院長が気まぐれな雑感を述べます。個人的な意見が含まれますので、読まれた方によっては不快な思いをされる場合があるかもしれません。その際はご容赦ください。ほんとうに気まぐれなので更新は不定期です。
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6月3日、長島茂雄氏が逝去されました。長島氏が読売巨人軍を退団し、引退したのは1974年(昭和49年)10月14日のこと。私が中学三年生のときでした。巨人のみならず、プロ野球の人気を支えていたON(王・長島)コンビの一角が崩れ、これからのプロ野球はどうなっていくのだろうかと思ったものです。当時の私は華やかな長島選手よりも、地味でありながら黙々とプレイする王選手を応援していました。そんな私であっても、「長島の引退」はひとつの時代が終わったように感じました。
中学校の卒業文集に掲載する作文に私がつけた題は「三年二組は永久に不滅です」。還暦を過ぎた今でも、一番充実して、楽しかった時代だと感じるのは中学三年生の一年間。中二の秋までは勉強にもスポーツにもまるで縁がなかった私。家庭教師だった近所のお兄さんのお陰で、少しずつ勉強に面白さを感じはじめ、思いを寄せていた女の子が隣の席になったことをきっかけに勉強にめざめたのが中三だったのです。その意味で、先の作文のタイトルは、そんな当時のときめきを表現するにはぴったりなタイトルだったと思います。
私の通っていた中学校は、公立でしたが文武両道を旨とし、勉強も頑張るがスポーツも頑張るという校風がありました。東京都の下町にあったせいか、いろんなバックグラウンドをもつ生徒がおり、サラリーマンの子もいれば、商売をしている家の子もいる。在日韓国・朝鮮人の子もいれば、千葉県や埼玉県から越境してくる子も多い学校でした。上野という繁華街が近かったこともあって、しばしば上野警察署少年係のお世話になる生徒だっていたほど。やんちゃが過ぎて練馬鑑別所に送致された子もいました。
しかし、だからといって校内の風紀が乱れていたわけではありません。学校にはそれなりの秩序というものがありました。生徒は先生を敬い、先生は生徒達を慈しんでいる雰囲気がありました。ある先生は、我孫子という「田舎」から通っていた私を「カッペ(田舎っぺの意)」と呼びました。今ならとんでもないことになったでしょうが、当時の私も両親も、それを蔑称だとは感じませんでした。もちろん、先生も悪意でそう呼んだわけではありません。そんな鷹揚さのある学校であり、また、そんな時代でもありました。
以前にも書いたように、私は「昭和」という時代が好きです。いろいろな矛盾や格差、非効率や無駄があっても、秩序があり、希望があった「昭和」が好きなのです。その「昭和」を象徴するのが、中学校時代であり、その中学校時代を締めくくる出来事が「長島引退」でした。当時、まだ巨人ファンだった私は、その後、いわゆる「江川事件」ですっかりアンチ巨人となり、プロ野球に対する興味も急速に薄れ、「王がホームランを打ち、巨人が負ければどのチームが勝ってもいい人間」になりました。
ちなみに、最近の江川卓氏のYoutube番組でこの「江川事件」の真相を知りました。当時の私は、マスコミの「江川憎し」の風潮に流され、江川選手を一方的に批判する世論に乗せられていました。しかし、その事件が、実は周囲にいる大人達の思惑に江川選手が振り回されて起きたことを知ったのです。そんな批判と敵意に満ちていた社会、そして、野球界の中で淡々と活躍し、実績を残した江川選手は立派です。そのように、マスコミによって私たちの世論が容易に影響を受けていたのも「昭和」だったといえるでしょう。
1989年で昭和は終わりました。その後の日本は、まるで昭和の終焉とともにバブルが崩壊し、長い長いデフレの時代へと突入していったかのようです。30年ともいわれる長い停滞期は人々の考え方にも大きく影響しました。人々の心の中から活力がなくなり、夢を追い、希望をもって生きることが難しくなったかのようです。とくに若い人たちの意識が変わったかもしれません。彼等の「車を欲しがらない」という意識がそれを象徴しています。「頑張ること」さえも疑う若者が増えてきたようにすら見えます。
社会そのものが「頑張らなくていい」ことを是とする時代になったせいです。「頑張らなくてもいい」のではなく、「その結果がうまくいかなくても悲観することはない」だけなのに。「頑張ること」はどんな場合であっても尊いはず。そこに時代の違いなどありません。これまでの日本の社会では「頑張る」ことの結果にセイフティ・ネットがなさ過ぎました。その反動が「競争はいけない」「順位をつけてもいけない」という誤った社会にしてしまったのかもしれません。
今という時代においては、ことさらに「平等」「均一性」「多様性」が求められます。一方においてそれは必要なこと。しかし、今の社会を支配するその規範の正体は、「平等」によって不平等を生み、「均一性」や「多様性」によって逆差別を生じさせています。社会が価値観を押しつけ、こうあるべきだという固定観念を人々に植え付けようとしているのです。しかも、変遷し、変質するそうした固定観念が、ともすると日本の文化とあいいれず、さらには日本の伝統を破壊しかねないものだけに懐疑的になってしまいます。
高校生のころ、なにかの宗教の勧誘に二人のご婦人が我が家を訪れました。応対に出た私に、その宗教がいかにすばらしいかを説いています。延々と続くその話しを、私はなんどかさえぎろうとしました。しかし、話しの論点をすり替えられてなかなか終わりません。そのひとりのご婦人が言いました。「今の社会にはいろいろな事件が起こっています。それは多くの人が正しい教えを信仰していないからです」と。高校生だった私はその言葉に反応してつい言い返してしまいました。
**************** 以下、そこでの会話
「そうでしょうか。正しいか正しくないかは誰が判断するのですか。いろいろな人がいていいと思います」
「犯罪を犯す人がいても、ですか? 犯罪のない、安心で平和な社会の方がいいでしょ?」
「もちろんです。でも、犯罪もふくめて社会が解決していくべきことだと思います」
「ほら、犯罪はない方がいいでしょ」
「だからといってみんなが同じ価値観を持つということは不可能ですし、異常です」
「そうかしら?」
「庭の芝生には色の濃い葉もあれば、薄い葉もある。だから芝生は全体として柔らかく見える」
「????」
「社会も同じです。いろいろな意見や価値観があるからこそ住みやすい社会になるんだと思います」
******************* 以上
彼女たちは「なにが言いたいの?」と思ったかもしれませんが、高校生だった私が伝えたかったのは、「教条主義におちいって、他の価値観を認めない社会は危険だ」ということでした。信仰を勧めるのは自由だが、相手に押しつけるものではないはずだ、と。その後、ふたりはあきらめたように去って行きました。理屈っぽい子どもを相手にしても仕方がないと思ったのかもしれません。とはいえ、「価値観はいろいろあっていい」という気持ちは今も同じ。価値観を押しつけられるのがもともと嫌いなのです。
最近の社会はどうでしょう。「いろいろな価値観を尊重すべき」といいながら、実は特定の価値観を押しつける世の中になりつつあるかのようです。私にすれば、「いろいろな価値観」が強調されながら、「少数の尊重」という考え方によって人々を沈黙させ、それがかえって人々を分断する道具になっているようにも見える。そして、貧困ビジネスや弱者ビジネス、差別ビジネスなどで金儲けをする手段になっているようにも。日本人がことさらに「きれいごと」に弱く、真正面から反論できない民族だからこそ陥りやすい落とし穴です。
アメリカでは、「慈善事業」が寄付金の還流団体と化し、「篤志家」が資産を増やす道具になっているといいます。日本のNPOも、公金を横流ししたり、中抜きする手段に利用されることがあるようです。設立目的が「社会的ニーズ」と合致し、その設立が法的に問題なければ、批判されないのが「慈善事業」。特定の勢力が政治家を動かし、ありもしない「社会のニーズ」を法律で押しつける。そして、広告媒体であり、私企業でもあるマスコミがその価値観を喧伝する。かくして、「世のため、人のための慈善事業」の誕生です。
「消費税」もその欺瞞のひとつ。消費税が日本で導入されたのは1989年、つまり、昭和が終わった年です。その後の日本経済が停滞し、そこから抜け出そうにも抜け出せないでいるのは、繰り返される消費増税のせいです。税金は社会を維持するために必要なもの。しかし、それと同時に、社会を還流するお金を吸い上げ、景気を減速させ、沈静化させるためのものでもあります。日本が冷え込む景気から抜け出そうともがく中で、「社会を維持するため」というお為ごかしによって消費税の増税を繰り返すのは馬鹿げています。
消費税の源流は、1954年にフランスが導入した「付加価値税」にはじまります。付加価値税とは仕入れ時のコストを除いた粗利益(付加価値)に対する税をいいます。付加価値税は、消費者に売ったときだけにかかる売上税とは違います。売上税は商品が売れずに赤字になった場合には免除されます。しかし、付加価値税は売り上げからすでに支払った税を差し引いた「取引きそのもの」に課されるため、赤字となっても一定額を納めなければならない「厳しい税金」なのです。日本の消費税は、実はこの付加価値税そのものです。
多くの国民は、消費税とは消費者から事業者が国にかわって徴収している税金だと思っています。それは間違いです。そんなことをいうと、「でも、代金に【消費税込み】となっているじゃないか」というかもしれません。つまり、「客が支払う代金に消費税が転嫁されているではないか」というわけです。もしかすると「消費者がおさめた消費税を店がネコババしているケースもある」と思う人すらいるはず。このように、日本の付加価値税が「消費税」と呼ばれるのは国民の目をその正体からそらすためです。
