「新型肺炎」と呼ばれたCOVID-19(新型コロナウィルス)感染症が中国の武漢で流行し始めたのが2019年。その後、全世界に感染は拡大し、アウトブレイクとなってたくさんの人が亡くなりました。今でこそ「風邪とかわらない」と言われるようになったCOVID-19ですが、救急病院にはたくさんの重症患者が搬送され、病院機能が損なわれる「医療崩壊」が心配されるほどでした。
そうした危機的な状況は、mRNAワクチンの登場によって徐々に改善していきました。その一方で、感染症病棟や呼吸器内科病棟の医師、あるいは看護師や薬剤師、検査技師や一般職員など、病院で働く多くの人たち、さらには患者の搬送にあたった救急隊員らの献身的な活躍があったことを忘れてはいけません。決して新型コロナウィルスが「実は大したことのない感染症だった」わけではないのです。
新型コロナウィルス感染症の蔓延は、社会のさまざまな価値観に影響を与えました。それまで風邪をひいて咳をしていてもマスクすらしない人が少なくありませんでした。しかし、今では「咳エチケット」としてマスクの着用が当たり前になっています。また、「熱ぐらいで会社は休めない」といった誤った「常識」も、徐々に「熱を出したら他人にうつさぬように自宅安静」に変化しています。
私は以前から「インフルエンザ流行時の対応」について注意喚起を繰り返してきました。それは、社会の「常識」には医学的な間違いが少なくなかったからです。発熱に対する認識もそう。あるいは、風邪薬や検査の必要性についてもそうです。「社会でごく当たり前になっていることには、あるいは医者がなにげなく行なっている診療にも、実は医学的に間違っていることは多いのですよ」と指摘したのです。
それはこのブログを通じて繰り返し情報(「風邪」「インフルエンザ」「発熱」などでブログ内検索してみてください)を提供してきましたし、患者さんに対しては診療をしている時に直接説明したりしました。また、私が校医をしている学校の養護教諭にも指導してきたことです。しかし、そうした努力はなかなか浸透せず、多くの人々の行動変容をもたらすほどの影響力はありませんでした。
ところが、新型コロナウィルスの感染拡大が社会問題化し、加熱するマスコミの報道でも誤った対応が喧伝されるようになりました。「検査はできるだけ早く、しかも何度でも繰り返す」、「新型コロナに感染したと思ったらすぐに病院を受診する」、などがその代表的な事例です。多くの国民がそうした情報にしたがい、必要のない検査をして国費を無駄にし、発熱外来に殺到して感染を広めたのです。
その一方で、新型コロナウィルスに対する有効性も証明されていない薬を勧めた医者がいます。軽症の新型コロナ患者に対して過剰な検査や措置をした医者もいました。それが間違った知識によるものなのか、それとも儲け主義の結果なのかはわかりません。しかし、メディアによく登場する医師が間違った対応を推奨して、本当に正しい主張がかき消され、批判されてしまう場合すらありました。
しかし、今、社会を揺るがしてきたコロナ禍を振り返り、多くの人々が「正しい対応」がどのようなものだったかを振り返るようになりました。と同時に、私がこれまで主張してきたことの正しさを冷静に理解できるようになりつつあるように感じます。今回のブログは、そうしたこれまでの私の主張を改めてまとめて、皆さんが感染症に対してどう行動すべきなのかについて再度注意喚起したいと思います。
今、新型コロナの流行は小康状態となっています。しかし、千葉県の一部ではインフルエンザの患者が増えてきています。また、マイコプラズマなどを原因とする「咳風邪」がはやっています。当院でも「咳が治らない」と訴える患者さんが毎日たくさん来院しています。感染症は治療も大切なのですが、流行を拡大させないことも重要です。そうした点を念頭におきながら私は診療しています。
当院では、風邪症状のある方には、あらかじめ当院にお電話をかけていただいてから来院してもらっています。それは感染症の患者の来院時間を指定し、待合室にいる一般患者とできるだけ分離するためです。しかし、そうしたことを知らなかった風邪患者が、事前のお電話がないまま直接来院することもあります。そんなときは院内が混雑し、一般患者と感染症の患者の分離に苦慮することもしばしばです。
