そのためにも容態がおちついた患者はすみやかに自宅へ。それ以降の患者のフォローはふたたび自宅近くのクリニックの医師が引き継ぎます。保健所が仲介役となって病院とクリニックが連携をとるのです。最近、「病院への入院を拒否され続けて8時間後に自宅から50kmも離れた病院にようやく収容された」というニュースが報じられました。しかし、それはどうやらフェイクニュースのようでした。そんないい加減な報道がなされるのも今の診療体制に欠陥が多いからです。
感染者が急増してあわてているのは病院だけではありません。政権内部も官僚をはじめとする行政側も混乱していることがみてとれます。お勉強(受験勉強)だけはできたのでしょうが、地あたまの悪そうなある大臣が「酒を提供する店には融資を制限しろ」と銀行に要請するなど、まるでヒットラーかと思うほどの対応をしました(この大臣は昨年もロンドン大学の某日本人教授の「検査をもっとやれ」という言葉を真に受けていました)。行政もあたふたするばかりで「Too Little, Too Late」の対応を繰り返しています。有識者会議も日本医師会もまた同様であり、助言すべき人たちが有効策を提言できないでいます。
新型コロナウィルス感染症は、日本人にとっても世界にとってもはじめての経験です。多少の混乱は仕方ありません。しかし、もう一年半が経っています。そろそろ経験に学んでほしいものです。もし今、対策にあたる人が経験に学べないなら、「学べる人間に代わってくれ」と言いたいです。とはいえ、経験に学べないのは一般国民も同じです。原発事故・放射能に対するヒステリックな対応といい、オイルショックのときトイレットペーパーに殺到したパニック振りといい、さらにさかのぼればマスコミに煽動されて戦争に突っ込んでいった戦前の愚かさといい、なんどもなんども煽られるばかりで一向に理性的になれない一般国民にも責任はあるのです。
文章を書きながら徐々に感情的になっていく私。次のブログあたりで「爆発」してしまうかも。
「一日あたりの新型コロナウィルス感染者数は過去最大」
「これまでに経験したことないスピードで感染が拡大している」
マスコミはおどろおどろしい表現で現在の感染状況を伝えています。政府は病床がひっ迫する恐れがあることを理由に、「緊急事態宣言」を4府県に追加し、5道府県に「まん延防止防止等重点措置」を適用することを決めました。新型コロナウィルスの感染者が増えている事実は誰もが認めるところですが、ある人たちは「そんな生ぬるい対応ではなくロックダウンを」とヒステリックに叫び、その一方で「感染者数が増えていても重症者や死亡者はほとんど増えていないから大丈夫」と楽観的な人たちもいます。現状認識がまるで異なるこれらの人たちは互いに相手を批判し、自分たちの主張の正しさを強調しています。
新型コロナウィルスに対するワクチンの接種は進んでいます。7月29日現在、国民の38.4%が少なくとも一回の接種を済ませており、二回の接種を完了した人も27.6%に達しています。アメリカやフランスでも少なくとも一回の接種が終わった人は約60%、カナダやイギリスにいたっては約70%にもなります。集団免疫をつけるという意味では8割以上の接種率になることが必要とされていますが、ワクチンについては相当数の「反ワクチン派(ワクチンに対する否定的な意見をもつ人たち)」がいるため、接種率が高いといってもさらにどれだけ上積みするかが各国の課題になっています。
これからお話しすることは私個人の見解です。政治的な意図はもっていません。文句をいうだけで自ら問題解決に動こうとしない政治家たちのように、新型コロナウィルスによる混乱を利用して政府を批判しようとするものでもありません。人心を無駄に惑わすことも目的にしていませんし、根拠のない楽観論でみなさんを安心させようとも思いません。私なりに日頃思っていることを理性的にお話ししたいと思っているだけです。みなさんには、私の意見が正しいかどうかという観点ではなく、日頃診療をする中で、ひとりの医師がなにを考えているのか知っていただきたいと思います。
冒頭に書いたように、新型コロナウィルスの感染拡大の現状について、「対策が生ぬるい」「不安をあおりすぎ」という正反対の意見が錯綜しています。しかし、私はそのどちらも正しく、どちらも間違っていると思います。なぜなら、これ以上の厳しい制限は日本経済に致命的な影響を与えてしまうからであり、だからといって今の感染拡大は決して「大丈夫なもの」ではないからです。これまで政府がおこなってきた対策は「小出しで遅すぎ」だと思いますし、手順や方法論も結果として間違っていたと思います。それは政権が無能だからではありません。そのブレインとなっている有識者会議が無能だからです。
