死の準備教育

「武士道といふは死ぬことと見つけたり」とは、江戸時代中期に武士道についてまとめられた「葉隠(はがくれ)」にある有名な一節です。でも、その意味については誤った解釈が一部に広まっています。それは、先の大戦で、国民に「命を惜しむな」と教え、「死ね」と教唆する精神論になった、という言説です。こうした解釈は悪意にもとづいてねじ曲げられた理解によるものです。葉隠でいう「死ぬことと見つけたり」とは「人間はいつか死ぬ。だからこそ、いつでも死ねる覚悟を持ち、死の恐怖や生への執着から解放されるのだ。そして、今、この瞬間を後悔なく、全力で生きろ」という教えなのです。その精神は、武士道の「微弱な電流」がながれている日本人にはそれとなく理解できる教えだと思います。

人は皆、「長生きすること」を疑いようのない「絶対的な善」だと思っています。また、多くの人は「長生きは幸せなもの」と信じています。しかし、「長生き」は、「幸運なこと」ではありますが、必ずしも「幸福なもの」とは限りません。私はたくさんの高齢者の方を診てきました。と同時に、たくさんの死も見てきました。人の一生に同じものはひとつもありません。気の毒な生い立ちながら、晩年は幸せな人生をまっとうできた人がいます。逆に、裕福な両親のもとに生まれながら、家庭が徐々に崩壊し、社会に翻弄されながら亡くなっていった人もいます。また、若くして不治の病となり、社会で活躍するという夢を実現することも、家庭をもつ喜びも経験できないまま、失意のうちに亡くなった人もいるのです。

当院に通う高齢患者さんが皆、毎日、幸せを感じながら生活しているかといえばそうではありません。日に日にからだの衰えを感じ、「耳が遠くなった」「転びやすくなった」「物忘れがひどくなった」「からだのあちこちが痛い」など、さまざまな不自由や苦痛を受け入れられず、孤独と不安にさいなまれている人が少なくないのです。昨年7月に92歳で亡くなった私の母は、実家で一人暮らしをしていました。「病気のデパート」といえるほどたくさんの病気を抱え、飲まなければならない薬がとても多い人でした。なんども心臓発作で入院し、大きな交通事故にも遭いました。でも、晩年は「なにも心配事がない今が一番幸せ」と繰り返し言っていました。そのような思いで生活できる幸運な高齢者はむしろ少数派かもしれません。

多くの人が「長生きしたい」といいます。若い人がそう言うのは、「年を取ること」がつらいことだと知らないからです。年齢を重ねた人が「長生きしたい」というのは、「死」から逃れたいという思いの裏返しです。しかし、「長生き」は決して安楽なことではない一方で、「死ぬこと」は決して恐ろしいものではありません。そのなかで、幸運にも長生きできた超高齢者の中には「早くお迎えに来てほしい」と口にする人が少なくありません。それは「長生き」がつらく、苦しいと感じているからです。私は、そうした人たちには「長生きは修行なのです」とお話しします。「若くして逝かざるをえなかった人たちの分まで生きていかねばならないからです」と付け加えることも忘れません。人は毎日をただ無駄に生きているわけではないのです。

「武士道といふは死ぬことと見つけたり」という一節をもちいて、三島由紀夫は戦後の日本に高まりつつあった物質主義を批判しました。と同時に、日本人の精神がどんどん空虚になっていくさまを憂いました。三島由紀夫の目に映った戦後の日本は、経済的繁栄を優先し、理想と誇りを見失った卑しい国家に見えたのです。また、打算で生き、事なかれ主義の中で命を長らえるだけの日本人に「腐敗する精神」を見たのかもしれません。それはまさしく「今だけ、金だけ、自分だけ」という社会・人間の醜さだったのでしょう。築いてきた社会的地位も、使い切れないほどの財産までもが、死に際してはなんの役にもたちません。三島由紀夫は「おまえには満足して死ねるなにかがあるのか」と問うているのです。

