諸行無常の響き

昨年、父親が亡くなったのをきっかけに、これまでのいろいろな出来事とともに私自身の半生を振り返ることが多くなりました。と同時に、これから自分はどうなっていくのか、家内はどうなっていくのか、そして、息子たちがどうなっていくのかを考える機会も増えました。とくに息子たちはこれからの人間ですから、どんな人生を送ることになるのだろう、どんな人生を送ることが幸せなのだろうとふと考えることもあります。その意味では、彼らにとって私の半生はとても教訓多いものだったと思います。自分で振り返ってみてもドラマチックでスリリングな経験がたくさんありました。一方で、日常の診療の中で見聞きしてきた患者さんの人生そのものが感慨深いものにだったりして、人生は実にいろいろです。

高齢患者の悩みの多くは「老いを受け入れられないこと」に起因していたり、「これから先いつまで生きられるだろう」という漠然とした不安にもとずくものです。「いつまでも若々しいときの自分でいたい」という思いはすべての人の願いです。「死にたくない」という思いだって皆共通です。しかし、この世はすべてが「諸行無常」。つまり、この世の一切のものは同じままの姿で、あるいは、同じ状態でいられないのです。あれほど明晰を誇った記憶力も、若い人達には負けないと思っていた体力も、残念ながら年齢とともに衰えていきます。「最近、俳優の顔は思い浮かぶけど名前が出てこない」ことも、「最近、ふらついて転びやすくなった」こともひとえに諸行無常であることを表しています。

すべての人がはじめて70歳になり、80歳になります。ですから、当然のことながらどのようなものが「70歳らしい」のか、あるいは「80歳らしいのか」を体験できないままに歳を重ねていきます。ところが、鏡の中の自分の変化はものすごくゆっくりなので、どちらかというと精神年齢が進むスピードは実年齢にくらべて遅いのです。しかし、肉体と精神はともに生物学的年齢に応じた曲線をたどって下降していきます。私はよく診療時に、ご高齢の患者さんに「50年前、80歳の人を見てどう感じていたか振り返ってみて下さい」と話すことがあります。「生物学的には今のあなたも同じ80歳。なのにあなたはなんて若々しいのでしょう」、「平均的な80歳のレベルを考えれば、あなたの(若々しさの)偏差値はとても高いのですよ」とも。

「俳優の名前を忘れたっていいじゃないですか。家族の顔がわからなくならなければいいんです」、「ふらつくなら転ばないように生活上の工夫をしたり、杖をついたりすればいいじゃないですか」とお話しすることもあります。「歳をとる辛さを知らないくせに」と心の中でつぶやきながら私の話しを聴いている人もいるかもしれません。しかし、実体験として「歳をとる辛さ」を知らないとはいえ私ももう若くはありません。あと十年もすれば確実にその「歳をとる辛さ」に直面します(今もちらほら「これって老化?」と思うような変化に遭遇していますけど)。でも、私自身、そのときを迎えたら老いは受け入れる覚悟はできています。その変化を受け入れるつもりです。人生の「ながれ」には逆らおうとは思わないのです。

「若々しくありたい」と思うのは誰でも同じです。若い時の写真を見て「あのころに戻りたい」と思うことだってあります。でも、それは所詮かなわぬこと。過去に戻ることも、いつまでも若々しくいることも、現実的には不可能なのです。物忘れは進み、体力は落ち、しわも増えていく。誰一人そうした変化から逃れることはできません。そうであるなら、老いることを恨んで暮らすより、いっそのこと老いを受けれ、工夫しながら暮らした方がましです。「老化」は「成長」「成熟」に続く正常な変化です。若いときを「善」、老いることが「悪」なのではありません。老いてもまた「工夫次第で善なのだ」と考えるべき。老化を「死」という終着点からとらえるのではなく、「生」の延長線上でとらえたいものです。

ときどき「あと何年生きられるだろうか」とこぼす人がいます。そうした人には「将来のある若人は10年後、20年後を見るべきですが、残された人生を生きなければならない人は過去を振り返えってはいけない。遠い将来を考えて不安にさいなまれるのも建設的ではない。一日一日をしっかり生きていければいいのでは?」とお話しします。過去は過去のことであって、これからやってくる未来とはほとんど関係のないこと。輝かしかった、あるいは楽しかった過去を懐かしむのはいいのです。でも、自分の未来は「今の自分」が決めます。過去によって未来はしばられないのです。以前に投稿したブログで紹介したシラーの詩の一節や井上靖の「流星」という詩はともに人生の機微を謳ったいい詩だと思います。