私が「対策や方法論の失敗」だと考えるのは「ワクチン接種の手順が稚拙だから」です。以前のブログにも書いたように、政府は高齢者からワクチンを接種することを決めました。これは「重症化しやすい高齢者を守る」という意味では正しく、事実、現在、大多数が高齢者である「重症者」ならびに「死亡者」の数が抑制されていることからもその効果が確認できると思います。しかし、世の中ではそうした効果は評価されずに、感染拡大が止まらないと大騒ぎです。そもそもこれまでのワクチン接種のやり方ではすぐに感染拡大を阻止できないのはよくよく考えてみれば当然の結果なのです。
もし感染拡大を阻止することを目指していたのであれば政府は手順を間違えたことになります。「重症化しやすい高齢者」にとらわれすぎて本筋を見誤ったのです。電車や車での移動が少ない高齢者にワクチンを打っても感染拡大を抑制する効果が低いことはあきらかであって、本来は社会における移動の多い若年者や現役世代へのワクチン接種からはじめなければなりませんでした。高齢者施設では、なかば施設内に拘束されている「寝たきりの高齢者」へのワクチン接種が終わり、その一方でケアをする職員にはワクチン接種が進んでいないという現実がつきつけられました。これ、おかしくないですか。
皮肉にも今、ワクチンの接種率が高いのは人口の少ない地方であり、感染者が急増している大都市部での接種は伸び悩んでいます。人の動き方を見ても感染が拡大するのは人の往来の多い都市部です。感染拡大を阻止するという目的からいえば、人口密度の高い地域から重点的にワクチンを接種するのが合理的です。しかし、政府は「都市も地方も平等に」という方針を選択しました。もちろん、人の命に軽重はありませんし、守るべき人の命はすべてが平等です。とはいえ、接種できるワクチンの数に制限がある以上、その目的にふさわしい優先順位はつけなければなりません。そしてそれは差別ではありません。
もうひとつの誤りが「職域接種」です。職場でワクチン接種できるようにすることによって、ワクチン接種のスピードがあがるだろうと判断してのことでしょう。しかし、一気に各職域でのワクチン接種を解禁にしたため、ワクチンの流通量が限界を超えてしまい、各自治体に供給されるはずのワクチンが届かないという事態を招いてしまいました。そして、2回目のワクチンを予定通りに受けられないという人も出てしまいました。各職域自体も計画的にワクチンを確保しなかったため、余剰ワクチンを作ってしまい廃棄する企業もありました。業を煮やした厚労省は「廃棄数の多い企業は公表する」と警告しています。
職域接種をはじめるのであれば、まずは「感染拡大阻止」に寄与する職域に限定して開始すべきでした。それ以外の接種に対しては大規模接種会場を増やし、各企業は「就業時間内であってワクチンを接種してきてもいい」とすればよかったのです。大規模接種会場も当初は予約がガラガラで、相当数のワクチンが無駄になったともいわれています。職域接種はもっと計画的かつ段階的に実施しなければなりませんでした。現在、我孫子市でもワクチンの供給数が激減しており、接種できる数が限られています。結果として政策の拙速さのツケを住民が払わされているのです。
ワクチン接種がはじまったとき、新型コロナ感染患者を搬送する救急隊隊員へのワクチン接種がおこなわれていませんでした。「職域」というならこういう職種の人たちこそ早期から接種をはじめるべきなのに、です。医療従事者への優先接種がすでにはじまっていましたから、私は当然のことながら救急隊員にもワクチン接種が行われていると思っていました。救急隊へのワクチン接種が遅れていると報道されたとき、私は我孫子市役所に問い合わせてみました。当院で隊員たちの接種をしようと思ったからです。でも、我孫子市では救急隊の隊員たちへの接種がすでに行われていたのでホッとしました。
要するに、感染が急速に拡大しているように見えるのは若年者、あるいは現役世代へのワクチン接種を後回しにした結果なのです。また、感染者が急増しながらも重症者や死亡者がそれほど増えていないのは高齢者のワクチン接種を進めてきた効果が現れたからです。もし、この現状を否とするならば、若年者あるいは現役世代へのワクチン接種をあとまわしにして高齢者への接種を優先した政府の決定が間違っていたということになります。その一方で、これまでのワクチン接種の方法論が間違っていないとするなら、感染が拡大している今の感染状況はある程度甘受しなければなりません。