私自身に「死ぬ覚悟」はできています。できているつもりです。日本人の二人にひとりは癌になります。父も膵臓癌でしたし、母は脳腫瘍でした。私もそれに近い病気で死ぬのでしょう。「長生きしたい」とは思いません。でも、「長生きしたいと思わない」とは「したくない」という意味ではありません。「長生きできない覚悟はできている」という意味です。と同時に、「『修行』のような長生きに耐える覚悟もある」ということでもあります。私のこれまでの半生に一片の悔いもありません。人に誇れるようなものでもありませんし、そもそも誇るつもりもありません。ただ淡々と生きて、淡々と去って行くのみです。願わくば、そうした私の一生から、誰かが生きる勇気を見つけてくれれば、と思うだけです。

「死の準備教育」というものをご存じでしょうか。「死の準備教育」は、1980年代に上智大学の教授でありイエズス会の司祭でもあったアルフォンス・デーケン氏が提唱しました。彼は「生と死を考える会」を立ち上げ、「死と向き合うことは、今を大切に生きること」というメッセージを一般市民に伝えました。これはまさしく葉隠の「死ぬことと見つけたり」そのものです。日本でタブーとされてきた「死」を、宗教という観点から少し離れ、オープンに語り合い、ひとりひとりの死生観を学びあう場を作る必要があるとデーケン氏は考えました。私は、物質主義と虚無主義の現代社会に生きる子ども達にこそ、この「死の準備教育」が必要だと思っています。子ども達にとって、限りある命を大切に生きるきっかけになるからです。

今、学校では間違った教育がおこなわれています。LGBTQをはじめとする人権教育がそのひとつです。偏った男女平等の概念や倒錯した性別の意識、過激な性教育までもが子ども達には教えられています。偏向した平和教育や拙速な多文化共生についても、です。そうした教育の恐ろしさは、彼等が大人になった未来に思いがけない変化となってあらわれます。まだ社会的に未熟で、それぞれの価値観も育っていない子ども達に、特定の社会意識を植え付けることの危険性を大人達は自覚するべきです。それらの問題には正解というものがありません。正しいかどうかは成長していく過程で子ども達自身が考えていくこと。そんな薄っぺらなことよりも、子ども達には命の大切さと生きる意味を考えさせる「死の準備教育」の方がよほど大切です。

死は避けられません。すべての人は必ずいつか死ぬのです。だからこそ今を大切に生きなければなりません。死の瞬間は苦ではありません。それはまるで修行から解放されるかのように安らかなものです。だからといって死に急ぐことは許されません。「生きる」ことは、生をまっとうできずに亡くなった人たちの分まで生きることだからです。長生きをしている「幸運な人たち」は、無念の思いで若くして逝った人たちの分まで生きなければならない。彼等の悔しさや悲しさを背負って生きる義務があるのです。それが長生きをすることの意味でもあります。生の長さがどうであれ、死ぬことから目をそらさず、いつ死んでも悔いがないように生きること。葉隠の「死ぬことと見つけたり」はそれを私たちに教えているのです。

 

震災から15年

東日本大震災から15年が経ちました。数百年にいちどともいわれる巨大地震と、それによって引き起こされた大津波によって、たくさんの人が亡くなりました。それまでなにげなく繰り返されてきた日常生活が、一瞬のうちに真っ黒な大波にのみ込まれてしまったのです。それだけではありません。予想をはるかに超える高さとなった津波は、あれだけ安全対策がなされていたはずの原子力発電所を一気に破壊してしまいました。そして、広範な地域に放射能をふくむ塵を拡散させ、地域住民の生活を奪ってしまったのです。

その10年後、COVID-19という新型コロナウィルスが出現し、世界中に感染を広げて700万人を越える人が亡くなりました。日本においても15万人にもおよぶ人がこのウィルスに感染して亡くなったのです。大地震、津波、原発事故、そして、新型コロナウィルスのパンデミックという、まさに「三重苦」ならぬ「四重苦」によって、長年デフレによって苦しみ続けてきた日本はさらに窮地に追い込まれました。しかし、日本と日本人は今、そうした危機をまさに不屈の精神で克服しようとしています。

