「一日あたりの新型コロナウィルス感染者数は過去最大」
「これまでに経験したことないスピードで感染が拡大している」
マスコミはおどろおどろしい表現で現在の感染状況を伝えています。政府は病床がひっ迫する恐れがあることを理由に、「緊急事態宣言」を4府県に追加し、5道府県に「まん延防止防止等重点措置」を適用することを決めました。新型コロナウィルスの感染者が増えている事実は誰もが認めるところですが、ある人たちは「そんな生ぬるい対応ではなくロックダウンを」とヒステリックに叫び、その一方で「感染者数が増えていても重症者や死亡者はほとんど増えていないから大丈夫」と楽観的な人たちもいます。現状認識がまるで異なるこれらの人たちは互いに相手を批判し、自分たちの主張の正しさを強調しています。
新型コロナウィルスに対するワクチンの接種は進んでいます。7月29日現在、国民の38.4%が少なくとも一回の接種を済ませており、二回の接種を完了した人も27.6%に達しています。アメリカやフランスでも少なくとも一回の接種が終わった人は約60%、カナダやイギリスにいたっては約70%にもなります。集団免疫をつけるという意味では8割以上の接種率になることが必要とされていますが、ワクチンについては相当数の「反ワクチン派(ワクチンに対する否定的な意見をもつ人たち)」がいるため、接種率が高いといってもさらにどれだけ上積みするかが各国の課題になっています。
これからお話しすることは私個人の見解です。政治的な意図はもっていません。文句をいうだけで自ら問題解決に動こうとしない政治家たちのように、新型コロナウィルスによる混乱を利用して政府を批判しようとするものでもありません。人心を無駄に惑わすことも目的にしていませんし、根拠のない楽観論でみなさんを安心させようとも思いません。私なりに日頃思っていることを理性的にお話ししたいと思っているだけです。みなさんには、私の意見が正しいかどうかという観点ではなく、日頃診療をする中で、ひとりの医師がなにを考えているのか知っていただきたいと思います。
冒頭に書いたように、新型コロナウィルスの感染拡大の現状について、「対策が生ぬるい」「不安をあおりすぎ」という正反対の意見が錯綜しています。しかし、私はそのどちらも正しく、どちらも間違っていると思います。なぜなら、これ以上の厳しい制限は日本経済に致命的な影響を与えてしまうからであり、だからといって今の感染拡大は決して「大丈夫なもの」ではないからです。これまで政府がおこなってきた対策は「小出しで遅すぎ」だと思いますし、手順や方法論も結果として間違っていたと思います。それは政権が無能だからではありません。そのブレインとなっている有識者会議が無能だからです。
私が「対策や方法論の失敗」だと考えるのは「ワクチン接種の手順が稚拙だから」です。以前のブログにも書いたように、政府は高齢者からワクチンを接種することを決めました。これは「重症化しやすい高齢者を守る」という意味では正しく、事実、現在、大多数が高齢者である「重症者」ならびに「死亡者」の数が抑制されていることからもその効果が確認できると思います。しかし、世の中ではそうした効果は評価されずに、感染拡大が止まらないと大騒ぎです。そもそもこれまでのワクチン接種のやり方ではすぐに感染拡大を阻止できないのはよくよく考えてみれば当然の結果なのです。
もし感染拡大を阻止することを目指していたのであれば政府は手順を間違えたことになります。「重症化しやすい高齢者」にとらわれすぎて本筋を見誤ったのです。電車や車での移動が少ない高齢者にワクチンを打っても感染拡大を抑制する効果が低いことはあきらかであって、本来は社会における移動の多い若年者や現役世代へのワクチン接種からはじめなければなりませんでした。高齢者施設では、なかば施設内に拘束されている「寝たきりの高齢者」へのワクチン接種が終わり、その一方でケアをする職員にはワクチン接種が進んでいないという現実がつきつけられました。これ、おかしくないですか。
皮肉にも今、ワクチンの接種率が高いのは人口の少ない地方であり、感染者が急増している大都市部での接種は伸び悩んでいます。人の動き方を見ても感染が拡大するのは人の往来の多い都市部です。感染拡大を阻止するという目的からいえば、人口密度の高い地域から重点的にワクチンを接種するのが合理的です。しかし、政府は「都市も地方も平等に」という方針を選択しました。もちろん、人の命に軽重はありませんし、守るべき人の命はすべてが平等です。とはいえ、接種できるワクチンの数に制限がある以上、その目的にふさわしい優先順位はつけなければなりません。そしてそれは差別ではありません。
もうひとつの誤りが「職域接種」です。職場でワクチン接種できるようにすることによって、ワクチン接種のスピードがあがるだろうと判断してのことでしょう。しかし、一気に各職域でのワクチン接種を解禁にしたため、ワクチンの流通量が限界を超えてしまい、各自治体に供給されるはずのワクチンが届かないという事態を招いてしまいました。そして、2回目のワクチンを予定通りに受けられないという人も出てしまいました。各職域自体も計画的にワクチンを確保しなかったため、余剰ワクチンを作ってしまい廃棄する企業もありました。業を煮やした厚労省は「廃棄数の多い企業は公表する」と警告しています。
職域接種をはじめるのであれば、まずは「感染拡大阻止」に寄与する職域に限定して開始すべきでした。それ以外の接種に対しては大規模接種会場を増やし、各企業は「就業時間内であってワクチンを接種してきてもいい」とすればよかったのです。大規模接種会場も当初は予約がガラガラで、相当数のワクチンが無駄になったともいわれています。職域接種はもっと計画的かつ段階的に実施しなければなりませんでした。現在、我孫子市でもワクチンの供給数が激減しており、接種できる数が限られています。結果として政策の拙速さのツケを住民が払わされているのです。
ワクチン接種がはじまったとき、新型コロナ感染患者を搬送する救急隊隊員へのワクチン接種がおこなわれていませんでした。「職域」というならこういう職種の人たちこそ早期から接種をはじめるべきなのに、です。医療従事者への優先接種がすでにはじまっていましたから、私は当然のことながら救急隊員にもワクチン接種が行われていると思っていました。救急隊へのワクチン接種が遅れていると報道されたとき、私は我孫子市役所に問い合わせてみました。当院で隊員たちの接種をしようと思ったからです。でも、我孫子市では救急隊の隊員たちへの接種がすでに行われていたのでホッとしました。
要するに、感染が急速に拡大しているように見えるのは若年者、あるいは現役世代へのワクチン接種を後回しにした結果なのです。また、感染者が急増しながらも重症者や死亡者がそれほど増えていないのは高齢者のワクチン接種を進めてきた効果が現れたからです。もし、この現状を否とするならば、若年者あるいは現役世代へのワクチン接種をあとまわしにして高齢者への接種を優先した政府の決定が間違っていたということになります。その一方で、これまでのワクチン接種の方法論が間違っていないとするなら、感染が拡大している今の感染状況はある程度甘受しなければなりません。
新型コロナウィルスがアウトブレイクして1年半になります。この間、多くの国民が行動を制限され、経済活動を控え、それぞれの立場で頑張ってきました。たくさんの企業やお店が倒産や閉店を余儀なくされ、相当数の失業者がでたはずです。そうした有形・無形の我慢や犠牲を払いながら多くの人が耐えてきました。だからこそワクチン接種が広く行われるようになって、人々の気持ちが楽観的になってしまうのも理解できます。ワクチンの流通の問題は残りますが、このまま接種が広がっていけば、秋には感染拡大はおさまってくるでしょう。問題はそれまでの感染をいかに抑制するかです。次のブログではそれについて少し書きます。