新型コロナウィルスがアウトブレイクして1年半になります。この間、多くの国民が行動を制限され、経済活動を控え、それぞれの立場で頑張ってきました。たくさんの企業やお店が倒産や閉店を余儀なくされ、相当数の失業者がでたはずです。そうした有形・無形の我慢や犠牲を払いながら多くの人が耐えてきました。だからこそワクチン接種が広く行われるようになって、人々の気持ちが楽観的になってしまうのも理解できます。ワクチンの流通の問題は残りますが、このまま接種が広がっていけば、秋には感染拡大はおさまってくるでしょう。問題はそれまでの感染をいかに抑制するかです。次のブログではそれについて少し書きます。
多くの高齢者がワクチン接種を終えました。高熱がでて寝込むということも、また、頭痛や倦怠感に悩まされるという人も少なかったようです。「2回目の副反応がひどいらしい」という噂も必要以上に誇張されたことであり、私の母などは「副反応がぜんぜんなかったんだけど本当に効くのかしら」とワクチンの効果を心配するほどでした。ワクチンを接種する前はあれほど副反応のことを心配していたのに、私の母と同じような反応をした人も決して少なくないと思います。その一方で、人によっては「事前に解熱剤を飲む」などと言っている人もいました。今回は発熱とワクチンのことをあらためてまとめてみます。
以前のブログで、ワクチンの副反応は「あってはならないもの」ではなく、ある意味「ワクチンが効いている証拠だ」と書きました。ワクチンによってある種の異物がからだの中に注入されると、それらを排除する抗体をつくるために免疫細胞が働きだします。その働きを本格化させるために発熱が必要です。風邪をひいたとき、つまり風邪ウィルス(コロナウィルスものひとつです)に感染したときに熱を出すのはそのためです。つまり、発熱は「あるべき反応」なのです。私がこれまで「早めに風邪薬は飲むべきではない」、「むやみに解熱剤を飲んではいけない」というのはこういう理由からです。
ワクチンを打って熱がでる場合があります。とくに若い人たちのように、免疫力が強い人たちがワクチンを接種すると結構な熱がでるケースがあります。しかし、この熱発によってからだの免疫力にスイッチが入るのですからむやみに熱を下げるべきではありません。2009年のLancetという有名な科学雑誌に注目すべき論文が掲載されました。「ワクチン接種後の熱発を回避するため、あらかじめ解熱剤を飲ませると期待される抗体を十分に作れない可能性がある」というものです。つまり、高熱でつらい時ならまだしも、むやみに解熱剤を使って不用意に発熱をおさえることは免疫反応を鈍らせる、というわけです。
皆さんは「葛根湯」という漢方薬をご存知だと思います。私もこの漢方薬をしばしば処方します。そして、薬を出すとき患者さんには「風邪薬は早めに飲むべきではありません。早めに服用するなら葛根湯にしてください」と説明します。ただしこの葛根湯はまだ発熱のない風邪の初期に服用するべき漢方薬です。葛根湯は「発熱を促して風邪を早く治す」というものだからです。「からだを温めて風邪を治す」といった先人たちの知恵は現代の科学でちゃんと証明されているのです。こうしたことからも「風邪薬(解熱鎮痛剤)を一日三回服用」という使い方は誤りだということがわかると思います(※)。
では、接種のあとに熱発がない場合、ワクチンの効果は期待できないのでしょうか。そんなことはありません。日本の医療機関でワクチンによる中和抗体の量と接種後の熱発の有無を調べ、その両者にはほとんど関係がなかったことがわかっています。つまり、ワクチンの接種後に熱がでようがでまいが、ワクチンの効果に差はあまりないということです。言いかえると、「熱があっても、なくてもワクチンは効いている。でも、熱が出たからといってむやみに解熱剤を使わないことが大切だ」ということです(繰り返しますが、服用してはいけないわけではありません。つらい時は使用してもいいのです)。
今、日本で広く使用されているワクチン(ファイザー製・モデルナ製)はいずれもmRNAワクチンと呼ばれるものです。これらのワクチンの新型コロナウィルスに対する効果は95%以上であり、2回目の接種後数日でこの効果が発揮されるとされています。しかも、現在、猛威をふるっている変異株(デルタ株)にも90%程度の効果が期待できるといわれています。単に感染を阻止するだけでなく、感染しても重症化を回避する効力も確認されています。こうした効果は、不活化ワクチンである中国製、ベクターウィルスワクチンであるロシア製のワクチンの有効性をはるかに凌駕しています。