「代金に消費税が転嫁されている」との誤解は、値札にそう書かれていることから生じています。値札にそう記載するように法律で定められているのです。店側は自由に値段を決められるわけですから、多くの消費者が「値段に消費税が転嫁されている」と考えるのも無理はありません。しかし、立場の強い大企業でもないかぎり、ものがなかなか売れないデフレ下にあって、消費税を転嫁するために値上げができる事業者はそう多くありません(医療機関もそのひとつ)。公表されている経済統計がそれを物語っています。
中小企業庁のアンケート調査で、企業間取引の15%、消費者との取引の30%で「消費税を適正に転嫁できていない」と答えています。また、公正取引委員会が公表した「消費税の転嫁拒否に関する主な違反事例」でも、大規模小売業などが仕入先に対して「税込み据え置き」や「納入価格の減額」を求めるといった転嫁拒否行為の事例を多数報告しています。公取委が指導・勧告対象として公表した事案です。結局のところ、消費税は、法人税、所得税を徴収されている事業者にさらに課される直接税にほかなりません。
その一方で、輸出にかかわる企業は、海外でものを売っても消費税を転嫁できません。それを根拠として輸出企業には「消費税還付金」が支払われています。トヨタ自動車だけでも年間5000億円以上もの還付金が支払われているのです。そうした還付金は消費税が増税されればされるほど金額が増える仕組みになっています。経団連などの経営者団体がさかんに消費増税を主張するのはそのためです。彼らがいう「将来の国民生活を守るための消費増税」というものがいかに欺瞞かがおわかりいただけるでしょう。
他方、新聞社は、生活必需品である食料品と同様に消費税が8%に据え置かれる軽減税率を受けています。日常生活に直結する食料品に消費税が軽減されているのは理解できますが、なぜ「新聞」に対して消費税が優遇されているのでしょう。それは消費税に関する国民への広報を、国にとって有利なものにする対策だと噂されています。しかも複数の税率があることを口実にインボイスという制度も新たに導入されました。インボイス制度はこうした軽減税率が存在するために導入された制度です。
インボイスはおもてむき「消費税を不当におさめない事業者から公平に徴収する」ため、事業者に登録番号をつけて消費税を徴収する仕組みと思われています。しかし、その実体は、消費税をおさめなくてもいい小規模事業者を、消費税をおさめる事業者に誘導するためのものです。消費税はすでに課税された上での「第二の法人税」であり、利益の少ない小規模事業者にとっては大きな痛手になります。そうした小規模事業者もインボイスに登録しないと企業取引がしにくくなるように制度設計されているのです。これも欺瞞です。
最近、石破総理が「日本の財政状況はギリシャよりも悪い」と発言しました。その発言はすぐに批判されましたが、石破総理の無知・無教養には驚くばかりです。最近の総理大臣に国家観がなく、「総理大臣」になりたいだけなのは岸田前総理で知っています。しかし、生活マナーに品がないのには我慢できても、首相としての発言に知性や理性が感じられない石破氏。情報のあふれた現代社会にあって、「日本の財政状況は深刻」と信じて疑わないリテラシーの低い国民には驚きませんが、一国の総理がこの程度とは・・・。
たしかに日本政府が抱える負債は対GDP比で250%を超えています。これが石破首相のいうところの「ギリシャよりも悪い」という主張の根拠です。日本政府がもつ負債の多くは国債発行にともなうもの。しかし、その国債の50%は日銀が、さらに40%が日本国内の金融機関が保有しています。外国人投資家などが保有する割合は8%にも満たないのです。しかも、日本は世界最大の債権国、つまり、世界最大の資産を有する国家。財政状態の安定ぶりはOECD諸国の中で二番目に良い国家なのです。それが事実です。
最近、国債の発行額に関する議論も盛んです。「こんなに国債を発行して、日本の信認が低下するのではないか」というものです。その一方で、「景気が回復しないのは政府がお金を使わないから」であり、「景気回復のために国債発行を躊躇するな」という意見もあります。日本は、財政法という法律で国債の発行が原則的に禁止されています。この法律は、戦後まもない1947年に制定されましたが、その目的は「二度と戦費を(国債として)集められないようにする」ためだとされています。
財政法においては、戦後の復興をうながすため、建設国債だけは認められました。この目的以外の国債を発行するにはその都度法律(特例公債法)を定めなければなりません。1975年にオイルショックに打ちのめされた日本経済・社会は税収だけで支えることができなくなりました。それ以来、日本では赤字を補填する特例国債が発行され、その累積額は今や1000兆円を超えてしまいました。かくして政府債務は、国民のあたまの中に「日本国民一人あたりの借金は1000万円を超えた」とすり込まれているのです。
自国通貨建ての国債の価値が暴落(デフォルト)することはありません。なぜなら日本の国債は円で売買され、その多くは日銀や日本の銀行が保有しているからです。外国人の投資家が一斉に日本の国債を売りに出したとしても、理論上、日銀がどんどんそれを買い支えるので価値が暴落することはほとんどない。それは日銀は円という通貨の発行権をもっているから。つまり「打ち出の小槌」をもっているためです。日本の国債の信用が暴落することは事実上なく、現に今も日本の長期金利は低金利が続いています。
日本政府が抱える国債残高は「日本国民の借金」ではありません。そもそも国民はいったい誰から借金しているというのでしょうか。実体はずいぶん違います。国債の正体は、いわば「日本政府が国民から借りている借金」なのです。よく「国債の利払い費だけでも年間20兆円を超えている」と言われます。でも、国債の半分は日銀が買い取っており、政府がその日銀に年間10兆円以上の額を利払いしています。しかし、それらの多くは日銀の当座預金を通じて国庫、すなわち政府に戻ってきています。
積み上がる債務残高を「将来の世代にツケを払わせる忌むべきもの」と報道されます。しかし、債務残高の本当の意味は「国債を発行してきた額の記録」に過ぎません。欧米諸国がコロナ前とくらべてどのくらいの債務を増やしたかをみると、オーストラリアで9倍超、イギリスで4倍超、アメリカは3倍超、カナダでは2.6倍です。それに対して日本はわずか1.9倍。新型コロナによって経済活動が著しく低下したのにこの程度なのです。しかも、日本ではその間、消費税率を二度もあげてしまいました。景気が回復しないはずです。
国の赤字・黒字は国民生活を守る政策の結果にすぎません。国民生活のバロメータであるインフレ率は、2~3%程度が適切だとされています。ただし、そのインフレをしのぐ実質賃金の上昇がなければなりません。実質賃金の上昇をともなわないインフレは「悪いインフレ」です。今のインフレがまさにそれ。そんな状態を放置し、「国の借金は国民の負担」という欺瞞を国民に吹聴して増税を繰り返しています。国家財政の黒字化を優先し、国民の懐が赤字のままであることを放置し、国民生活を改善しようとしないのはなぜでしょう。
多くの国民が、まことしやかな「欺瞞」にごまかされています。燃料をケチっていてはエンジンは動きません。エンジンが動かなければ稼ぎを増やすことはできないのです。燃料を節約して少ない稼ぎで我慢するのか。それともそれなりの燃料費を投下して稼ぎを増やすのか。稼ぎが増えれば、はじめの燃料代も回収できるはずなのに。現状維持に汲々とする無能な経営者ほど借金を恐れます。そんな経営者のもとでその企業は衰退するばかり。まるで沈みゆく今の日本のようです。
昭和には無駄が多かったかもしれません。非効率な部分もありました。しかし、その無駄や非効率のおかげで社会が薄く、広く潤っていたことも否定できないと思います。私が、巷でよく言われる「いいものをより安く」が間違っていると思うのは、「いいものがより高く売れる社会」こそが健全な社会だと考えるからです。「より安い社会」はどこかにひずみを作り、強い者はより強くなって、弱い者はいつまでも弱く、弱い者は淘汰されて当然と考える社会になっていきます。そんな社会がいいはずがありません。
今の世の中、よく「勝ち組、負け組」という言葉を見かけます。実に忌まわしい言葉です。勝負に「勝ち・負け」はあっても、人の生き方に「勝ち・負け」などがあろうはずがありません。映画「昭和残侠伝・吠えろ唐獅子」には「勝つも因果、負けるも因果」という台詞がでてきます。私はこの台詞が好きです。それは、勝つこと、負けること、それぞれに意味があると思うからです。現代社会は「金持ちがどこまでも金持ちになりたがる社会」。しかし、本来は「みんながそれなりに幸福な社会」であるべきです。
昭和が終わり、日本全体が活力を失う中、一人勝ちをなんとも思わない人間が増えています。日本だけではなく、世界中に「今だけ、金だけ、自分だけ」の人たちがいます。彼等は、自分の利益のためであれば、社会の価値観が大きく変わること、変えることをなんとも思わない。なんなら戦争をしてまでも、です。そして、そんな人たちほど「それが今の時代だ」とうそぶくのです。しかし、急激な価値観の変化は決していいことではありません。ずる賢くて、嫌悪すべき人たちが私たちをだましているかもしれないからです。
「昭和」という時代にも問題はありました。しかし、今年は昭和が終わって35年。「昭和100年」にあたる年でもあります。時代の変化は急激であり、今や「きれいごと」や「耳障りのいい言葉」が幅を効かせ、ポリティカル・コレクトネス(政治的正当性)によって人の価値観が断罪されるようになりました。そうしたことによって人々を分断し、対立と差別を助長しているのです。それがなにを意味しているのかはわかりません。でも、貧困であれ、差別であれ、もっと正面から議論できた時代が昭和だったように思います。
「昭和」の象徴でもあった長島茂雄氏逝去によって、昭和はセピア色の歴史のいち時代になってしまったように感じます。と同時に、これからは「グローバリズムとナショナリズムの中で日本の社会はどうあるべきか」を常に考えなければならない時代であり、「社会の価値観と個人の価値観をどう調整していくか」が問われる時代になると思います。そのような大きなうねりの中で、私自身は「みんなちがって、みんないい」といえる社会になってほしい。そんなことを考えながら長島茂雄氏の御魂に合掌しました。