これまでの日本の歴史を振り返るとき、日本は数々の試練を乗り越えてきたことがわかります。遠くは鎌倉時代、モンゴルが二度にわたり日本の島々で狼藉を働きながら侵略を試みようとしたときがそうです。あるいは近現代になって、欧米がアジアの国家を次々と植民地化する中、日本がそうした国際社会で生きていかねばならないことを知ったときも、です。そのたびに日本は自国とは比べものにならないほどの大国と対峙し、その難局を切り抜けるためにはどうすべきかを考え、全身全霊をもって対処してきました。

我々は震災や原発事故の経験を活かさなければなりません。あのときの対応にはいろいろと稚拙なものがありました。しかし、そうしたことを冷静に振り返り、今後また同じようなことが起きたときの対応策を考えておかねばならないのです。今のCOVID-19感染症が「インフルエンザ以下のもの」であるからといって、感染が拡大しはじめたあのときの対応が過剰だったとはいえません。今の価値観で過去の対応の良し悪しを断罪することはできないのです。「過去をどうこれからに活かすか」、その視点こそが重要です。

今回は、震災10年目である、2021年3月に投稿したブログを再掲します。このときの私の考えや感想は今もかわりません。そして、それは震災直後の考えともなんら違いはありません。それは当時から「できるだけ冷静に、理性を総動員して判断する」ということに努めたからにほかなりません。

※ブログ内検索エンジンで「震災」「放射能」「コロナ」で検索してみてください

 

********************* 以下、本文

10年前の3月11日に東日本を襲った大地震。三陸沖130㎞付近の海底で発生した地震のエネルギーはマグニチュード9だといわれています。また、震源が約24㎞と比較的浅かったこともあって、この地震によって震度7を超える強い揺れを記録する地域もありました。まさに日本周辺に発生した地震の中でも史上最大級のものといってもいいでしょう。

あのとき、私はクリニックの外来で診療をしていました。冬も終わりを告げ、徐々に春めいてはきましたが、空は厚い雲におおわれてちょっと寒かったことを覚えています。待合室には数人の患者が診察を待っていました。私は診察室で常連さんとたわいもない世間話しをしていたのですが、突然、遠い彼方から、地鳴りでしょうか、音とも、振動ともつかぬわずかな感覚が足に、そして全身に伝わってきました。私は瞬間的に地震がやってくるのだと思いました。

遠くに聞こえていた地鳴りはほどなく大きな横揺れと縦揺れとなってクリニックを大きく揺さぶり始めました。揺れの大きさといい、ゆれ続けた時間といい、私が今まで経験してきた地震とはあきらかに異なっていました。普段、地震ぐらいではそれほど驚かない私も、今回だけはいつもとちょっと違うことを確信しました。

昨日、福島第一原発事故を描いた映画「Fukushima50」がTV放映されました。原発で働く人たち、あるいは自衛隊や消防、警察の皆さんが、原発事故の収束に向けて、まさに命がけで、いかに苦労されたかが伝わって来る映画でした。地震の直後の私は発生した津波の破壊力のすさまじさに圧倒され、原子力発電所がどんな状況になっているかなど考える余裕もありませんでした。
私は地震の揺れがまだおさまらない中、院内にいた職員や患者さんたちがパニックをおこして外に飛び出さないよう必死に声をかけていました。院長室から待合室にもってきたラジオからは各地の震度とともに予想される津波の高さが報じられていました。それは「6mほどの津波が到達する」と想像をこえるものでした。

実際にはその2倍の高さの津波がおし寄せましたが、それでも「約6mの高さ」と聞いたときはなにかこれから恐ろしいことが起こるのではないかと感じました。その胸騒ぎは的中し、想定をはるかに越えた津波はたくさんの人の命と家屋をのみ込み、原発の建物を突き破って施設を破壊して、全電源喪失という予想もしなかった最悪の事態をもたらしたのでした。

当時のマスコミの論調も、また、いちぶの心ない市民たちからも、東京電力への非難の声があがりました(それは今もなおいちぶの人たちで続いています)。たくさんの人が亡くなり、多くの住民たちが避難を余儀なくされたのが東京電力のせいだというのです。しかし、私は当初から「それは東京電力のせいではない。ましてや東電の社員を責めるのは筋違いだ」と繰り返してきました(こちらもどうぞ)。