一時期イギリスで流行したアルファ株はすでにデルタ株におきかわりつつあるといわれています。感染力は従来のウィルスのおよそ2倍ともいわれ、なにやら恐ろしいことになるのではないかと不安になってきます。しかし、ウィルスの評価は、その感染力の強さだけではなく、病原性(重症化する可能性)という側面からも考慮しなければなりません。デルタ株の病原性の評価はまだ十分に検討されているわけではありません。デルタ株と類縁関係にある豚デルタ株は病原性が強いという報告があります。しかし、それは豚に感染した場合のものであり、人間に感染する株の病原性ではないという点に注意すべきです。
ウィルスにはワクチンが出現すると変異株が出現することが知られています。今回の新型コロナウィルスも、広くワクチン接種がおこなわれはじめた時期にアルファ株が出現しました。しかし、ウィルスの変異株については「感染力が強くなるにしたがって変異株の病原性は低下する」という傾向があるともいわれています。病原性が強い変異株は、宿主(感染した人)がすぐに亡くなってしまうためいろいろな人に感染を拡大させないからです。今回のデルタ株も、未確認の情報ではありますが「感染力は強さにくらべて、病原性はそれほど強くはなさそうだ」という意見もあるようです。
デルタ株の病原性についてはそろそろ公式な見解が発表されるでしょう。その公式見解がどうであれ、現行ワクチンにそれなりの効果が期待できる以上、不必要に怖がる必要はありません。沖縄の大病院で発生した新型コロナウィルスによるクラスター。感染した看護師十数名のうち12名はワクチンを接種をしていませんでした。このようにワクチンの効果がはっきりしてきたせいか、今まで「反ワクチン」の立場で新型コロナウィルスワクチンの危険性を吹聴してきた某研究者ですら、これまで自分が流布してきた見解を撤回しはじめています(ワクチンを打ちたくなってきたからでしょうか?)。
私たちはこれまで通り、正しい情報を正しく評価し、正しく恐れて正しく行動することが重要だということを再認識したいものです。
※ 熱がでたときは「つらければ解熱剤を使っていい」のですが、解熱剤を使ったからといって「発熱の原因そのもの
を治療する」ということではなりません。あくまでも発熱の原因を突き止め、その原因を治療することが肝要です。
日本では今、新型コロナウィルスワクチンの接種が進んでいます。2回接種を済ませた国民は全体の11%あまり。1回に限ればすでに22%の人への接種が完了しました。このスピードは欧米を抜いて世界最速なのだそうです。アメリカでもすでに45%を超える国民がワクチンの接種を済ませました。しかしこのアメリカの接種率を日本が抜き去るのももはや時間の問題です。
我孫子市でも医療従事者と65歳以上の高齢者を対象とするワクチン接種はおおむね完了し、いよいよ65歳未満の住民にその対象が移ってきました。当院でも診療時間を変更して、連日ワクチン接種をおこなっています。幸い今のところ大きなトラブルもなく、順調にワクチン接種が進行しています。多くの人が心配していた副反応もほとんどないか、あっても大したことがなかった人がほとんどです。次第にワクチン接種への抵抗感はなくなってきているように感じます。
とはいいながら、いまだにワクチンに対する不安がぬぐえないのか、ちまたに流れてくる「ワクチンで不妊になる」だとか、「遺伝子の異常が生じる」といったある種のデマに翻弄されています。そんなこともあって、河野太郎大臣が記者会見でそれらのデマを否定し、厚労省のホームページに解説をアップしたりしてワクチンに対する不信感を払拭しようと躍起です。
これまでのブログでも説明してきたように、今、広く接種されているファイザー製あるいはモデルナ製のワクチンはmRNAワクチンと呼ばれています。このワクチンで使用されているmRNAは生体内では不安定であり(極低温で保存しなければならなかったり、解凍し、希釈し、注射器につめる際にも細心の注意を求められるのはそのためです)、からだの中に入ると数分から数時間で分解されてしまいます。しかもmRNAは細胞核の中には入っていくことはなく、DNAと接触することはありません。
こうしたことは専門的なことなので、多くの国民はこの手のデマに乗せられてしまうのかもしれません。しかし、不安に思ったり、疑問に思ったらきちんと自分で調べる人であれば、TVから流れてくる情報がいかに偏ったもので、むやみに人心を不安に陥れる情報であるかがわかるはず。新型コロナウィルスについては初めての経験ばかりであり、どの情報が確かなものなのかがわかりにくいのも事実です。しかし、自分で情報をもとめたりしないで、感情のままに大騒ぎをすることはやはり慎むべきです。
