11月ごろから急に新型コロナ感染者(検査で陽性となった人)が増えだし、集中治療室で治療を受ける重症者の数や、治療のかいもなく亡くなってしまう人の数は今や春のときよりも増えています。最近、それらの数が落ち着いてきたと思ったのもつかの間、感染力の強い変異型のウィルスが海外から日本に入ってきたと報道されています。第三波と呼ばれる感染拡大が今度どのように推移するのか、「医療崩壊」が現実のものになってしまうのだろうかと不安になります。
いろいろな場所で「クラスター」と呼ばれる新型コロナウィルスの集団感染が発生しています。それは感染対策をとっている医療機関もその例外ではありません。私のクリニックでも他人事ではなく、知らない間に身近なところに迫ってきていると感じることが時々あります。これまでにもまして私自身や職員はもちろん、私たちの家族にも感染者が発生しないような生活・心がけを徹底し、患者対応ならびに院内の環境整備を常に見直すようにしています。
しかし、私たちの努力だけではどうしようもないこともあります。随分前のことになりますが、ご家族から「父親が先日から咳がでているのだが」とお電話がありました。「熱があるか」と尋ねたところ「ない」といいます。いつもなら受診させて診察・投薬するところですが、なんとなく胸騒ぎを感じた私は「お薬をだすので、本人は来院せず、ご家族がとりに来てください」と伝えました。そして、来院した家族に一般的な薬を処方して様子を見ることにしました。
その後の連絡はなく、その患者のことはすっかり忘れていたのですが、最近になって、薬を出した直後に新型コロナと診断されて入院したということがわかりました。しかも、発症したのは当院に相談があった日の数日前だったというのです。となれば電話で相談を受けたときにはすでに咳だけではなく発熱もあったはず。そうした大切な情報が正しく伝えられなかったのです。あのとき、もし胸騒ぎがなければ、いつも通りに診察した私も濃厚接触者になるところでした。
それでもまだ私のクリニックのような医療機関はいいのです。感染病棟をもっている病院はもっと大変です。なにせ「新型コロナと背中合わせ」で診療しているのですから。しかもそんな状態は新型コロナウィルスの感染がはじまった2月からずっと続いています。もしそこで働く医療従事者が疲労困憊し、クラスターが発生するなどして感染患者を受け入れられなくなったらどうなるでしょう。一般診療もできなくなり、まさに「医療崩壊」に陥ってしまいます。
昨年のちょうど今頃、中国では原因不明の肺炎が流行し始めたことが報道されました。そして、その流行は予想を上回る早さで拡大している可能性があることを報じるものもありました。中国でそんな事態になっていることに多くの日本人がまだ気が付いていなかった今年の1月26日のこと。私はこの日のブログで「このまま入国制限をしなければ中国からたくさんの観光客が入ってくる」、「日本でも流行した場合の対応を今から考えておくべき」だと注意喚起しました。
*********** 以下、1月26日掲載「新型肺炎(1)」の一部
中国では春節と呼ばれる旧正月を迎えています。今年は24日から30日までだそうです。中国政府も新型肺炎の患者が多数発生している武漢市などから住民が移動しないように封鎖するとともに、中国から海外への団体旅行を禁止するといった対策をとっています。とはいえ、日本にもたくさんの中国人がやってきます。政府は「水際対策を徹底する」としていますが、そんなことで防ぎきれるものではありません。SARSや新型インフルエンザが問題になったときの経験がまるで活かせていないと感じるのは私だけでしょうか。
原発事故のときでさえも比較的冷静でいられた私も今回ばかりは不安です。前回のSARSのときは3年間で計8000人以上の人が肺炎となり、700人あまりの人が亡くなりました。ところが今回はどうでしょう。新型ウィルスによる肺炎の発症が発表されてまだ1ヶ月ほどしか経っていないのに、湖北省当局の発表では1月25日時点で700人を越える人が発症し、39人の人が亡くなっています。これは湖北省の発表ですから、中国全体ではそれ以上ということになります。