なるほどたくさんの住民がその後、長期間にわたって不自由な生活を強いられることになりました。福島原子力発電所の事故によって放射性物質が広範囲に拡散したからです。しかし、その事故はもとをたどれば専門家の予想をはるかに超えた巨大津波が原因です。それまでの専門家会議で想定されていた津波の高さはおおむね6mでした。その後の見直しによって徐々に想定水位があげられ、その都度、原発では対策が進められてきました。でも、残念ながらその対策は今回の巨大津波には間にあいませんでした。

福島第一原発を襲った津波は施設内の建屋を5mも水没させる最大水位16mを超えるすさまじいものでした。この千年に一度とも、数百年に一度ともいわれる大地震によって打ち寄せた巨大な海水の塊にどう立ち向かえばよかったというのでしょう。結果論で責めることは簡単です。しかし、誰一人として想像だにしていなかった災害に加害者はいないはずです。

震災当時、国会には東電の幹部が参考人としてなんども招致され、まるで人民裁判のような質疑がおこなわれました。そして、「津波が想定を超える高さだった」と説明する参考人に、「その想定が間違っていたんだろ」とヤジを飛ばす議員もいました。しかし、想定とはそういうものなのです。想定の根拠となる科学に絶対などないからです。こんなあたり前なことも理解できない国会議員にはあきれるばかりですが、そんな理性的になれない人たちは十年も経った今でも存在します。

原発事故そのもので、あるいは福島第一原発から漏れ出た放射性物質が原因で亡くなった人はただのひとりもいません。原発事故や放射性物質の恐怖にさいなまれ、避難を余儀なくされた生活に精神の不調を来した人はたくさんいました。そのなかには自ら命を絶った人も少なくなかったでしょう。しかし、それは東京電力のせいでも、社員のせいでもなく、いわんや東電社員の家族の責任では決してありません。

一方で、子ども達の避難が遅れたと学校の責任を問う裁判や、路上教習をさせていた自動車教習所の過失を問う裁判なども行なわれています。しかし、よく考えてみて下さい。この震災ではみんなが被害者なのです。児童を避難させるのが遅れた教諭も亡くなりました。地震で揺れる中で路上教習させていた教官だって亡くなっています。

あの未曾有の災害に加害者なんていないのです。確かに震災でたくさんの人が亡くなりましたが、そのほとんどは津波によるものです。 もし、責任を問うべきだというなら、1万8000人あまりの人命を奪った巨大津波への対策を怠った行政の責任も問われるべきです。しかし、津波に対応できる防潮堤や街の移転を進めてこなかった地方自治体の責任を問う人はいません。 誰ひとりとしてあのような大きな地震が起こり、類を見ない巨大な津波に襲われるなんて想像していなかったからです。 にもかかわらず 津波への対応策が間に合わなかった東京電力だけが責められるのは不条理です。

先日の映画「Fukushima50」でも、避難してきた人たちの一部が東電社員の家族に冷たい視線を送り、「あんなところに原発を作ったからだ」「俺たちの生活をどうしてくれる」と心無い言葉を投げつけるシーンがありました。実際にもこうした光景が見られたと聞きます。福島ナンバーの車がいたずら書きされたり、福島県から他府県に避難してきた子どもたちが嫌がらせを受けたという事例も複数報道されています。

不安や怒りからのこととはいえ、こうした心ない言動を抑えきれない人たちがいます。かつて、大東亜戦争(太平洋戦争)のときもそうでした。戦地に向かう兵隊さんを万歳で送り出した人たちが、終戦後、戦地から引き上げてきた兵隊さんに「お前のせいで日本が負けたんだ」と石を投げることもあったと聞きます。あの無謀な戦争に突っ込むことになった責任は、当時の新聞によって戦意をあおられた国民にもあったはず。そうした国民を守るために戦った兵隊さんは、ある意味、その犠牲者、被害者だったともいえるのではないでしょうか。

私たち国民がいつも「か弱い被害者」とは限りません。無意識のうちに「傲慢な加害者」になっている場合もあります。それは新型コロナウィルスの感染が拡大している今も見られる光景です。よりによって感染患者に対して、あるいはその患者を治療・ケアする病院関係者に対して心無い言葉をぶつける人たちがいます。福島原発事故はこうした理不尽な現実を繰り返してはいけないことをも教えているのではないでしょうか。