ワクチンそのものに反対する人たちの多くは、自分や自分の家族がワクチンを打つことはもちろん、周囲の人がワクチンを打つことも許しません。その一方で、ワクチンを接種しない人たちは、多くの人たちがワクチンを接種してくれることで、集団免疫という形で自分自身も守られているということにあまりにも無頓着です。ワクチンは自分の身を守るという意味だけではなく、他者をも守っていることにも目を向けなければなりません。
ワクチン接種が進んでいるにも関わらず、感染者の「リバウンド」とも思える増加が連日報道されています。「ワクチン接種が進んでいるのになぜ」と思うかもしれません。しかし、現在進められているワクチン接種の対象者は、あまり外出しない高齢者が中心です。でも、本来は感染機会の高い都市部を中心に、ウィルスをいろいろなところに運ぶ可能性の高い現役世代や若者にワクチンを重点的に接種すべきです。そうした合理的な接種をしていないのですから感染拡大が続いていても不思議ではありません。
各自治体がおこなっている集団接種・個別接種に加えて最近では職域接種もはじまりました。しかし、職域接種を一気に解禁・推奨してしまったため、ワクチンの供給能力を需要が上回ってしまいました。その結果、我孫子市だけでなく多くの地方自治体に向けて供給されるはずのワクチンが不足しています。これも国の判断ミスです(ちなみにワクチンの総量は足りていますからご安心を)。まるでにわか成金が大盤振る舞いをしすぎて困窮しているかのようです。
職域接種を進めるのであれば業種に優先順位を決めて行うべきでした。感染拡大という観点からどの業種を重点的に職域接種をするのかを決めてから解禁する必要があったのです。にも関わらず、手をあげた業界から一斉に職域接種を解禁しているのですから、どこかで供給が不足するなんて事態になるのは当然です。供給が追い付かない現状を放置できず、職域接種の受付をしばらく中止することになりましたがあとの祭りです。
私は職域接種よりも大規模接種会場をもっと増やすべきだったのではないかと思っています。サラリーマンや学生が仕事や授業の最中であっても近くにある集団接種会場に出向けるように工夫すればいいだけです。昨年の新型コロナウィルスが感染拡大をはじめたころから、政府や行政の策には計画性も、大局的な合理性も感じられないのはなぜでしょうか。あまりにも知恵がなさすぎです。「そろそろうまくやれるだろう」と思いながらあっという間に1年半が過ぎてしまいました。学びがないのも困ったものです。
5月17日、私と職員全員で新型コロナウィルスワクチンの接種に行ってきました。4月26日に1回目を、そして、今回は2回目の接種でした。これで私たちのワクチン接種は完了です。今回のワクチンについてはいろいろな情報が錯綜し、ワクチンを接種すべかどうか迷っている人は少なくありません。私たちの経験がそうした人たちの参考になれば幸いです。
私自身は「ワクチン接種すべし」という立場です。このワクチン接種については賛否両論があります。賛成する人の主張にも、反対する人の主張にもそれぞれの言い分があります。とはいえ、この1年半もの間、新型コロナウィルスは流行を繰り返し、社会生活に大きな影響を与えてきました。このウィルスの流行を一日も早く収束させ、社会を正常化しなければなりません。そのためにどうしたらいいのか。わたしはここに重点をおきながら、私見をまじえて論を進めていきたいと思います。
現在も一部の地域で感染が拡大しています。これまで9都道府県に緊急事態宣言が発令されていましたが、21日には沖縄県が追加されました。宣言下にある地域では、商店や飲食店での営業はもちろん、一般の人にも自粛が強く求められ、さまざまな社会活動が制限されています。この制限が適正かどうかを断言することはできません。しかし、もはや人々の自粛や我慢にも限界が近づいています。その意味でもワクチン接種による感染拡大阻止への期待は大きいはずです。
我孫子市でもようやく高齢者への接種がはじまりました。しかし、ワクチン接種がどのような目的でおこなわれているかを改めて考えてみると、順次進められているワクチン接種にはいくつかの疑問がわいてきます。ワクチンを接種するのは感染を予防し、拡大するのを阻止するためです。しかし、これを「広義の目的」とすれば、「狭義の目的」とは「コロナ死」を減らすことであり、「経済死」を減らすことにあるのではないでしょうか。