お電話でのお問い合わせの際に怒り出す人もいます。「なんで今すぐ診てくれないのか」というものです。感染症の患者さんにはできるだけ空いている時間帯を指定して来院していただいています。とくに、「今すぐ診る必要性が高くない患者」、例えば、症状が出たばかりの方や風邪薬を服用してきた方たちには、「しばらく経過を見て、あらためて電話してほしい」と説明する場合があるのです。
前稿「風邪は治るが、治せない」でも書いたように、風邪は薬で治すことができません。自分の免疫力で治っていくものなのです。風邪薬は「風邪を治す薬」ではありません。むしろ、風邪症状をわからなくする薬であり、ときに診療の妨げになる薬です。医師が風邪症状の患者に処方する薬は、その症状を緩和するためのものです。どのような薬を処方するかを判断するためにも風邪薬は服用しないでほしいのです。
むやみに熱をさげてしまうと、重症度を判断することができなくなることもあります。ひとくちに「熱が出た」といっても、そのなかには肺炎を合併しているものや、実は風邪ではなく内科疾患から熱が出ている場合もあるのです。どのくらいの熱が、どの程度続いているのかによって診断が違ってきます。そうした大切な情報である「発熱」を解熱剤でむやみに下げられてしまうと診断を誤る原因にもなります。
本来、「風邪」であるなら薬を服用する必要はありません。肺炎を合併しない限り、自然経過で数日のうちに必ず治るからです。なかなか治らない症状は単なる風邪ではありません。「早期発見、早期治療」と思ってか、「早く治したいので、早く薬を飲みたい」という人がいます。でも、「早く薬を服用しても、風邪は早く治すことはできない」のです。「早めにパブロン」というキャッチコピーの受け売りにすぎません。
風邪薬を飲みながら会社や学校に行くと、周囲の人に感染を広めてしまうことにもなります。「風邪薬は飲まないでください」とお話しすると、「風邪薬を飲まなければ熱が下がらず、会社に行けないじゃないか」と言う人がいます。しかし、「熱がでたら会社や学校に行ってはいけない」のです。一般的に発熱しているとき感染力が強いことが知られています。「発熱時は自宅で療養」が原則です。
熱があっても、よほど辛くなければ解熱剤を使用せずに経過観察。そして、熱がいつまでもさがらないのであれば(目安は「高熱が3日目に突入したら」「微熱であっても5日目に突入するなら」)医療機関に電話をして相談すべきです。発熱は「早く治すため」にも、また、「重症化を発見するため」にもとても大切な情報です。怖いあまりに解熱剤を多用していいことはありません。
というわけで、当院では次のような基準を設けて受診(電話で相談)を勧奨しています。
(1)風邪症状が出たばかりの人は24時間経過観察すること
(2)風邪薬を服用した人は服用後24時間は経過観察すること
(3)発熱があっても24時間は解熱剤を使用しないこと
(4)他院(当院)で処方された薬はすべて飲みきってから効果判定すること
(5)処方薬を服用しても改善しないときは、薬を処方した医療機関をふたたび受診すること
以上の点をよく理解して風邪症状に対応して下さい。今年は例年になく肺炎が多いように感じます。とくに若い人の肺炎が多い印象があります。でも、肺炎だからといって怖がることはありません。肺炎を心配してあわてて受診する必要もありません。高熱をともなわない風邪症状は風邪薬を服用しないで二日ほど様子をみてください。高熱があっても解熱剤を飲まずに24時間は経過観察してください。
それから「明日、また電話してください」と言われても怒らないでください。午前中は風邪患者がたくさん来院します。午前中に来院しなければならない特段の理由がなければ、午後の空いている時間に受診することをお勧めします。院内が混雑しているときは、また後で来院することをお勧めします。そんな日は、風邪症状の患者が多いからです。病院に行って風邪がうつってしまったら意味がありません。
とくに高齢の方は午後に来院したほうがいいでしょう(朝早く受診する高齢者は多い)。重症感の強い風邪の患者さんが午前中の早い時間帯に受診するからです。とくに土曜日は大変混み合うので、高齢の方は受診を避けた方がいいでしょう。現役のサラリーマンは土曜日しか受診できないため集中するのです。患者でごった返す中、マスクもしていない高齢者が待合室で待っていることを想像しただけでゾッとします。
以上、ご理解・ご協力のほどよろしくお願いします。