2023年12月にはじめて一緒に映画を観に行った母が脳腫瘍になってしまいました。昨年の11月頃から呂律がまわらなくなりはじめ、左の手足の動きもぎこちなくなりました。2023年の春、大きな後遺症は残さなかったものの、軽い脳梗塞になっていたことから、私は「脳梗塞が再発したのか」と思っていました。それにしては血圧はそれほど高くなっておらず、また、症状の軽い日もあるなど、脳梗塞にしては必ずしも合致しない状況をなんとなく不思議に思っていました。
でも、年末の忙しさに追われているうちに症状はどんどんひどくなり、飲み込みも怪しくなってきたことから病院を受診させました。そして、MRIを撮った結果、「右前頭葉の脳腫瘍」との診断。その病院では治療ができなかったため、他の病院を受診する必要がありました。とはいえ、タイミング悪く、年末のお休みに入ってしまい、受診は年明けになります。しかも紹介された病院の予約がとれたのは1月15日でした。日に日に症状がひどくなるのにヒヤヒヤしながら年が明けるのを待ちました。
正月、まだなんとか歩けた母といっしょに父親の墓参りに行きました。「母親の脳腫瘍が悪性度の高いものではないように」と父親の墓に手をあわる私。年が明けると早々に別の病院に紹介状を書き、受診させました。受診した病院の外来医は「進行が早いので早く処置をした方がいい」と即日入院させてくれました。満床なのにベット調整をしてまで入院させてくれた外来医には感謝です。翌週、さっそく腫瘍のまわりに溜まった水をぬく姑息的措置を受けることになりました。
病理診断の結果、やはり悪性度の高い神経膠芽腫という脳腫瘍でした。術前に撮ったMRIでの腫瘍のサイズは、年末の病院でのそれの倍ほどに。腫瘍を摘出することはもうすでに不可能であり、放射線治療と抗がん剤でなんとか成長を抑える治療効果に期待するしかありません。溜まった浸出液を排液する管を患部に入れる手術が終わった母は、術後、ベット柵を一日中叩くなどの不穏な状態が続き、かろうじて動いていた左手足もまったく動かなくなりました。私はこの一ヶ月の変化の大きさに少し動揺していました。
母親が入院した病院は、救急の指定を受けていることもあって慌ただしい雰囲気がありました。職員もいつも忙しく動いていて、大きな病院にしばしば見られる「患者の放置」を心配しました。でも、その病院は忙しいながらも、職員の人たちもそれなりによくしてくれました。術後のお見舞いに行ったときのこと、麻酔の影響がまだ残っているのか、ぼんやりしながら何かを伝えようと口ごもっています。しかし、口の中が乾燥して思ったように話せないようでした。
家内が口のまわりをぬれたハンカチで軽くぬぐってもいいか看護師に声をかけました。すると、なにか仕事をしていたにもかかわらず、わざわざ母親のベットサイドに来てくれ、その様子を見て「乾燥しているようなので口腔内ケアをしましょう」といってすぐに対応してくれました。嫌な顔もせず、仕事を中断してまでめんどうなことをやってくれるこの看護師さんが私には「白衣の天使」に見えました(マスク美人だったから?)。患者側の立場に立ってあらためて見えてくるものがあるものです。
その後の母は、しばらくは混乱しているようで、すっかり寝たきりの認知症患者のようになりました。ベット柵を叩いて音を立てたり、手から延びている点滴や尿道カテーテルを抜いたりするため、準拘束された時期もありました。しかし、術後の影響も少しずつなくなり、話す言葉もなんとかわかるようなものになってきました。動かなかった左の手足も動くようになり、徐々に改善していることがわかります。しかし、前頭葉の脳腫瘍であるためなのか、前頭側頭型認知症のような症状がでてきました。
私が見舞いに行くたびに、「あたまの病気の方はもういいのか?」と心配そうに言います。どうやら私が脳腫瘍になったと思っているようです。そんなとき私はあえて否定せず、「こっちはもうすっかりよくなったから大丈夫。そっちの病気の方はどう?」と返しています。そうすると、「あれっ?私が勘違いしてるのかな?」という表情になります。間違いのない記憶も多いのですが、忘れてしまったこと、あるいは、妄想ともいうような誤った記憶になっていることも少なくありません。
家内とふたりで見舞いに行くのですが、あるとき、家内がひとりで見舞いに行ったことがあります。いつも一緒の私がいなかったことがそうさせたのか、いつしか母親の中の私は家内と離婚したことになっていました。見舞いに行った私を見るなり、「おまえも離婚してしまったのだから、早くいい人をみつけなさい」と真顔で。隣に立っている家内を指さして、「この人、誰かわかる?」と尋ねると、不思議そうな表情で「わからない」と。家内がマスクをしていたせいでわからなかったのか、まるで忘れてしまったかのです。
私は笑いそうになるのをこらえながら、「大丈夫だよ。今はこの人と一緒に生活しているから」と。家内は多少ショックを受けたようでしたが、別の日に見舞いにいった妹によると、「私と離婚した家内」は母親の入院している病院の看護師になっているそうです。実家のご近所の方も病院の職員として働いていると言ってみたり、記憶の混乱や妄想がその後もしばらく続きました(そして、今も多少の混乱が続いています)。でも、大騒ぎをしたり、乱暴になったりしていないことが救いです。
こんなこともありました。母親の隣のベットには母と同じぐらいの高齢患者がいます。ある日、母と私たち夫婦が会話をしていると、カーテンの向こうから「すみません」とか細い声が聞こえてきました。しばらく無視していた私たちですが、どうやらその声は私たちに向けられているようです。家内がカーテンを少し開けて、「どうなさいましたか?」と声をかけました。するとその患者が言いました。「私にチューしてくれませんか」。一瞬、家内はひるんだように言葉を失いました。
しばらくの間があき、「はぁ・・・?あのぉ・・・」と戸惑いながらも言葉が出てこない家内。その患者は「私にチューしてほしいんです」と繰り返します。家内は耳を疑ったようですが、患者が自分のマスクをはずすのを見て確信したようです。「この人は私にチューを求めている」と。家内は動揺を隠しながらも「私はご家族ではないので、それはできないんですよ」と患者をなだめました。「そうですか。わかりました」と残念そう。穏やかで、素直で、優しそうな患者さんでよかったです。
この病院での治療をひとまず終えて、母は今、他の病院のリハビリ病棟に転院しました。広々とした、明るい病院です。院長先生をはじめ、職員の皆さんの雰囲気も話し好きな母には合っているように思います。きっと気に入ってくれるでしょう。入院時の病院スタッフとの面談で私は「急変した場合は積極的な救命措置を望まないこと」、「残された療養を穏やかに過ごせることを優先してほしい」とお願いしました。それほど長くはないであろう母親に残された生活に苦痛がないことを望むからです。
病院スタッフとの面談で、私は「これまで認知症状がなかった母親は、今回の病気の影響で前頭側頭型の認知症のようになってしまいました。もし、スタッフの皆さんに失礼なことを言ったりしたら許してやってください」と付け加えました。前の病院では、ありもしない妄想でスタッフに「あなたはウソばかり言っている」とありもしないことで悪態をついたりしたからです。しかし、「そういうことは慣れているので大丈夫ですよ」と今度の病院のスタッフも笑いながら言ってくれました。
入院前、母は「なんでこんな病気になってしまったのだろう」とこぼしたといいます。そのことを聴いた私は母親を不憫に思いました。しかし、以前から母親には「長生きは修行なんだよ」と繰り返し言ってきました。「あの人も亡くなった。この人も認知症になった」とこぼす母に、私は「幸運にも長生きできた人には、そうした人たちの悔しい思いを背負いながら生きる義務があるんだよ」と言ってきたのです。長生きは決して安楽なことばかりではありません。長生きには長生きなりのつらさがあるのです。
昔、ある高齢の患者さんに「どうして生きているのかわからない」と言われたことがあります。そのとき、長生きをしなければわからないつらさがあることに気付きました。しかし、私は言いました。「それは、あなたの生きざま、死にざまを若い人たちに見せつけるために生きているのですよ」と。人生は修行であり、それは「苦行」かもしれない。でも、自分にとっては修行としての意味があり、その修行が満了したときにお迎えがやってくる。まわりの人たちにその生きざま、死にざまを残して旅立っていくのです。
私が兄のように思っていた叔父が数年前に亡くなりました。私のクリニックに通院していたのですが、たまたま受けた内視鏡検査の事前検査で異常があり、それが進行した膵臓癌によるものだったことがわかったのです。自分のクリニックに通院させておきながら見逃してしまったことを悔やみました。しかし、異常が見つかる三ヶ月前の当院での採血では異常がなかったのです。でも、その後の叔父は、まさに生きざま、死にざまを私に見せつけました。残された1年間を冷静かつ淡々と、そして、立派に生き抜いたのです。
病院では手術不能の膵臓癌であること。肝転移もすでにあり、余命もそれほど長くはないことを説明されたはずです。私のところに報告に来る叔父は冷静でしたが、主治医から説明を受けたときはきっと動揺したに違いありません。治療の選択について意見を求められたとき、私は「積極的な治療をして、体力を必要以上に奪われる選択はあまりお勧めしない」とお話ししました。そして、叔父はその通りの治療を選びました。検査のたびに報告に来る叔父に、私も淡々と、そして、悲壮感が漂わないように接しました。
叔父のふたりの息子達に私は「夏になる頃には状態が厳しくなると思う」と告げました。叔父の性格を思うと、主治医から受けていた説明を自分の家族にこと細かく伝えていないだろうと思ったからです。叔父は自分がなにもできなくなるまでにやっておくべきことをテキパキと片付けていきました。自分に残された日々が長くはないことを知っている人とは思えないほどの手際の良さでした。そして、それを「自分の終活だから」と笑う叔父に、私は「日々が終活なのはみんなも同じですよ」と涙をこらえながら言いました。