中国からの来訪者もSARSのときの比ではありません。SARSが問題となったとき、訪日中国人は年間50万人に満たない数でした。しかし、今や年間1000万人を越える勢いで増えています。今回の春節だけでも数万人が来日するといわれています。観光立国として外国人観光客を多数受け入れる方向に舵を切った以上、日本が今回の新型肺炎の流行と無関係ではいられないことを考えなければなりません。その意味で日本人はもっと真剣に新型肺炎のことを考えるべきです。
今、我々がやらなければならないのは、いわゆる「水際対策」とともに、中国で流行が拡大している新型肺炎が日本でも流行したときにどう行動するべきかを考えておくということです。局所的ではあれ新型肺炎が流行する地域が日本にも発生するでしょう。それがいつになるかはわかりませんが、そうした事態におちいることは十分想定していなければなりません。2009年の新型インフルエンザ流行時に日本中が混乱したときの経験をいかす必要があるのです。しかも迅速に。
***************** 以上
しかし、政府は、まるで4月の来日が決まっていた中国の習近平主席に配慮したかのようになかなか入国制限を実施しませんでした。その結果、春節にはたくさんの中国人観光客が来日し、日本への外来ウィルスの侵入を食い止めることができなかっただけでなく、国内での感染拡大に歯止めがかからなくなりました。大変だったのは保健所と感染者を入院させる病院です。急増する感染者に対応する体制を整えることもできないままに春を迎え、夏になってしまいました。
ところが夏になって第二波が疑われたときでさえ、政府や日本医師会は新たな手を打とうとはしませんでした。そこで私は8月のブログで「この冬に向けての提言」と題して、第三波がやってくるまでに政府や医師会がなにも対応しようとしないときの提言をまとめました。でも、案の定、第三波への対応策を「今出るか、今出るか」と待っている間に、あっという間に秋になり、10月には入国制限が緩和され、11月になると感染はふたたび広がっていきました。
************ 以下、8月19日掲載「この冬に向けての提言」の一部
それにしてもこの冬が心配です。インフルエンザの症状と新型コロナの症状とは区別ができないためです。高熱になったとたん、多くの人が不安になって検査を希望して医療機関に殺到するでしょう。なかには本物の新型コロナに感染した人もいればインフルエンザの人もいる。ただの風邪症状の人もいるのです。そうした人たちが殺到すれば、たちまち医療機関が感染を広げる場所になってしまいます。
重症化した場合はもっと深刻です。新型コロナであれ、インフルエンザであれ、肺炎になってしまった人や、なりそうな人を収容して治療する病院は対応に苦慮します。簡単に区別できるものではないからです。検査でどちらかが陽性になればまだいいのですが、検査が両者が陰性だからと言って一般病棟に入院させて治療できるわけではないのです。かくして入院を断わられる重症者がでてくるかもしれません。
となれば病院はあっという間に機能不全をおこして「医療崩壊」となります。私はこれが一番恐ろしいのです。入院加療すべき人が入院できない状態になったときのことを考えるととても不安です。今シーズンのイタリアの状況を思い出してください。人工呼吸器が不足して、使用する患者に「救命できる可能性の高い人から」という優先順位をつけるという悲しい現実が突き付けられました。
そうならないためにも今からやっておくべきことがたくさんあります。そのひとつが「新型コロナの感染症に対する意識」を変えるということです。つまり、今だに繰り返される「新型コロナを封じ込め、感染拡大を阻止する」という対策を「無症状あるいは軽症の陽性者は病院での加療をやめ、自宅あるいは宿泊施設で対応する」というものに方向転換すべきです。その意識の転換を今からやっておくべきだと思います。
***************** 以上
今、盛んに「感染者数が過去最大に」と報道されています。そりゃそうでしょ。クラスターつぶしで症状の軽い人や無症状の感染者までが拾い上げられているのですから。もちろん重症者や日々の死亡者の数だってこれまでになく多いのですから最近の感染拡大が大した問題でないなどというつもりはありません。でも一番の問題は政府や日本医師会に実効性のある対策がないところ。このままでは「医療崩壊」が現実のものになってしまうかもしれないのです。