当院への苦情

 

Googleのクチコミに苦情が寄せられました。
日頃、人から後ろ指を指されないように診療して来たつもりなので、この苦情はまさに寝耳に水。もし私の対応が無礼であったのであればお詫びしなければなりませんが、診療内容に対するご不満であるなら弁解しなければなりません。他の患者さんにも参考になることでもあるのでこの場を借りて少しご説明します。

ただし、匿名で寄せられた苦情ですので、カルテを見直した上での的確な弁明にならないかもしれません。言った、言わなかったの齟齬になる可能性もあります。いずれにせよ、苦情を寄せられた方を誹謗・中傷する意図はまったくありませんので誤解のないようにお願いします。

 

************************** 以下、寄せられた苦情

最悪の医者です。
3日間高熱で咳混んで家から動けず、4日目に熱も咳も変わらないけど何とか受診しないとと家からいちばんちかいこの病院に行きました。 この時期、どこの病院も混雑してるのにここは患者が誰もいませんでした、この時点でナゼなのか気がつけば良かったのですが、熱と咳の為、頭が回りませんでした。
診察は熱と咳が出てるにもかかわらず服の上から背中に聴診器当てただけで喉も見ないで「風邪ですね」で終わりました。 インフルエンザもコロナの検査もせずに。 信じられませんでした。
それからクスリを山のように出してきて隣の薬局が儲かるように処方したきました。 ただの風邪に6種類のクスリを出しますか? インフルエンザだったら、タミフル、リレンザ1つですむのに…
これほどのやぶ医者は見たことがありません。 異常に空いてる訳がわかりました。
皆さんもここへは絶対に行っては行けません。とんでもない医者ですよ。

************************* 以上

 

1)「熱と咳が出ているにもかかわらず服の上から背中に聴診器」「喉も見ないで風邪」

これは肺炎があるかどうかを確認したのだと思います。私が使っている聴診器は「マイクロフォン」です。服の上から聴診するために使っています。それは次のような理由からです。

●聴診器を直接肌に当てない
 ・服を脱がせることで寒い思いをさせない(プライバシーに対する配慮でもあります)
 ・患者が感染症だった場合、肌に当てた同じ聴診器を他の患者に使用して感染を広げない
 ・診察時間を短縮する(衣服の脱ぎ着きに時間をかけない)

この聴診器はノイズキャンセリング機能がついており、服の上からでも肺炎・気管支炎の有無や気管支喘息の状況、心雑音などを確認するのに支障はありません。ただし、詳細に聴診するときには適していませんが、一般診療における聴診においてはこれで充分だと考えます。

「熱と咳が続いている」ということだったので、肺炎を疑って聴診したものの、肺炎を疑わせる異常がなかったのでしょう。しかし、私は単なる気管支炎だったとしても、このような場合は、念のため抗生物質を処方していると思います。その一方で、「高熱が続いている」という訴えがなかったり(聞き落とした場合もあるかも)、すでに解熱して全身状態もよければ、抗生物質を処方しないかもしれません。

なお、私は通常、簡単に「風邪ですね」という表現は使いません。風邪で高熱が続くことはないからです。もし私がそう言ったとすれば、「高熱が続いていた」という情報が頭に入っていなかったためかもしれません。診察時にまだ「熱と咳」があったという意識が私にあれば、今回のケースはなおさら「風邪」とは説明せず、「気管支炎をこじらせたもの」として抗生物質を処方していたでしょう。

風邪症状を訴えて来院された方には全例に聴診はしています。これは生活習慣病で定期受診している患者もふくめて「聴診器をあてない診療」はしてはいけないと考えるからです。咽頭痛を訴える方には咽頭部の視診もおおむね全例にやっています。もし、私が咽頭部の視診をやっていなかったとすれば、咽頭痛の訴えがなかったか、うっかりして忘れてしまった(咽頭痛が主症状ではなく、咳に意識が向いていた?)からだと思います。咽頭部の症状にあまり意味がないと考えれば省略することもあります。

 