亡くなる数日前、入院中の叔父は携帯電話で私のところに電話をしてきました。突然、呂律がまわらなくなったらしく、話しの内容がよく聞き取れません。私はとっさに「これは腫瘍塞栓による脳梗塞だ」と思いました。肝臓に転移した癌の一部がはがれおちて血液とともに脳にながれて起こる脳梗塞なのです。おそらく「なぜこのような症状になったのだろうか」と聞きたかったのかも知れません。でも、もはや厳しい段階になったことは間違いなく、叔父の家族にこの状況を早く知らせた方がいいと思いました。
「申し訳ないけど、話しの内容がよく聞き取れない。家族に連絡しておくから、一緒に主治医と相談してほしい」と話して電話を切った私は、これで叔父と会話するのも最後になるだろうと思いました。そして、何日かたって叔父が亡くなったことを知らされました。息子は「最後に間に合わなかった」と肩を落としていました。私は彼に「でも、君のお父さんにとってはそれでよかったのかもよ。自分の弱っていくところを見せたくない人だったから」と言いました。それは私の正直な気持ちでした。
人の生きざま、死にざまから学ぶことは少なくありません。私はたくさんの「死にゆく人」と接し、見てきました。人が死ぬことは悲しいことであり、その人を失うことの寂しさは測りしれません。しかし、人が旅絶っていくということの意味はそればかりではないのです。その死にざま、生きざまを通じて残された人たちに語りかけているのです。「私からおまえはなにを学ぶのか」と。最愛の人を失ったことの喪失感に自分を見失う人がいます。でも、故人はそんなことを望んでいないはずです。
認知症のなかった母親がどんどん変わっていく姿を「可哀想だ」と思ったこともあります。でも、認知症もないまま、今の病気のこと、これからの自分を待ちうけている未来のことを考えるのはつらすぎるはず。認知症になったことで、そうした不安感、恐怖心から多少なりとも逃れられるのであれば、それはそれでよかったことのようにも思えます。年をとることは病気ではありません。その意味で、「ものわすれ」だって病気ではありません。老化現象と認知症の境界がどこかについては議論のわかれるところだとしても、です。
「自分は認知症ではないか」と不安になって当院に受診される人がいます。その多くが認知症ではないのですが、そんな人たちには「自分が認知症じゃないかと心配しているうちは認知症ではありません」とお話ししています。認知症は不治の病。治すことはできないのです。最近、いいお薬が出たことは報道でご存知の方も多いかもしれません。しかし、その薬を使えば年間300万円もかかります。しかも「症状を9ヶ月短縮する」程度の効果です。そもそも「9ヶ月の短縮」って「300万円の効果」といえるのでしょうか。
歳を重ねるにしたがって病気にかかっていくのは当たり前です。病気と無縁でいられた若いときと同じというわけにはいかないのです。日本人はともすると「ゼロか百」、「無謬性」にこだわります。人は誰でも必ず死にます。それと同じように年をとればなんらかの不具合が生じるもの。でも、その不具合は生活の支障とならないように対処することが可能です。そして、自分の病気や不具合との関わり方や生きざまを通じて、周囲の人たちの模範や希望、教訓となることもできるのです。
先ほどの叔父も、7年前に亡くなった父もそうでした。彼等の生前の姿から学ぶことも多く、模範とすべきことも少なくなかったと思います。父を亡くしてから、母は一人暮らしとなりました。幼い頃に母親を亡くしましたが、母はたくさんの家族・親戚のなかで成長しました。そんな大勢で生活してきた彼女にとって、一人暮らしはさぞかし淋しいだろうと思いましたが、母は「今が一番しあわせ」と繰り返して言っていました。そして、「お父さんには感謝だわ」とも。母が一人暮らしを幸福だと感じていたのは意外でした。
つらい病気も少なくありません。自分の病に悩んでいる人もいます。ですから、全部をひとまとめにして言うことはできませんが、「歳をとって病気になるのは当たり前なのだ」と考えるべきです。健康体でなくてもいいのです。もちろん、「これからどうなるのだろう」と不安を感じたり、恐怖に思うことすらあるかもしれません。でも、人の人生はあくまでも相対的なもの。過去の自分と比較することはできません。他人の人生と比べるものですらありません。それが「あなたの人生」なのです。
「修行」を満了して旅立つときに「苦」はありません。むしろ、「苦から解放される瞬間」なのです。どんな生い立ちだったにせよ、どんな生き方をしてきたにせよ、「修行」を満了するまでの生きざま、そして、死にざまこそが一番重要です。これからの日本を担う若い人たち、残された周囲の人たちへのメッセージでもあります。そんな人生は一度きり。どうせ生きるなら前向きに「生ききる」ことです。
さまざまな病気をもつ皆さん、頑張りましょう。
※ 「老い」を感じて私が思うのは、これからの若い人たちに頑張ってもらいたいということ。
そんな若者への応援歌はサザン・オールスターズの「希望の轍」。
by 若い人の希望になりたい老人(私のこと)
はたしてロシアとウクライナは停戦に合意できるでしょうか。2022年2月24日、ロシア軍が国境を越えてウクライナ領に侵攻し、これまでウクライナ側の発表で4万5千人あまりの兵士が戦死。ロシア側にも10万人を超える戦死者が出たとされています(事実はこれ以上でしょう)。負傷した兵士は露・宇ともに戦死者の10倍にもおよびます。ウクライナの一般市民にも1万2千人以上の犠牲者が出ているといわれています。当初はロシアによる一方的なウクライナ侵略という形で報道されていた今回の戦争も、ドナルド・トランプという人物が出現してからはこれまでとは違った様相を呈してきました。今回はその辺のことを少し書きます。
ロシアがウクライナとの国境付近に軍を集結させ、両国の緊張が高まっていたとき、アメリカの当時の大統領であるジョー・バイデンは「アメリカはウクライナに軍を派遣しない」と声明を発表しました。それはロシア軍を挑発して緊張を高めないようにするための配慮だとする識者が多かったようです。中には「軍をこのままウクライナ領内に侵攻させるほどロシアは愚かではない」と楽観的な人もいたほどです。私自身もロシアが本当に戦争をするとは思っていませんでした。ですから、アメリカからの警告がありながら、ロシア軍がウクライナに攻め込んでいったとき、「なぜそんな愚かなことをするのか」と不思議でした。
19世紀のような、領土的野望から列強が周辺国を侵略するのが当たり前の時代ならともかく、東西の冷戦構造が崩壊し、世界中の国から独裁国家が一掃されたかのような現代にあって、どうしてロシアが武力まで使ってウクライナとの国境の変更を強行しなければならなかったのか。そのような疑問に答えてくれる報道は皆無でした。そこで私はインターネットを利用して調べてみました。すると、それまで知らなかった事実が次々と明らかになってきました。そして、それまで「陰謀論」だと一蹴されてきたことまでもが、実は今回の戦争の原因につながっていると思える情報が次々と明らかになったのです。
戦争がはじまった時、世の中は「ロシアの蛮行」として一方的に批判しました。「大国ロシアに侵略を受ける可哀想な小国ウクライナ」「ロシアがウクライナの次に狙うのはポーランドとバルト三国」と人々の危機感と恐怖心を煽る報道一辺倒でした。なるほどウクライナは「大国アメリカに立ち向かう小国日本」のようにも見えました。しかし、いろいろ調べていくうちに、ロシアがウクライナへの侵攻を余儀なくされた「ある事情」があったことがわかりました。それが「アメリカの世界戦略」でした。そんなロシアはまるで、アメリカの世界戦略によって戦争をするしかなかったかつての日本と重なります。
それらのことをまとめて次のような記事をブログに掲載しました。
************ 以下、2023年5月14日「軽薄な理想主義」
前略
ロシアとウクライナの戦争が続いています。しかし、その戦争にいたるまでの経緯を知らない人が少なくありません。ウクライナは、ロシアから欧州に向かうパイプラインの中継基地として重要な位置にあります。そして、その石油や天然ガスの利権にアメリカ企業が関与し、ウクライナをこれまで翻弄してきたのです。今の戦争にはアメリカの国際戦略が少なからず影を落としています。
とはいえ、ウクライナがロシアに負ければどうなるかがまるでわかっていない人が多すぎます。その歴史的背景がどうであれ、武力による侵略を受け、国境が力ずくで変更された国家は必然的に崩壊します。いつしか世界史から消えていくのです。これまでの世界史が繰り返してきたその恐ろしさをリアルに感じとることができない日本人が少なくないのはなぜでしょうか。
後略
************ 以上
************ 以下、2023年10月28日「歴史の転換点」
前略
今、ウクライナでは大規模な戦争が続いています。ウクライナにはチェルノーゼムと呼ばれる肥沃な土壌が広がり、「東ヨーロッパの穀倉地帯」ともいわれる世界有数の小麦の大産地になっています。南部のクリミア半島は温暖な保養地であると同時に軍事的な要衝でもあり、東西ヨーロッパの緩衝地帯として政治的に常に不安定な場所となっていました。ウクライナはかつてはキエフ公国という大国として栄えましたが、異民族の侵入をたびたび受け、モンゴル来襲をきっかけにその中心はモスクワに移ったのでした。
ロシアの大統領プーチンがウクライナを「特別な場所」というのはこのような背景があるからです。しかも、歴史的にソ連の一部だったころの影響で、ウクライナの東部にはロシア系の住民が多く住んでいます。東ウクライナに住む住民の30%あまりがロシア人なのです。ウクライナはロシアからヨーロッパに送られる原油や天然ガスのパイプラインの中継基地であり、ソ連時代から天然資源にまつわる利権が存在しています。そして、今般の戦争にその利権が暗い影を落としています。
後略