コロナウィルスに感染して死亡することが「コロナ死」です。コロナ死で亡くなった人たちの平均年齢は約80歳だそうです。高齢の感染者が高率に亡くなっているのです。しかし、感染拡大が勢いを増している地域では、コロナ死もさることながら、営業の自粛を余儀なくされお店や会社のの経営が立ち行かなくなって自殺に追い込まれる人たちがいます。これが「経済死」です。このふたつの「死」から国民を守ることが政治の役割です。
もし、コロナ死を減らすためならば、高齢者からワクチン接種を始めることは理にかなっています。高齢者は、新型コロナウィルスに感染すれば高い確率で重症化、死亡するリスクを抱えているからです。しかし、「経済死」を減らすためであるならば、一刻もはやく感染拡大を収束させ、社会の機能を正常化させなければなりません。そのためには高齢者よりも、むしろウィルスを運ぶ人たち(「ベクター」といいます)、すなわち若年者や現役世代の人たちに重点的にワクチンを接種すべきです。
ついでに付け足すならば、高齢者施設の高齢者を守るために、入居している高齢者を優先してワクチン接種するのは間違いです。高齢入居者はほとんど外出をしないからです。入居者と職員が同時にワクチン接種ができないのであれば、外部から施設内にウィルスを持ち込むベクターになりうる職員にまずワクチン接種をすべきなのです。それぞれの施設や環境を考慮した優先接種の在り方など考慮している時間がなかったのかもしれませんが対象者の選択があまりにも雑です。
政府は「高齢者からの接種」「大都市と地方との区別のない接種」を強調します。しかし、感染の拡大を一刻も早く止めたいのであれば「高齢者よりも若年者あるいは現役世代」「感染者の少ない地方よりも流行している地域」からワクチン接種をはじめるべきです。ところが、このようなことが理性的に議論された痕跡がどこにもありません。それとも私の知らないところで議論はされたが「それでは政治的もたない」という理由で却下されたのでしょうか(とてもそうとは思えません)。
本来であれば日本医師会からこうした議論を投げかけてもいいはずです。「コロナ死と経済死のどちらを優先して減らしていくのか」、「そのための接種の優先順位はこうするべきではないか」などなど。そうした政策提言が日本医師会からあってしかるべきなのです。にもかかわらずマスコミを前にして日本医師会長が主張することはあいも変わらず「とにかく自粛しろ」「緊急態宣言をしろ」ばかり。しかも国民に自粛させて会長自身は「自由行動」というのでは筋が通るはずもありません。
前書きが長くなってしまいました。新型コロナウィルスワクチンを接種したときのことに話しを戻します。私と当院の職員は4月26日に第1回目のワクチンを受けるために接種会場に行きました。会場となった大きな会議室は人のながれを考えた効率的な配置になっていました。会場の入り口で必要書類を渡すと、待たされることもなく医師の問診エリアにまわされ、すぐにワクチンの接種場所に誘導されました。そこには接種を担当する看護師が立っていて肩を出すようにうながされました。
注射の針が肩に刺さろうとしたとき、私は心の中で「痛ければいいなぁ」と思っていました。ワクチン接種の様子を伝えるニュースではよく「全然痛くなかった」という声があります。しかし、本来、今回のワクチンの接種でおこなわれる筋肉注射は痛いものなのです。にもかかわらず「痛くない」という人たちにおいては「筋層にまで針先が届いていないのでは?」と不審に思っていました。ですから、「針先よ、筋層に届け」とばかりに「痛ければいいが」と念じていたわけです。
看護師は慣れた手つきで注射針を私の肩に刺しました。針が刺されたときと薬液が入る時に少し痛みを感じました。私はホッとしました。「ちゃんと筋肉に入ったんだ」と思ったのです。経過を見るための場所に移動して、一緒に接種した当院の職員と世間話しをしているうちに15分が経ちました。あっという間のワクチン接種でした。すでに接種した知り合いからは注射直後に軽い倦怠感を感じたと聞きましたが、私にも職員にも特段の変化はなくその日は終わりました。
床に就いた私はなんとなくワクチンを接種した左上腕に重だるさを感じていました。そして、「明日、目が覚めたときに筋肉痛になっていればいいなぁ」と思っていました。それは「筋肉痛=ワクチンの薬液が筋層に入ったこと」を意味するからです。そして、翌朝、期待通りになりました。左肩の三角筋に痛みがあったのです。痛みはありましたが、腫れたり、発赤が出現するといったことも、また、熱発も頭痛も倦怠感もありませんでした。