【シラー】

時にはみっつの歩みがある。
未来はためらいながら近づき、現在は矢のように飛び去っていく。
そして、過去は永遠に、静かにたたずんでいる。

【井上 靖】

高等学校の学生の頃、日本海の砂丘の上でひとりマントに身を包み、
仰向けに横たわって星の流れるのを見たことがある。
十一月の凍った星座から一條の青光をひらめかし、
忽焉とかき消えたその星の孤独な所行ほど、
強く私の青春の魂をゆり動かしたものはなかった。

それから半世紀、命あって若き日と同じように、
十一月の日本海の砂丘の上に横たわって長く尾を曳いて疾走する星を見る。
併し心うたれるのは、その孤独な所行ではなく、
ひとり恒星群から脱落し、天体を落下する星というものの終焉のみごとさ、
そのおどろくべき清潔さであった。

人生のすべては夢まぼろしです。どんなに立派な学校に行こうとも、どんなに美しい容姿をしていても、どんなに高い地位につこうとも、どんなに財産を築こうとも、それらはすべてが「まぼろし」なのです。生まれてくるときも裸なら死ぬときも裸。なにひとつあの世にもっていけるものはありません。そんなこと(もの)に固執したところで、死んでしまえばなんの価値もありません。一方で、つらいこと、悲しいこともこの現世でのこと。黄泉の国ではそうした一切の苦からも解放されます。ほとんどの人は自己満足の中で生き、苦から逃れられないまま死んでいくのです。死んでしまえば自分の存在などいつかは忘れ去られ、その人の生きた痕跡などあとかたもなくなくなっていきます。それが人生というものです。

【平家物語】

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ。

ご存知の通り、これは平家物語の冒頭の一節です。誰もが中学生のときの国語の授業で暗記させられたと思います。当時はこの一節の意味もほとんどわからないまま、ただ言われたとおりに覚えたものです。高校生ぐらいになっても、「すべてが虚しい」という言葉がまるで「生きる価値などない」とでもいっているように聴こえ、当時の私の心には響くものはありませんでした。しかし、大人になっていろいろな経験をし、人生を振り返られるようになるとその言葉の意味がなんとなくわかってきました。平家物語は栄華の極みを誇った平家がほろびる様子を描いたものですが、平家の没落を通じて、人生の無常を語り、日本人の生き方にも影響を与えるこの一節は今の年齢になって心に響いてきます。

「すべてが虚しい」という一文は「価値がない」ということを言っているわけではありません。「すべてが虚しい」がゆえに「今のこの一瞬一瞬に価値がある」ということを意味しています。また一方で、「すべてが虚しい」がゆえに「他人に自分を誇ること」がいかに無意味かをも教えてくれます。自分がこれまでなしてきたことから決別し、今このときをどう生きていくか。人生の一瞬一瞬を自覚しながら生きるにはどうすればいいのか。「他人からどう見えるか」ではなく「自分をどうみせるか」でもない。「自分自身が輝く生き方」とはどのようなものか。先の平家物語の冒頭部分はそうしたことを問いかけているようにも思います。このことにもっと早く気が付いていたら、私は違った人生を歩んでいたかもしれません。

今はとてもいい時代になったと思います。いい学校を出て、いい会社に勤め、偉くなることに価値があった昔とは違って、今はいろいろな意味で「自分らしい生き方」をしやすくなりました。私が若かかったころは、大学を卒業して入った会社に退職するまで勤めあげることが「まっとうな生き方」のように思われていました。しかし、今のサラリーマンはスキルアップのためにあえて転職を繰り返す人も少なくありません。人によっては脱サラして商売をはじめたり、アルバイトで生計を立てること人だっています。そうした多様な生き方が許容されるようになったのです。かつては、私のように、大学を出ても定職に就かず、アルバイトをしながら再受験しようとする人間には肩身の狭い世の中でした。

東京大学を卒業したからといってそれだけで実力を認めてくれるほど今の社会は甘くありません。それがなにより証拠には、「あの先生は東大を出ているから」なんて理由だけで病院を選ぶ患者は少数派です。むしろ、「あれでも東大卒?」だとか「東大出てるくせに」と陰口を叩かれて悔しい思いをしている人もいるほどですし。東大卒にふさわしい実力をもたない人は「単に学歴だけの人間」と見なされ、場合によっては「使いものにならない人」という烙印を押される時代でもあります。でも、ある意味でこうした変化はいいことだと思います。学歴という「過去」ではなく、実力という「今」が評価されることなのですから。どこかの国の国会の、経歴だけは華々しい「使えない議員」を見ればよくわかります。