************ 以上
これまでこのブログで何度かアメリカ・カリフォルニア州にお住まいのYokoさんのお名前を紹介したことがあります。Yokoさんにはご自身のブログで私の記事をたびたび掲載していただいています。そうした縁もあって、日米の社会・政治状況についてときどき意見交換することがあります。生活する場所も異なれば、政治的な信条にも多少の違いがあります。しかし、自分とは視点のことなる意見を知ることは己の意見を客観的に見るために参考になります。先日も気になった動画をYokoさんに紹介しました。その動画は、2月21日にEU議会でおこなわれた米コロンビア大学教授ジェフリー・サックスの講演の様子です。
サックス教授は29歳でハーバード大学の教授となった秀才であり、自分の学問領域にとどまらぬ幅広い知識をもった経済学者です。ソ連が崩壊し、混乱を極める東欧国家の経済を立て直すために尽力した国際派の知識人でもあります。ヨーロッパとアメリカを往来し、ときに東欧諸国に長期滞在しながら、さまざまな要人との交流を通じて国際情勢を直に感じ取ってきた教授。私はこの動画を観たとき、「これがアメリカの良心だ」と思いました。1994年以降(実はそれ以前からですが)のアメリカの国際戦略の狡猾さ、傲慢さ、そして、強欲さに辟易していた私にとって彼はアメリカに残された「最後の正義」にすら見えました。
私がYokoさんにこの動画(「‘Europe needs an independent foreign policy’: Professor Jeffrey Sachs」)を紹介したのは、その内容がこれまでインターネットで調べて私が得ていた結論とほぼ一致していたからです。ウクライナとの国境を武力で変更しようとするロシア・プーチンに今回の戦争の法的な責任があることに異論はありません。しかし、なぜプーチンがそうせざるを得なかったのでしょうか。このウクライナ戦争を解決する糸口はまさにそこにあります。ウクライナ戦争がはじまってまもなく、ロシア・ウクライナ双方にはなんどか停戦するチャンスがありました。ミンスク合意がそのひとつです。
ところが、その合意が容易に破棄され、戦争は今や1000日を超えてしまいました。ミンスク合意が破棄されたのはなぜでしょうか。2014年9月にドイツとフランスが仲介して結ばれたその第一次合意はとても脆弱なものでした。そのせいか、翌年の2月には第二次合意がなされました。つまり、ウクライナ国内におけるウクライナ軍と親ロシア勢力との戦闘の停止を定めた第一次合意が守られなかったため、第二次合意ではさらに具体的な和平プロセスが決められたのです。しかし、それでもウクライナ軍と親ロシア勢力との戦闘は止まりませんでした。そして、ウクライナ国内ではその後もいろいろな衝突が繰り返されました。
今、頑なに戦闘を継続し、停戦にも懐疑的なプーチン大統領がこのミンスク合意を一方的に破棄したと報じられています。しかし、ミンスク合意が締結されたとき、私にはそのプーチンがたやすく合意したことに違和感を感じていました。現在、激しい戦争を継続しているプーチンを見れば見るほど、ミンスク合意のときのプーチンはまるで別人のようです。その理由はミンスク合意の欺瞞にあります。合意を仲介したドイツのメルケル首相はのちに「ミンスク合意はウクライナの軍隊を訓練するための時間稼ぎだった」と認めています。そのことがプーチンにアメリカやNATOに対する決定的な不信感とトラウマを植え付けたのです。
そもそもウクライナは、NATOのバックアップを受けてロシアと戦うことを決意し、停戦するつもりはありませんでした。その背後にはアメリカの意志があったのです。そうした経緯を、サックス教授は実体験を交えて淡々と訴えました。「ロシアにも戦争をせざるを得なかった理由がある。戦争を終わらせるためにはその部分を理解しなければいけない」とEU議会の人たちに語りかけたのです。私はそれをアメリカ在住のYokoさんに伝えたいと思いました。停戦という平和への第一歩は、ウクライナ戦争に至るアメリカの世界戦略にたいすて批判的な立場をとるトランプ大統領だから実現できる。私たちはそれを認めなければなりません。
サックス教授の動画を紹介した私のメイルにYokoさんから返事がありました。
************ Yokoさんからの返事(ご本人の許可を得て掲載します)
瀬畠先生
ジェフリー・サックス教授の分かりやすい英語で、感激して、講演動画を見ることができました。
先生が同じミシガン大学に研究生として派遣され勉強なさったことを話しました。
山根洋子コリンズ
************ 以上
先のサックス教授の動画の英語がわからない方、動画が長すぎると感じる方には次の動画が参考になるでしょう。EU議会でおこなった講演の内容を要約したものです。日本人にはありがたい字幕がついています。
「ウクライナ戦争のスタート。米ジェフリー・サックス教授インタビュー動画」
トランプ大統領は、次のような停戦を求めるメッセージをプーチン大統領に送ったといいます。「たくさんの若い兵士の命が失われてきた。人の命を救うためにお互いに努力しよう」と。プーチン大統領はそのメッセージに「私はその言葉を真剣に受け止めている」と答えたといいます。2014年におこなわれた「ノルマンディ上陸作戦70周年記念式典」でプーチン大統領は、広島に落とされた原爆のキノコ雲が巨大スクリーンに映ったとき、出席者の中から拍手が沸き起こる中、ただひとり胸で十字を切りました。ウラジミール・プーチンという人物がそれほどまでに敬虔な正教徒なのだということは、彼を理解する上で重要です。
ウクライナ戦争は停戦に向かって動き出しています。しかも、国家のメンツや威信のためではなく、人の命を救うために停戦交渉がなされているのです。私はそこに崇高な光が差し始めているように感じます。トランプ大統領はプロテスタント長老派。長老派はとくに社会正義と倫理観を重視する宗派だといわれています。そんなクリスチャン・トランプと正教徒・プーチンだからこそこの戦争を解決することが可能だといえるかもしれません。Yokoさんからのお返事に、私は次のようなメッセージを送りました。そのメッセージが今回のブログの結論です。一刻も早く停戦が合意され、ヨーロッパに真の平和がやってくることを祈ってやみません。
************ 以下、Yokoさんへの返事
Yokoさん
私がブログでなんども主張しているように、「私たちはイデオロギーや宗教観で世界・社会を決めつけてはいけない」ということが重要です。「事実を見よう、真実はなにかを考える理性を持とう」ということが大切です。その意味で、ジェフリー・サックスやミヤ・シャイマー、ロバート・ケネディJrのような人こそが「アメリカの正義」だと思います。弱者の味方だからではなく、「正義を語る」からでもない。ましてやリベラルだからでは決してない。真実がなにかを考えているからです。
そのことはこれまでの私のブログでも少し触れていますが、元アメリカ大統領でもあるハーバート・フーバーやコロンビア大学(ジェフリー・サックスと同じ職場であるとともにビクトリア・ヌーランドの現在の職場でもあります)の教授チャールズ・ビアードが「日米が開戦をした原因はアメリカにある」と本に書いています。彼等もまた「アメリカの正義」です。
アメリカは大国であり、望むと望まざるとに関わらず世界の警察官・裁判官にならざるを得ません。かつて、セオドア・ルーズベルト大統領が日露戦争を終わらすため(それは貧しい日本のためでもあり、また、革命前夜だったロシアのためでもありました)、日露両国の仲介に入ったのと同じです。だからこそアメリカには正義が不可欠なのです。アメリカが「尊敬される大国」となる前提です。
その意味で、トランプを色眼鏡で見ている人たちのメガネは曇っています。洗脳されていると言っても過言ではない。トランプがなにをしようとしているのか。そして、なぜそのようなことをするのか。それを正確に知り、評価することが大切です。冒頭に書いたように、「イデオロギーや宗教観で決めつけてはいけない」という態度が重要です。トランプのなすことすべてが正しいわけではない。しかし、彼を彼の言葉だけではなく、行動によって本当の姿を知ろうとすべきです。もしかすると彼は世界史に名を残す偉大なアメリカ大統領になるかも知れない。あるいは単なる道化師にすぎないかも知れない。それを観察しつつ、我々は真実を求めていくべきだと思っています。
************ 以上
メイルに登場したミヤシャイマー教授の講演の動画も参考になります。是非、ご覧になってください。
1985年、まだ東西に分かれていたドイツ(西ドイツ)のワイツゼッカー大統領が、第2次世界大戦後40周年にあたって「荒れはてた40年」と題する演説をしました。「過去に目を背ける者は、現在にも目をつぶるであろう」というフレーズを耳にしたことのある人は少なくないと思います。北大生になった私がふたたび第二外国語に選んだのはドイツ語。その授業でこの演説の原文が教材として使用されました。なかなか難しい文章でしたが、当時の私にとって、その演説の内容はあまり心に響くものではありませんでした。「自分のあたまで考える若者」ではなかったからです。ワイツゼッカー大統領の演説は次のようなものです。
*********** 以下、演説の要旨
先の戦争と暴力支配で斃(たお)れたすべての人に、今、あらためて哀悼の意を表します。ことに収容所で命を落とした600万人のユダヤ人。ならびにこの戦禍に苦しみ、殺されたソ連とポーランドの無数の人々。ジプシーや同性愛者、精神障害者、また、宗教上・政治上の立場ゆえに殺されなければならなかった人たちのことを追悼します。また、ドイツ兵として斃れた同胞、空襲で、あるいは避難の途中で命を失った同胞の哀しみも同時に思い浮かべたいと思います。
戦時中の犯罪に手をくだしたのはごく少数の者です。しかし、ユダヤ人たちに非寛容な態度、あからさまな憎悪が向けられていたことはどのドイツ人も実際に目にし、耳にしていました。人間の尊厳に対するとどまることを知らぬ冒涜があったことに目をつぶろうとしていたのです。人々にとって、ユダヤ人の絶滅をはかるということは想像を超えていたかもしれません。とはいえ、そうした犯罪が起こっていたであろうことや、実際に起こっていたこと自体に多くの人が気づかぬふりをしていました。良心を麻痺させ、自分の関知することではないと沈黙していた事例がたくさんあるのです。