三角筋はぶらりと垂らした腕を飛行機の翼のように持ち上げるときに使う筋肉です。ワクチン接種の翌日、その三角筋が痛くて腕を翼のように持ち上げられないのです。これはまさしく三角筋の痛みでした。職員にも聞いてみましたが、皆私と同じように三角筋の痛みがあって腕が持ち上がらないと言っていました。心配そうな表情をする職員もいたので私はあらためてワクチンの作用機序と今後起こるかもしれないことについて説明しました。
以下、説明したこと *************
筋肉が痛いということは薬液がきちんと筋肉にはいったということ。決して不安に感じることじゃないよ。今後、微熱が出ようと、頭痛が起ころうと、腫れてこようと「有害事象」と呼ぶような極端なものでなければ心配ない。数日で収まってしまうことだから気にしないこと。副反応など考えようによっては「ワクチンが効いている」という証拠。「二回目の接種後の副反応は強くでる」という人もいるけど、それは「一回目のワクチンが効いている」からなので心配しないこと。あくでも「有害事象」といえるほど症状が強いかどうか。事前に解熱剤(鎮痛剤)を服用するということはしない方がいいよ。飲まないでいられるのなら飲まないで様子を見ること。
以上 ************
接種翌日に出現した筋肉痛はその日のうちに軽くなり、次の日にはほとんどなくなってしまいました。私が事前の思っていた通りの反応といってもいいものでした。それ以降、これといった症状はなく、世の中で言われているほどワクチンの副反応に不安を持つ必要がないことを確信しました。とはいえ、二回目のワクチン接種に向かう時、職員は「二回目の副反応は強くなるかも」という点が心配になっているようでした。そこで私は次のように再度説明しました。
以下、説明したこと *************
二回目の接種による副反応が強かったとしても、それは一回目のワクチンがうまくいっていればいるからだと考えればいいんじゃないかな。ものは考えようだと思うよ。「二回目のあとには腕が腫れあがってしまった」という人もいるけど、僕はひそかに「そいう人は知らない間にコロナウィルスに感染していた(こういうケースを「不顕性感染」といいます)」のではないかと思っているんだ。WHOではコロナに感染した人にもワクチン接種を推奨しているし。腫れてもたかだか2,3日のことだろうね。熱発や頭痛が出てきても、つらくなければ解熱剤(鎮痛剤)を飲まないようにね。もちろんつらければ飲んでもいいけど。
以上 *************
日頃の診療で私は患者に「熱が出てもできるだけ解熱剤は使わないように」と指導してきました。もちろん今は「正確な体温がわからなくなるから」と説明しますが、本来は「熱がでるということはからだの免疫応答のひとつであり、熱発をきっかけに免疫反応が本格化するから」です。熱があるからといってむやみに体温を下げると免疫反応をさまたげる可能性があります。だからこそ「早めにパブロン(風邪薬)、はダメですよ」と繰り返し言ってきたのです。
5月18日のウォールストリートジャーナル紙には「ワクチン副反応、なくても予防効果あり」と表題のついた記事が掲載されました。その記事を読めば、私の言ってきたことが単なる個人的な見解ではないことがわかると思います。表題にあるように「副反応の少ない人もワクチンの効果はある」と書かれるということは、裏を返せば「副反応」はワクチンの効果をしめすものとしてとらえられていることを示しています。このような論調は日本のどのマスコミからも聴かれないことです。
というわけで、あっという間に第2回のワクチン接種は終わりました。職員のなかには接種当日の夜に熱発と軽い倦怠感があった者もいましたが「有害事象」といえるほどのものではありませんでした。当然のことながら解熱剤(鎮痛剤)を服用することはありませんでした。私は1回目と同じような筋肉痛がありましたが、程度はやや軽く、少しだけ「腫れた感じ」がありました。でも、翌日には症状はすっかりなくなって通常通り。結果として私と当院の職員には大きな問題は起こらずにワクチン接種は終了しました。
我孫子市でもワクチン接種がはじまり、患者さんから「私はワクチンを打てますか?」と質問されることが多くなりました。そんなとき私は答えます。「端的にいえば、どんな病気を持っていても新型コロナウィルスワクチンを接種することができます」と。「基礎疾患」があろうとなかろうとワクチン接種にはほぼ関係がありません。アレルギー歴に関しても、ポリエチレングリコール(PEG)に対するアレルギー歴がなければおおかたのアレルギー反応の経験があっても接種は可能です。