勲章をつけることで人はモチベーションを高めることができます。しかし、勲章が原動力となって自分自身を高める人がいる一方で、他人に自分を誇示するために勲章をほしがる人もいます。前者はその人のモチベーションを高め、人生の伸びしろともいうべき人間の幅を感じるのに対して、後者は他人を勲章の有無だけで判断したり、人を上からしか見られないような気がします。そういう人は器の小さい人間のように感じます。人間としての器が大きく感じる人は自分が目指す目標に向かって黙々と努力し、周囲にオーラを漂わせています。実際にこれまで私が出会った「器が大きい(と感じた)人」は、他人に自分がどう思われるかなどには関心がなく、自分の目指す高みに向かって淡々と努力していたように思います。

こんなことがありました。医師国家試験にも合格して東京逓信病院で研修することが決まった私は、研修の説明を受けるために事前連絡があった場所を尋ねました。説明会場である病院事務棟のとある会議室に早めに到着した私は、ひとりの若い医師(らしき人)が椅子に腰かけて熱心に文献を読みふけっているのを目にしました。軽く会釈をしてちょっと離れたところに腰かけ、その彼がどんな文献を読んでいるのかのぞいてみました。するとその文献は英語で書かれた学術論文のコピーだということがわかりました。私は、彼は新人研修医を指導する先輩医師なのだと思いました。そのときの私は英語の文献を読みふけるような先輩医師からどんな指導を受けられるんだろうと考えながらワクワクしたのを覚えています。

でも、研修がはじまると、その英語文献を読んでいた彼は私と同じ研修医だったということがわかりました。彼と一緒に研修をしながら、あのとき彼が会議室で英語の文献を読んでいたことなどすっかり忘れてしまいましたが、徐々に彼と仲良くなり、お互いのことを少しづつ話すようになると彼の素性が少しづつわかってきました。彼が「灘高→東大理三→東大医学部」の研修医であること。当時、すでに東大医学部第二内科研究室に所属していて、大学で実験をしながら研修を受けていることなどがわかりました。彼のお姉さんも京都大学の外科医だということもわかりました。いわば彼はエリート中のエリートだったのです。しかし、彼はそれまでそうしたことを私たちにひけらかすことは一切ありませんでした。

彼は今、とある国立大学医学部の教授として活躍しています。研修医当時の彼は「僕は将来、必ずノーベル賞をとる」と語っていました。そうつぶやく彼のまなざしは真剣そのものでした。私のような地方大学卒の研修医に対して威張らないのと同じように、患者さんに対しても、看護婦さんに対しても、自分の学歴や経歴をちらつかせて偉ぶるようなことはありませんでした。当時の私は、本当のエリートってこういうものなんだろうと思いました。真のエリートはそもそも自分のことを他人にひけらかして偉ぶる必要がないからです。自分のめざすところはそんなところにはないからでしょう。彼らにとって重要なのは、あくまでも自分のめざす高みに一歩でも近づくこと。他人が自分をどう思おうと彼らには関係ないのです。

ものすごい努力をして名門中学や有名高校に進学しても、卒業するころにはパッとしなくなる子どもがいます。せっかく偏差値の高い大学を卒業しても、社会にでた途端に自信をなくして脱落する人もいます。そういう人の多くは、勲章を他人に誇示して、人からどう思われるかという価値観でしか頑張れなかった人なのかもしれません。勲章はあくまでも自分だけのもの。誇りと自信、モチベーションとパワーを与える勲章は他人に誇示する必要はないのです。他人にではなく自分自身に向けられた勲章をもっている人は失敗してもそのたびに立ち直ることができます。彼らの中では次に目指すべき目標がたちどころに現れてくるからです。「真のエリート」とはそういう人たちをいうのではないかと思います。

自分の学歴や経歴によらず、自分の目標を常に持ち続けられる人が「(人生の)真のエリート」なのでしょう。そうしたエリート達はきっと「諸行無常」の意味を経験的に知っているのではないか。つまり、過去の栄華がいかに無常であり、今このときにこそ価値があって、その価値ですらいつまでも同じではない。そういうことを知っているのです。人がどう思うかなどに惑わされず、人に自分の価値観をおしつけることもない。自分のなすべきことを淡々とこなしていく人は、自分の人生が終わるときでさえもなんの迷いもないのかもしれません。私が今だに敬愛してやまない俳優 高倉 健さんは晩年、「エリート」の神髄ともいうべき次のような言葉を残しています。それを紹介して今回のブログを結びます。

「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 

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