その医療崩壊を起こさないために何をすべきなのでしょう。政府や自治体の長はなにかといえば「自粛しろ」といいます。この春のときのような緊急事態宣言を「出せ」「出すな」の応酬となるときもあります。その一方で、日本医師会や東京都医師会などは「医療はもう限界だ」と叫ぶばかりです。でも、ちょっと待ってください。医師会はこれまでなにをやってきたのでしょうか。有効策も講じないでいて勝手なことを言うなと言いたい気持ちです。
日本医師会がやるべきことは、そんな泣き言を言うことじゃないはず。つい先日までも「Go Toやめろ。人は移動するな」と叫び、政府の対応を批判するだけでした。日本医師会はそんなことを言っている暇があったら、この感染拡大に際して医療を崩壊させないための取りうる方策に知恵をしぼるべきじゃないんですか。そんなことはこの夏にやっておかねばならないこと。それを怠ってきて、今さら泣き言ばかりではあまりにも情けないじゃありませんか。
ここまで感染者が増え、軽症者や無症状の感染者がホテルでさえも隔離できなくなったときに「自宅隔離」ができるよう、具体的な方法を今から国民に啓もうすることです。そして、ホテル隔離した患者は地元の医師会が交代で、自宅隔離した患者は患者宅の近隣の開業医が適宜投薬をして定期的に健康状態を確認。その情報を保健所に報告し、症状の悪化が見られた患者をすみやかに病院に収容する。それらのスムーズな連携ができる体制を構築する必要があります。
新型コロナ患者を収容する病院では内科での一般外来はとりやめてできるだけ入院診療に集中するべきです。そのためには一般内科病棟の一時的な減床や患者の転院も考える必要があります。もちろん金銭的な負担は政府や自治体が保証する。医療従事者の給与を増やしたり、一時金を渡すよりもこのような対応が必要です。病院で働く人たちに感謝することは、チャリティコンサートを開くことでもなければ、千羽鶴を折ることでも手紙を送ることでもありません。
国や医師会がこうも無策なのは、現場もよく知らないお偉い先生方や政治家たちが思い付きで話し合うから。私が責任者だったら、新型コロナ患者を収容して苦労している病院で働く人たちを集め、何が不足していて、何が必要なのかを洗い出し、これらの課題を解決するためにどのような法整備、法的根拠が必要なのか。財政的な裏打ちをどうとるかなどをまとめて対応策を考えます。今の対応はこうしたプロセスを踏んでのこととは到底思えないのです。
新型コロナウィルスの感染が拡大する中、怖いのは新型コロナウィルスだけではありません。人々の不安をあおるマスコミのいい加減さと、無知な一般大衆が引き起こすパニック。そして、長期的な展望と短期的な戦略をもてない政治家や官僚、日本医師会といった肝心の組織の無能さ。やるべき人がやるべきことをやってくれないと、社会を不安におとしいれ、たくさんの人が犠牲になることにつながります。新型コロナよりもむしろこちらの方が恐ろしい。
12月28日からようやく入国制限が再開されるようです。しかし、制限される国の中に中国はありません。そして、この制限は来年1月31日に終わります。中国の来年の春節は2月11日だとされています。つまり春節がやってくる前にこの制限は終わるのです。今年の1月のブログで私が書いたのと同じ愚を繰り返すつもりなのでしょうか。人間は間違いを犯します。それは愚かだからではありません。しかし、愚かなのは経験から学ばずその間違いを繰り返すことです。
最後に、この年末年始にできることをまとめてみました。くれぐれも目安にしてください。医者にもいろいろいます。新型コロナやインフルエンザが心配されている中、一日三回解熱剤(や痛み止め)を出す医者もいます。これを悪いことだとはいいませんが、あまり筋のいい処方だとも思いません。微熱などの発熱があったときにどのように対応したらいいかに迷ったら、まずは当番の医療機関に電話で相談すること(市医師会のホームページ、または市消防局、あるいは119番に連絡すると当番病院を教えてくれます)。