ちなみにPEGは大腸検査のときに使う下剤あるいは化粧品や軟膏にふくまれているときがあります。したがって、こういったものでひどいアレルギー反応を起こしたことがある人は注意が必要です。主治医あるいは接種当日の診察医に相談する必要があります。ただし、あきらかなPEGアレルギーでないかぎり「本人の意思」ということになるでしょう。でも、もし私の患者にPEGアレルギーを疑う履歴があれば、その人には「残念だけどやめといたら」とアドバイスすると思います。
ちなみに、アメリカでは「妊婦も接種可能」ということになっています。これまで妊婦に対する接種経験数が少ないため安全性は確認されていません。しかし、今のところ積極的に「妊婦は接種禁忌」とするだけの根拠はありません。「接種するリスクよりも、しないリスクが高い」と判断されての結論なのでしょう。ちなみに、世間で噂され、ワクチン接種に反対する人たちの間で噂されている「新型コロナウィルスワクチンと不妊」については「関連性に根拠なし」とされています。
現在わかっているワクチンの有害事象は次のとおりです。日本では5月上旬までにワクチン接種後に死亡した症例が28名います。多くは高齢者であり、直接の死亡原因としては脳出血、くも膜下出血が多いようです。もちろん若年者もいます。しかし、若年者ほど死因がはっきりしません。このような背景もあって、この28例は全例「死因とワクチン接種の因果関係は判断できない」とされています。なお、日本での新型コロナウィルスワクチン接種は現在550万回です(26日に1000万回を超えました)。
全世界では15億回ほどのワクチンが接種されています(22日現在)。みなさんが心配しているアナフィラキシーショックと呼ばれる重篤なアレルギー反応ですが、今のところ発生する頻度としては25万回に一回程度ということになっています。その多くがワクチンを接種して30分以内に出現しており、適切な対応がなされたため死亡例はまだないようです。もし、皆さんがワクチンを接種する場合は、接種直後に体のほてりやかゆみ、息苦しさや動悸などを感じたら会場の職員にすぐ伝えてください(まず起こりませんけど)。
ちなみにジョンソン&ジョンソン社のワクチンで騒がれた血栓症ですが、頻度としては80万回の接種に対して15例の関連血栓症が疑われています。80万回というと、我孫子市と柏市、流山市に住む生まれたばかりの新生児から100歳を超える高齢者までの全人口をあわせたくらいの数です。この人たち全員にワクチン接種をして15例の血栓症が起こるかどうか。それを「恐ろしい」と感じるかどうかということです。現在、広く日本で接種されているファイザー社のワクチンでは血栓症の報告はなさそうです。
私はワクチンを接種すべきか迷っている人には「打つリスクより打たないリスクの方がよっぽど高いですよ」と言っています。感染はしばらく続きます。「流行」からなかなか逃れられない以上、ワクチンを接種して感染のリスクを減らすことが何より大切です。昨年の今ごろ、「検査をもっとたくさんやれば感染拡大を抑えることができる」と主張する人が少なからずいました。でも、東京よりもはるかに多くの検査をしてきた大阪のつい最近までの様子をみればその答えは明らかだと思います。
検査は安易に行うべきではありません。今よりも医療体制が整っていなかった昨年、「もっとたくさん検査を」という声に社会が押し切られていたら医療は確実に崩壊していたと思います。ロンドン大学の某日本人教授も、どこぞのクリニックの院長も、いろいろなTV番組で「もっと検査を」と叫んでいました。医学の常識を軽視したそんな言説を真に受けた大臣は今もなおコロナ対策の陣頭指揮に立っています。そして、その大臣はいまだに国民に我慢と自粛と負担を強いるのみです。
感染拡大を抑えるにはワクチンを集中的に接種するしかありません。その対象者はワクチン接種の目的に応じて合理的に決めなければなりません。にもかかわらず、その場しのぎの対応策と大衆迎合的な政策が小出しにされ、新型コロナウィルスを封じ込める有効策も後手にまわるのみで十分ではありません。今のコロナ対策には司令塔がいません。日本医師会も政権のブレインとはとてもいえない状況です(会長があのザマですから)。ワクチンの社会的効果が待ち遠しくもあり、またその効果があらわれて日本の経済が早期に正常化できるのだろうか心配だというのが今の私の正直な気持ちです。