戦いが終わり、筆舌に尽くしがたいホロコースト(大虐殺)の全容があきらかになったとき、一切なにも知らなかった、気配すら感じなかったと言った人が多くいました。人間の罪には、露見したものもあれば、隠し通せたものもあります。大切なのは、十分自覚しながらあの当時を生きていた人ひとりひとりが今日、どう関わっていたかを静かに自問することです。罪の有無、また、年齢を問わず、われわれ全員が過去を引き受けなければなりません。当時を知る人であれば全員が、過去からの帰結に関わっており、その過去に対する責任をおわされているのです。
問題は過去を克服することではありません。そんなことなどできるはずもないのですから。過去を変えたり、なかったことにすることはできないのです。大切なのは、過去に目をつぶる人間は、結局、現在のことにも目を覆っているのだということです。非人間的な行為を心に刻むことのできない人は、またそうした危険を犯すもの。ユダヤ民族は今も、そして、これからも起こってしまったことを心に刻みつけることでしょう。私たちドイツ人は、ユダヤ民族との心からの和解を求めています。私たちがユダヤ民族と和解するためには、事実を心に刻むことなしにはありえません。
ポーランドのゲットーやチェコで虐殺された人々がいます。ロンドンやロッテルダムでは空から無数の爆弾が落とされました。敗戦によってそれまでの故郷を追われ、悲嘆と甚だしい不正にさらされたドイツ人もいます。何百万人ものドイツ人が西に追いやられ、たくさんのポーランド人やロシア人が戻ってきました。そうした人たちも、かつては不正に耐えかね、自らの意志に反して故郷を離れざるを得なかった人たちでした。ヨーロッパの諸国民は故郷を愛しています。平和はそのためにあるのであって、決して復讐主義におちいることではありません。
われわれのもとで、新しい世代が成長し、政治的な責任をとれるようになりました。若い人たちに過去に起こったことの責任はありません。歴史の結果から生じた出来事に責任があるのみです。われわれ年長者は、若者がユートピアの救済論に逃避したり、道徳的に傲慢・不遜になることなく、歴史の真実を冷静かつ公平に見つめることができるよう手助けしようではありませんか。人間がなすことは歴史から学ばねばなりません。人間は必ずしもより良くなっていくわけではないのです。道徳は完成することがありません。道徳的危機を乗り越えていくだけです。しかし、私たちにはそれが可能です。
若い人たちにお願いしたい。敵意や憎悪に駆り立てられないでください。民主的に選ばれた政治家たちにもそうしたことをさせない諸君であってほしい。そして、その範をひとりひとりが示してほしい。自由を尊重してください。平和のために力をあわせてください。公正をよりどころに、心のなかの規範にしたがって正義を貫こう。そのためにも、できるだけ真実に目を向けることです。
*************** 以上
今、改めて読むと素晴らしい演説です。ユダヤ人に対する民族浄化という戦争犯罪を背負うことになったドイツ国民として、自虐史観に陥らず、だからといって言い訳に逃げず、未来への展望をもってほしいと若者に語りかける内容に感動します。当時の私がこの演説に共感することはおろか、理解もできなかったのは、ひとえに社会的に未熟で、世界の歴史に対しても、また、地球上で起きているさまざまな変化にも関心がなかったからです。しかし、それなりの知識と教養を身につけた今であればこの演説の価値がわかります。と同時に、今の若い人たちには是非とも読んでほしい内容です。
これまで何度も繰り返してきたように、世界は大きな「歴史の転換点」にあります。その世界の様相(とくにアメリカの変貌)については、これまでの記事を読み返していただくとして、地殻変動のような世界的な変化のうねりが顕著になったのは、ドナルド・トランプというひとりの不動産王がアメリカの大統領になってからのことです。それはまるで、トランプ大統領という存在が、世界を密かに動かしている人たちをあぶりだしているかのようです。その人たちをディープ・ステート(闇の国家)と呼ぶかどうかはともかく、エスタブリッシュメントと化した大きな力が世界に影響を及ぼしていることが明らかになりつつあります。
40年前の若き日のトランプ大統領のインタビューを動画でみることができます。世界的な好景気にアメリカ経済が支えられているときのものです。不動産業によって莫大な資産を築き、成功した若き経営者としてインタビューを受けるドナルド・トランプ。当時のアメリカ社会を次のように表現します。「アメリカはずる賢い連中に盗まれている。アメリカ国内にいる連中にばかり盗まれているわけではない。日本やドイツ・ヨーロッパなどの賢い国家によってもアメリカは盗まれているのだ。しかし、彼等は悪くはない。アメリカを動かしている指導者、官僚たちのあたまが悪いからこうなるのだ」と。
今の主張と寸分もかわらないトランプ節です。「それではあなたが大統領になってはどうですか?」と問われたトランプは言います。「なるかもしれない。しかし、今はそのときではない。私が大統領になることよりも、アメリカをよい方向に導こうとする大統領に協力したいと思う」。トランプ氏はかつて民主党員でした。民主党に多額の献金をする大口のスポンサーだったのです。ところが、ソビエトにゴルバチョフという新たな指導者があらわれ、東西の冷戦構造が崩壊して世界は「素晴らしい状況」になるとトランプは思ったかも知れません(当時の私と同じように)。でも、その頃からアメリカが暴走をはじめました。
1993年に民主党のビル・クリントンがアメリカ大統領になりました。軍事バランスで平和がなりたっていた東西冷戦時代が終わって、東側諸国が次々と西側陣営に加わっていきます。しかし、ビル・クリントンは外交には無関心で、自他ともに認める外交能力に劣る大統領でした。在任中、中国に近づきすぎて「チャイナ ゲート」と呼ばれる不正資金供与疑惑も追及されました。その疑惑はビルの妻でもあるヒラリー・クリントンが原因だといわれています。クリントン氏は、その他にも、金にまつわるさまざまな疑惑を招きながら、大きく報道されることのなかった大統領だったのです。
クリントン大統領がもっとも批判されたのはさまざまな女性関係に関するものでした(そして、それは今も「エプスタイン・スキャンダル」として尾をひいています)。大統領就任前から多数の不倫関係を持ち、モニカ・ルインスキーという東欧系ユダヤ人との「不適切な関係」が大きく報道されました(東欧系ユダヤ人という存在は、今のウクライナ戦争でも影を落としています)。モニカ・ルインスキーとのスキャンダルはクリントン大統領の政治力を急速に低下させるものでしたが、それ以外にも女性問題によっていくつかの裁判で訴えられ、合衆国の国際的な地位と名誉そのものが地に落ちていきました。
その一方で、クリントン大統領はパレスチナにおけるアラファトPLO議長とイスラエルのラビン首相との和平合意をまとめることに失敗しました。ヨーロッパにおいては東欧のコソボでの民族紛争に介入し、アメリカ軍が一般市民を狙ったユーゴ空爆(国際法違反)を承認したのもクリントンです。イラクのバクダッドへの大規模なミサイル攻撃「砂漠の狐作戦」や、スーダンの医薬品を生産する工場にミサイル攻撃することをも承認しました。あるいは、ソマリアの内戦にアメリカ軍を投入し、部隊の撤退に失敗してウガンダでの虐殺を黙認するなど、クリントンは世界各地の紛争にアメリカを介入させた大統領なのです。
リベラルで穏健であると思われていた民主党が、実はさまざまな疑惑にまみれ、世界各地で戦争を繰り返していました。それに嫌気がさしたのかどうかはわかりませんが、トランプ氏は合衆国大統領が民主党のクリントンから共和党のジョージ・ブッシュに替わった2001年に民主党を離れました。無所属になったトランプ氏は、その後もさまざまな政治の腐敗、アメリカという国家の闇を見てきたに違いありません。民主党のバラク・オバマが2008年にアメリカの大統領になって、ノーベル平和賞を受賞してもそれはかわらなかったのです。むしろ、オバマ大統領のときの方が実はさらに深刻な事態になっていました。
オバマが大統領に再選された2012年、よほど民主党に失望したのでしょう。トランプは共和党に入党します。それはオバマ政権のときの国務長官(日本での外務大臣)だったヒラリー・クリントンが密かにしていたことを振り返るだけでもわかります。そのことは、2016年におこなわれたニューヨーク司教主催の慈善イベント「アル・スミス・ディナー」でトランプ氏が辛辣な言葉で語っています。しかし、会場にいた聴衆たちは当時、トランプ氏のぶしつけな放言ととらえ、苦々しい表情で聞き流していました。しかし、今、改めて聞くと、トランプ氏の指摘がいかに正しかったかがわかります。
大金持ちのドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領になぜなったのか。第一次トランプ政権時の4年間、合衆国大統領として受け取るはずの40万ドル(約6000万円)の年俸全額を、トランプ氏は退役軍人の支援のために、国立公園の自然保護のために、麻薬や薬害の被害者のために寄付しています。トランプ氏に対して「大統領になった理由は、金の次は名誉、にすぎない」と酷評する人がいます。しかし、名誉を得るためだけに大統領になる人がいるでしょうか。しかも、自分の資産を大きく減らしてまで。いや、いたとして、そんな人が暗殺されるのも覚悟の上で、アメリカがかかえるさまざまな問題の矢面に立つでしょうか。
トランプ氏がやってきたこと、そして、これからやろうとしていることを見誤ってはいけません。その隠れたメッセージを正しく読み取るべきです。もし、彼がやろうとしていることが、アメリカ合衆国という場所で成就したとしたら世界も大きくかわります。日本の「あたまの悪い政治家」や「天下・国家のことよりも選挙のことしかあたまにない政治家」であれ、その大きな世界的変化についていかなければなりません。そのときこそ若者の出番です。日本の将来は「今だけ、金だけ、自分だけ」のジジィとババァのためにあるわけではありません。これからの日本を担う若い人たちのためにあるのです。