2)「インフルエンザもコロナの検査もしない」「タミフル、リレンザ1つですむのに」

治療薬のないコロナはもちろん、インフルエンザの抗ウィルス薬も感染初期に服用するものです。「治療薬」ではなく、ウィルスの増殖を抑えて「発熱期間を1日ほど短縮する薬」だからです。ですから、「3日間高熱で咳き込んで」ということを聞いていれば、私は抗ウィルス薬を処方しないと思います。むしろ、気管支などの混合感染(当初のウィルス感染に細菌感染を合併したもの)を疑って抗生物質を処方するでしょう。感染初期であって、ワクチン接種がなく、比較的重症感が強ければインフルエンザの抗ウィルス薬を追加するかもしれませんが、ワクチン接種があって重症感もない場合は処方しないことが多いです。

また、このブログでも繰り返してきたように、「検査は一番怪しいときにやるもの」であり、そのタイミングは高熱となって24時間以上経過してからです。早く検査しても検査の精度が落ちて意味がなくなるのです。ましてや会社や学校から「検査をしてくるように」と強く指示された場合でなければ、ワクチンの接種歴や症状、家族歴だけで「インフルエンザ」と診断することもあります。これを「みなしインフルエンザ」といいます。ワクチンを接種した場合は検査で陰性になることがあります。ですから、そうした場合であっても、症状によっては検査の有無とは無関係に「インフルエンザ」と診断しています。

以上のことから、高熱が3日以上経過している今回のケースはインフルエンザだと思っても抗ウィルス薬は処方しないと思います。インフルエンザやコロナの検査も同様です。ましてや私が「風邪ですね」と言ったとすればなおさらです。検査をすれば当院の収入になるので助かりますが、意味があまりないと思っても検査をするのは患者が強く希望したときです。ただし、検査の必要性について説明した上で、です。

 

3)「クスリを山のように出してきて隣の薬局が儲かるように処方」「風邪に6種類もの薬」

以前のブログ(「傲慢な診療」をお読みください)にも書いたように、若いころの私は「風邪に薬は不要」という信念をもっていました。しかし、ある患者から思いがけずに寄せられた苦情に気が付かされました。「患者は症状がつらいから来院するのだ」ということを。以来、私は患者の訴えがあれば、薬が多くなりすぎないように注意しながらではありますが、症状緩和の薬を処方するようにしています。その結果、「咳、痰、咽頭痛、鼻水」という症状があっただけでも4種類の薬を処方します。

これが多いといえるのかどうかは私にはわかりません。ただ、「咳」という症状だけでも処方薬が1種類というわけにはいかないのです。「咳」があるならば「咳止め」を出せばいいじゃないかと思われるかもしれません。しかし、咳は「気管支内の汚いもの」を喀出するための症状。強い咳止めによって咳をとめれば「汚いもの」を喀出しずらくして、気管支炎をこじらせたり、肺炎に進展させたりすることすらあります。また、麻薬系の強い咳止めは痰を粘張にしてかえって咳をひどくすることがあるのです。

そこで私は、咳に対して比較的穏やかな咳止めと気管支拡張剤の咳止めテープを処方します。そうすることによって、不必要に咳を止めることなく、咳を鎮めて痰を出しやすくできるからです。その結果、咳の症状があるときは、去痰剤をふくめて3種類(錠剤の鎮咳薬と去痰剤、テープ剤の気管支拡張薬)を処方しています。つまり、「咳、痰、咽頭痛、鼻水」という症状があるだけで5剤を処方することになってしまいます。こじれた気管支炎や肺炎を疑えば、これに抗生物質や漢方薬を加えてさらに増えてしまうのです。

「もともと薬をたくさん服用している風邪症状の方にはできるだけ少ない薬で」と思いますが、症状によってはそうもいきません。もともと服用している多種多様の薬を「できるだけ減らしましょう」とお話ししますがなかなか納得してもらえないものです。「すでに飲んでいる薬なので減らすのは不安」だからです。そのお気持ちは理解できますし、減らすことができない薬が多い方もいるので、私は無理に減らすことはしません。「儲け主義」でたくさんの薬を服用させているわけではないのです。

