塩野義製薬が開発した新型コロナウィルス感染症の経口治療薬「ゾコーバ」が緊急承認されました。このニュースがさまざまな報道機関から報じられていながら、肝心なことがまったくといっていいほど報じられていません。こうした新しい薬にすぐに飛びつく人も少なくないというのに、報じられない情報こそとても重要なのでちょっとコメントします。
このゾコーバは新型コロナウィルスに感染した人の中でも「軽症の患者」に処方されます。それは重症患者を治療する効果がないからです。それなのになんで安全性が十分に確認されてもいない薬を緊急承認しなければならないのか理解に苦しみます。いやしくもワクチンを接種していれば、今の新型コロナウィルスに感染しても、高熱はおおむね2日程度で解熱します。解熱を1日早める程度のこの薬、必要ですか?
しかし、もっと大切なことがあります。服用してはいけないケースがあまりにも多すぎるのです。一番重要な点は催奇形性をもっている可能性があるということです。ですから妊娠中の方はもちろん、妊娠の可能性がある方は服用してはいけないことになっています。ニュースでは単に「妊娠中の人をのぞいて」などという表現を使っていますがそんな甘っちょろいものではありません。
また、腎機能や肝機能が悪い人はもちろん、降圧剤や高脂血症の薬などいくつかの薬を服用している人には処方してはいけないことになっています。もし、この薬を処方する場合、医師は患者が飲んでいる薬をすべて確認して服用してよい患者かどうかを確認しなければなりません。お薬手帳をもっていない人も多い中、忙しい診療中にすべての服用薬を確認するなんてことが可能なんでしょうか。
以前のブログの記事にも書いたように、この「ゾコーバ」という薬は7月の厚労省の薬事分科会の審議で「申請効能・効果に対する有効性が推定できるものとは判断できず」と結論づけられています。そして、統計学的に効果があると判定できる症状だけに申請内容を変更して今回の緊急承認です。しかも、統計学を知っている人にはおわかりでしょうが、有意確率はP=0.04というのはあまり褒められた数値ではありません。
それでなくても新型コロナウィルスの治療薬は高額です。この「ゾコーバ」にどのくらいの薬価がついたかはわかりませんが、すでに使用されている経口薬は5日間で9万4000円もします。おそらくそれに近い値段がついたことでしょう。重症化するようなケースならともかく、「軽症な患者」にこんな高価な薬を使う必要性を私はまったく感じません。当然、私は日常の診療で処方するつもりはありません。
最後に、このような薬を緊急承認した厚労省はこう評価しています。「(ゾコーバの緊急承認は)重症化リスクのない患者に投与できる薬がなかっただけに意味がある」のだそうです。この意味、わかります?しかもこんな高価な薬を国はすでに100万人治療分をすでに発注していて、その後も適宜追加発注するんだとか。私にはまったく理解できません。処方希望の方はそうした背景をきちんと理解した上で服用して下さい。
繰り返しますが、当院ではこの「ゾコーバ」は処方しませんので悪しからず。だって、そもそも必要性を感じないんですもの。