冒頭のワイツゼッカーの言葉を繰り返します。
若い人たちにお願いしたい。敵意や憎悪に駆り立てられないでください。民主的に選ばれた政治家たちにもそうしたことをさせない諸君であってほしい。そして、その範をひとりひとりが示してほしい。自由を尊重してください。平和のために力をあわせてください。公正をよりどころに、心のなかの規範にしたがって正義を貫こう。そのためにも、できるだけ真実に目を向けることです。
私がとくに伝えたいことは「できるだけ真実に目を向けること」という部分です。前回の投稿「価値観の違い(2)」にも書いたように、真実かどうかは自分の理性を働かせて判断するしかありません。その情報が正しいかどうかは国家が示すことでもなければ、誰かに指示されることでもないのです。その意味で、今、新聞やTVといった、いわゆるオールド・メディアがさかんにキャンペーンを張っている「SNSの誤情報」という言葉に騙されてはいけない。オールド・メディア自身がこれまで誤情報や世論を誘導するための偏った情報を流してきたという事実を忘れてはいけません。
東日本大震災にともなう原発事故の時、放射能に対する過剰な報道に疑問を感じた私はなにが真実かを自分の手で探し、自分のあたまで判断することの重要性を学びました。そして、放射能の危険性に冷静になるべきだというレジュメを作って来院患者に配っていました。しかし、そうした私の行動に批判的な人もいました。「患者の命を守るべき医者として放射能の危険性を軽視しすぎだ」というのです。でも、さまざまな情報が飛び交うことは決して悪いことではありません。情報の正しさが後になってわかることがあるからです。原発事故の際に私が書いたレジュメの正しさはそのことを物語っています。
第二次トランプ政権の副大統領であるJ・D・バンスがミュンヘン安全保障会議で演説しました。そこで彼は「いろいろな意見が表明され、議論が交わされることが真の民主主義である」と語っています。また、価値観のなにが正しく、なにが間違っているかはもとより、人の心のありようを法律で断罪することの恐ろしさを指摘しています。その動画の中で、聴衆が「???」としているのは興味深い光景です。バンス副大統領は、私がこのブログで繰り返してきたことを、わかりやすく、簡潔に述べています。是非、最後まで見て下さい。そして、今の社会の動きを振り返って下さい。あとは皆さんがどう行動するかにかかっています。
以前の投稿「価値観の違い」にも書いたように、人の価値観は国柄や民族によって異なります。個人のレベルにおいてもさまざまです。それぞれの価値観の溝を埋めようにも難しいことがあります。それは、価値観の多くが必ずしも「良し、悪し」の問題ではなく、「好き、嫌い」の問題だからです。かつて、旧ツイッター(現在、X)で、音を立てながらそばを食べる日本人の姿に、外国人観光客が「あの下品な音はどうにかならないか」とつぶやいたことが話題になりました。生活の中でのなにげない音ですら、その印象は生まれ育った環境によってずいぶん違うものだということを実感させられます。
「音を立ててそばを食べること」が下品かどうか、が問題なのではありません。音を立てて食べるのが当たりまえの国にやって来て、「その下品な音をなんとかしてくれ」と言われても、ということ。それはまるで、寺の周辺に住む住民が「除夜の鐘がうるさい」と苦情をいうのと似ています。以前からそこに寺があって、年末の行事として除夜の鐘を鳴らしてきただけなのに、あとから寺の周辺に住むようになった人間に「うるさい」と言われても困るのです。嫌ならそこに住まなければよい。それだけのことです。しかし、最近は、なかなか「嫌なら住むな」とはっきり言い切れない時代になりました。
「価値観の多様性」という言葉の主旨は、いろいろな人が住む現代社会において、個人のもつ価値観を認め合おうというものです。価値観の多様性を認め合うことそのものはすばらしいのですが、言うほど簡単なことではありません。その理由が二つあります。ひとつは「価値観は好き嫌い」であり、理屈ではないがゆえに、対立する価値観を共存させることが困難だからです。もうひとつの理由は、「多様性を認め合う」ことがともすると強制になって、「多様性は認めない」という考えそのものを拒絶することになるからです。価値観の多様性を認めることにはそんな禅問答のような難しさがあります。
こうした現実的な難しさを抱える社会を維持するためには価値観を調整しなければなりません。「調整する」という意味にもふたつの解釈があります。ひとつは「対立する個々の価値観を調整する」という狭義の意味です。その一方で、「【すべての多様性を認める】とする考えと【一切の多様性は認めない】という考えを調整する」という広義の意味もあるのです。その狭義・広義の意味の間において、どの程度の振れ幅で価値観の違いを調整していくかが重要です。どちらが正しく、どちらが間違っているかの問題ではありません。しかし、最近の価値観の調整が、私には少し性急すぎて、なにか意図的であるようにも見えます。
価値観の調整が乱暴になったのは、ソ連をはじめとする東側諸国が崩壊し、アメリカ一極主義の時代となったころからのように感じます。それまでの世界は、アメリカを中心とする自由主義陣営とソビエトなどの全体主義(共産主義)陣営とが、バランス・オブ・パワーを維持しつつ安定が保たれてきました。若いころの私はそうした世界情勢を日々感じていたものです。しかし、東西の国家を隔てる壁が崩れると、世界中の全体主義国家が次々と「民主化」されていきました。当時の私は「これで世界は平和になる」と思ったもの。しかし、世界は安定するどころか、むしろ混乱から混沌へと変化していきました。
2012年にアメリカのバージニア州で黒人青年が白人の自警団員によって射殺される事件が起きました。この事件をきっかけにBLM(Black Lives Matter)運動がはじまりまったのです。BLM運動とは、アメリカ社会に根深く存在している黒人差別を批難する社会運動で、三人の黒人女性がソーシャルメディアを通じて全米に拡散したとされています(この運動には中国から多額の資金が投入されていたことが後でわかりました)。しかし、この事件の犯人だった自警団員がヒスパニック系で、黒人の大統領であるオバマ氏が国民に冷静になるよう呼びかけたこともあってやがて収束しました。
しかし、2020年、ミネソタ州で黒人被疑者を白人警官があやまって死亡させたのをきっかけに、再びBLM運動に火がつくこととなり、全米で大きな抗議運動がおこる事態にまで発展しました。当時のマスメディアが、トランプ大統領を差別主義者だと扇動的に報道していたこともあって、アメリカ社会の秩序を大きく混乱させる暴動事件に拡大したのです。そして、この社会運動は、いつしかアメリカ建国の歴史をも否定する運動に変わり、建国の父とされる多くの偉人たちの銅像を撤去させることにもなりました。この騒乱は、結果として警察活動を萎縮させ、犯罪を助長して、アメリカ社会を今も混乱させています。
こうした混乱の背景に、2016年の大統領選挙でトランプ氏が当選したことが無関係ではありません。トランプ氏は「今のアメリカがいちぶのエスタブリッシュメント(既得権益者)に牛耳られ、ごく一部の富裕層の金儲けに利用されている。世界から尊敬されていた、かつてのアメリカの栄光を取り戻そう」と主張して大統領選挙に立候補しました。当初、ほとんどのマスコミは彼を泡沫候補として注目していませんでした。民主党の大統領候補者からはもちろん、共和党の候補者たちからも批判されていたトランプ氏を多くのメディアが「きわもの」として報道していたのです。
メディアはトランプ氏の女性問題を繰り返し報道し、彼に差別主義者としての印象を植え付けようとしました。政治家としては州知事の経験すらなく、タレントであり、不動産で築いた大金持ちにすぎない。しかも、下品で無教養、常識も通用しないトランプがアメリカの大統領になったら大変なことになる、と騒ぎ立てたのです。そうしたトランプ氏に対する逆風は、アメリカ国内外を問わず吹き荒れていました。そんな四面楚歌の中、選挙直前の予想では、ヒラリー・クリントン氏が当選する確率は71.4%、トランプ氏は28.6%と報じられました。圧倒的にヒラリー優勢と報道される中で投票がはじまったのです。
開票作業がはじまると、いくつかのメディアがすぐにヒラリーに当確を打ちました。ところが、開票が進むにつれ、トランプ氏が得票を増やしていったのです。終わってみればトランプ氏が選挙人の55%を獲得して当選。世論を読み間違えたマスメディアは意気消沈しました。それでは、トランプ氏が第45代大統領になった2016年からのアメリカの4年間はどうだったでしょう。はじめこそ重要閣僚が次々と交代し、政治的経験がほとんどないトランプ氏に対する懸念が現実のものとなったかのようでした。しかし、その後、政権は安定し、アメリカの秩序と経済は回復しました。アメリカが関与した戦争すら起きませんでした。
トランプ氏が大統領になってからの変化はそれだけではありません。彼がこれまで、そして、今もなお繰り返し批判している、マスメディアの偏向があぶり出される結果になりました。メディアは必ずしも「真実」を伝えているわけではありません。詳しくは「歴史の転換点(4)」に書きましたが、トランプのスキャンダルとして報じられたロシア疑惑が、むしろ民主党オバマ政権のバイデン副大統領によるウクライナ汚職とつながっていることが明らかになりました。ヒラリー・クリントンのメール問題も単なるミスではなく、クリントン財団が世界中から不当な資金を集める団体だったことをも明らかにしたのです。
メディアによるトランプ氏に対する印象操作、恣意的な報道内容が深刻な問題だと私が思うのは、彼を政治的におとしめ、大統領の座から葬り去ろうとする策略に、個人レベルではなく、FBIやCIA、あるいは国務省や司法省などの政府機関が組織的に関与していたからです。これまで我々が映画の中での出来事だと思ってきたことが現実に存在していたのです。アメリカという国家のゆくえが、一般国民の選挙の結果ではなく(その選挙結果さえもが「盗まれたもの」といわれています)、エスタブリッシュメントたちの意志が影響していた。トランプ大統領の登場は、そうした現実に国民が気づき始めるきっかけになりました。
