放射能と喫煙

とある有名な音楽家が中咽頭癌になり、その音楽家が反原発運動を推進してきたことから放射線治療をうけるかどうかが話題になっています。当初、彼が「反原発運動を進めてきた立場から主治医に勧められている放射線治療を拒否した」と報道されましたが、後に「治療法をどうするかは主治医と相談中」と訂正されました。

彼はかつてヘビースモーカーでした。中咽頭癌は喫煙や飲酒との関連も指摘されている病気であり、今回の癌の発症が喫煙と少なからず関係があるだろうということは想像に難くありません。「発癌性」という放射能の危険性を強調してきた彼が、喫煙によって癌になってしまうなどということは夢にも思っていなかったにちがいありません。しかも、その彼の癌を治療する主役が放射線になるかもしれないとはなんとも皮肉な話しです。

「喫煙は自己判断。放射能の被害は不可避」とその音楽家を擁護する声もあります。しかし、喫煙はタバコを吸っている本人だけではなく周りにも受動喫煙として影響します。さらに、喫煙には低線量の放射能の危険性をはるかに上回る発癌性があります。そうしたことを考えれば、彼には、この際、喫煙が持つ負の側面を総括し、社会に喫煙の危険性や恐ろしさを説明するべきでしょう。

一方で、彼は放射能の恐怖をことさらに強調してきました。「たかが電気のために(人間を放射能の危険にさらしてもいいのか)」とも言いました。しかし、科学的には低線量の放射能の危険性は証明できず、また、福島原発事故後、放射能による医学的影響は現時点で確認されていません。にも関わらず、放射能に関して一方的で情緒的で煽動的な活動をしてきた彼に影響を受けた人は決して少なくないと思います。

そんな彼が今になって放射線治療を選択するのは不合理だと言っているのではありません。それこそ「命に関わること」なのですから、放射能そのものを否定してきた彼であっても放射線治療を受ける権利は当然ありますし、また、放射線治療を受けるべきかもしれません。人類が科学の恩恵にあずかるためには、その危険性を乗り越え、可能な限り危険性をコントロールしながら科学を発展させなければならないのです。今回の病気を機に、彼にはこのことに気がついてほしいのです。

私は福島原発事故直後から放射能の危険性については冷静に判断すべきだと繰り返し強調してきました。そのことをレジュメにまとめて患者さんにも説明してきました。当時のマスコミは国民の不安を煽る情報ばかりを報道していました。その傾向は今も残っています。その意味で、中咽頭癌になってしまった彼が、これまでの、そしてこれからの自分を考える中で、「真に命を守る」ということがどういうことだったのかを改めて見つめ直してもらいたいと思います。