昨年の大統領選挙戦の過程で、ロバート・ケネディ・ジュニアやタルシー・ギャバードといった民主党の大物政治家がトランプ陣営に加わりました。その一方で、共和党の大統領候補だったトランプ氏自身が、共和党内部の抵抗勢力と戦いながら勝ち上がってきたという事実にも目を向けなければなりません。このような異例の出来事が、今のアメリカをとりまく政治問題の深刻さ、あるいは、アメリカ社会の異常さを表しているからです。それはまるで、自由と民主主義の国・アメリカが、社会的に真の自由を失い、いまや民主主義すらなくしかけたぎりぎりのところで踏みとどまっているかのようです。
アメリカのみならず、日本をふくむ世界が今大きな変革期を迎えています。これまでの社会のあり方を見直すと同時に、今のこの変革が社会をどのようなものに変えていくのかを冷静に見つめなければなりません。世界は東西冷戦の時代からアメリカ一極主義にながれがかわりました。そして、アメリカが牽引するグローバリズムの波が世界中をかけめぐるようになってからというもの、国境という壁すら必要がないかのような「国際化」があらゆる分野に求められました。しかし、それは一方において弱肉強食の社会を受け入れることを意味していました。強いものが弱いものから奪いとっていく世界観でもあったのです。
世界の1%の超富裕層が全資産の37%を独占しているといわれています。そうした超富裕層の三分の一がアメリカ人です。アメリカでの1%の富裕層が全米資産の30%を所有しています。中国のような共産国ですら、100万米ドル以上の資産をもつ富裕層は人口の0.3%ですが(共産国にこんな富豪が存在していることが異常)、富裕層の平均年収は約3000万円である一方で、年収20万円以下で生活している人民は全人口の40%だと推定されています。自由主義のアメリカであれ、全体主義(共産主義)の中国であれ、真の民主主義のない国家では富の独占が合法的におこなわれるのです。そして、これがグローバリズムの正体です。
日本にも押し寄せてきたグローバリズムの結果がどうだったのか。いわゆる「世界標準」は日本国民のために、ひいていえば日本のためになったのでしょうか。大規模なスーパーによって商店街は次々と姿を消し、もの作りの伝統が先細りとなり、日本の土地が外国資本に買い取られ、不良外国人による犯罪によって治安が悪化しています。もちろん日本の国際化によって、世界中で日本の強みを生かしているという側面もあります。しかし、日本でも「強いものが、弱いものから奪う」ことが合法的におこなわれ、最近では「社会的な弱者を装って公金(補助金)を盗み取る」ということすら横行するようになりました。
「持続可能な社会(SDGs)」というキャッチフレーズで進められている環境問題がいい例です。環境保護の名のもとに、環境の保護にはつながらない価値観を喧伝し、社会のあり方を誘導して公金を盗み取るのです。「脱炭素による地球の温暖化防止」のための再生可能エネルギーの推進もそのひとつ。太陽光発電パネルや電気自動車などは、その生産過程において二酸化炭素を大量に放出します。太陽光発電や風力発電のために、二酸化炭素を大量に吸収する広大な森林が伐採されています。レジ袋だって有料化が脱炭素につながらず、マイクロチップによる海洋汚染すら阻止しないことも今ではあきらかです。
脱炭素の問題に関しては客観的で科学的なデータで検証することができるはずです。それでも現在のSDGsという社会運動は、科学的な検討結果ではなく「環境保護」といういささか情緒的なムーブメント(しかも誰かの思惑によるもの?)に偏りすぎています。「本当にその対策が目的達成のために有効なのか」を考えて脱炭素を主張している人は多くはありません。「なんとなくそう言われているから」「それが企業イメージをあげるから」というあいまいな気持ちでながされている場合が少なくない。それが間違っているということがわかっても、なかなか以前の社会行動に戻せないことがほとんどです。
LGBTやフリージェンダーの人たち、または少数民族に対する差別の問題も同じです。現在の日本に本当の差別が存在するのか。あるとすればどんな差別が存在しているのか。そうした検証なくして具体的な対策は取れないはずです。そもそも日本における差別の問題は、文化的にも、宗教や信仰という観点からも大きくことなる欧米や他のアジア諸国のそれと単純に比較できません。ましてや、日本における差別の問題を、諸外国からとやかくいわれる筋合いはないのです。突っ込んだ国民的議論が国内にないまま、アメリカの政権から指示されたかのように拙速に「解決」しようとするのは間違いです。
差別の問題は、なにをもって差別とするかが情緒的・主観的なものであり、複雑模糊として単純ではありません。いろいろな考え方があるだけに、解決が難しいことなのです。昨日までなんの問題もなかった人間関係が、あらためて差別の問題を提起されてぎくしゃくすることもあります。あえて隠しておきたい人にとって、「カミングアウトして胸を張って生きろ」と強制するのも筋違いです。ひとの心の奥にある問題を単純に善悪という観点であつかえないのです。ましてや精神的にも、社会的にも未発達である子ども達の世界にもちこむべきテーマではありません。その意味で、今の教育は間違っています。
人の価値観の問題は拙速に結論を出してはいけません。社会の安定を維持するためには、人々の価値観を調整しなければなりませんが、価値観の問題は単純に「多様性の問題」として解決できないものでもあります。「多様性を認めることのどこがいけないのか」と思う方もいるでしょう。しかし、前述したように、「多様性を認めるべき」という考え方は、ともすると「認めなければならない」ととらえられがちです。そうではなく、「多様性をどう認めていくべきなのか」についての社会的な合意を築くプロセスそのものが重要。必ずしも「認めること」が絶対的な善ではなく、「認めないこと」が絶対的悪ではないからです。
ところが、今の日本において、価値観の問題が拙速に決めつけられているように思います。「基本法」という法律によって、簡単に「いい、悪い」が判断され、学校においても基本法にそった「洗脳」が子ども達におこなわれているのです。これまでの日本人の価値観を修正するような問題は、日本の伝統や歴史、文化や価値観に基づく広汎な議論が必要です。ましてや、特定の人たちの思惑による作為があってはなりません。社会の価値観の変更は、ひとりひとりの生活や人生に関わること。社会は「最大多数の最大幸福」のためにあるべきで、そうした理想を実現するためにも、さまざまな人たちによる深い議論が不可欠です。
アメリカや日本では、自由主義・民主主義を国是として掲げています。国家の役割のひとつは、すべての国民の自由と権利を調整すること。そして、その国家の方向性は国民の総意を反映したものでなければなりません。その国民の意思がいかなるものであれ、尊重されなければならない。それが自由主義の基本です。一方、国民の意思を国政に反映させる手段は選挙結果です。それが民主主義の基本なのです。ところが、最近のアメリカ、あるいは日本においては、そうした自由主義、民主主義を揺るがす構造的な問題が浮き彫りになっています。エスタブリッシュメント(既得権益者)という存在がそれです。
もっと具体的にいうと、国民の意思よりも、エスタブリッシュメントの思惑が政治に反映され、国のゆくすえに影響を与えている点を私は懸念しています。このことが深刻なのは、本来、権力を監視すべきマスメディア自体が権力と化し、エスタブリッシュメントそのものになっていることです。そうした社会の構造的な問題が放置されると、人々の知る権利が制限され、特定の人たちにとって都合のいい情報だけが社会にながされます。そして、国民の意思が操作され、それがまた世論調査の結果となって上書きされていく。そうなればもはや自由主義は全体主義に、民主主義は独裁主義へと変質しかねないのです。
古くは「大本営発表」といわれた情報統制がおこなわれ、国民の戦意高揚に都合のよいことだけが報道されました。また、つい最近まで、TVや新聞などのオールドメディアから発信された情報が世論を支配していました。メディアから伝えられたことを額面通りに受け取った国民だけではなく、他国の国民感情をも動かしてしまう力をメディアはもっているのです。「従軍慰安婦」や「福島原発事故調査報告書」に関する報道がそれでした。間違った記事が書かれたのではなく、世論の誘導を目的としたねつ造記事がよりによって「クオリティ・ペーパー(有力紙)」に掲載され、日本の国際関係にまで悪影響をおよぼしたのです。
メディアからの情報が必ずしも真実ではなく、民意を誘導する手段となっていたことが明らかになったのはソーシャルメディアが発達したからです。確かに、ソーシャルメディアに飛び交う情報は玉石混淆です。受け手による情報の選び方によっては間違った世論を形成する危険性があります。しかし、その一方で、情報が受け手に向けての単方向となれば、その情報は民意を容易に操作できてしまいます。自由な情報が交叉するからこそ、その情報の真実性が見えてくる。社会にあふれる情報を選別するためにも、ソーシャルメディアなどを通じて情報を自由に発信・受信できることは大切です。
ところが、そのソーシャルメディアの利用を制限するべきだという意見が、おもにメディアや政治家という権力者の間から出始めています。そうした動きに我々国民は警戒しなければなりません。国民の知る権利は「正しい情報」を知る権利。どの情報が正しく、どの情報が間違っているのかについては、個々人がリテラシーを総動員し、理性を働かせ、自分自身で判断するしかありません。人々の「価値判断」という「好き、嫌いの問題」を、いかにして「いい、悪い」に近づけるか。そのための指標は個人の理性と良識でなければならない。価値観の違いを超えた「真理」は、多くの人たちによる終わりのない対話によってでしか得られないのです。
※ 下記の動画は、今回の原稿をアップした後に配信されました。私の主張ととても重なるので、是非みなさんにもご覧になっていただきたいと思います。