その一方で、「薬はできるだけ飲みたくない」という方もいます。医療機関を受診した患者が「薬は飲みたくない」とおっしゃる理由はさまざまですが、私は医学的な見地から薬を服用する意義を説明した上でそれでも「飲みたくない」という方にはその希望を尊重しています。ただ、「薬を飲まないことによるリスクは理解しておいてください」と説明はします。あとはご本人しだいですから。我々医療従事者は「薬がほしいから医療機関に来る」と思っているので、ご要望は医師に明確に伝えなければいけません。

ちなみに「隣の薬局が儲かるように」と批判されていますが、隣の薬局は当院が経営しているわけではありません(こういう勘違いは多い)。結果として処方薬が多くなってしまっていても、薬局を儲けさせようとそうしているのではないので誤解しないで下さい。院外薬局は、処方内容に間違いがないか、現在服用している薬との相互作用がないかをきちんと確認してくれているありがたい存在です。なにより、隣の薬局は、処方薬に対する質問にもしっかり答えてくれる立派な薬局だということは強調しておきます。

 

4)「異常に空いているわけがわかりました」「とんでもない医者です」

苦情を寄せられた方が来院したときは年明けのせいでたまたま空いていたのかもしれません。ただ、「空いている」ことは必ずしも悪いことだと私は思っていません。当院では風邪症状のある方とそうでない方を分離して待っていただいています。それでもできるだけ混まないよう、風邪症状の方にはできるだけ空いている時間帯に来ていただくようにしています。こういう配慮にもときどき「なぜすぐに見てくれないのか」というお叱りを受けるのですが、感染拡大を防止するための対応策でありご理解いただいています。

と同時に、また何度も来院しなくてもすむよう、訴えていた症状に対する薬はできるだけお出しするようにしています。なんども来院するのはつらいですからね。そして、結構な数の薬となるときは、「たくさんの薬を飲みたくなければ、症状のつらさに応じて取捨選択して下さい」と説明しています。また、「思ったように改善しないときは、あまり間をあけないで受診してください」とお話しします。したがって、何回も来院するケースはそう多くはなく、それは患者の症状が改善しているからだと自分では思っています。

これまで長々と弁明してきましたが、それを読んでも納得いかないかもしれません。医学的な知識がなければ理解できないこともありますから。私は医学的見地から「これが最善」と思える診療をしているつもりです。その上で、なお患者の希望を考慮すべきだということであれば、クチコミに書き込むのではなく私に直接伝えて下さい。そのご意見に一理あればこれからの診療の質の向上に役立つのです。これまで書いてきたようなことを、診療中にひとつひとつ説明すればいいのでしょうがなかなかそうもいきませんから。

 

以前も、同じGoogleのクチコミで「人の話しを聴かない傲慢な医者」と書かれたことがあります(今は消去されています)。その批判を書いた方は当院に定期的な通院をしていた患者さんのご家族でした。書き込まれた内容からどの患者さんのことかは特定できています。そのご家族の指摘は「いつも通院している母親の訴えに、医師が耳をかさなかったために癌の発見が遅れたではないか」というものでした。このときもまさに私は寝耳に水、でした。そんな傲慢な診療をしているつもりはなかったからです。

その患者さんはいつもひとりで受診していて、それまでご家族が同伴することはありませんでした。ですから、お母さまの癌が発見されたとき、ご家族はお母さまに話しを聞いて、「なんでこんなになるまで放っておいたのだ」と憤慨されたのかもしれません。カルテを調べてさかのぼってみると、次のような経過をたどっています(なお、この方は糖尿病でしたので、定期的に採血をしていました)。

 7月:胸焼けを訴えるため胃薬を追加。定期受診の際の採血では肝機能ふくめて異常なし。

 8月:背部痛もある、と。胸焼けもあるため病院を受診するように説明。一ヶ月処方を継続。

 9月:まだ病院には受診していない、と。胸焼けが続くことから再度受診をうながす。

 10月:病院を受診して肝臓癌であることがわかる。

当時はコロナの感染拡大があったころ。それまで当院では「2ヶ月処方」といった長期処方はほとんどしていませんでした。大病院などでは2ヶ月処方はおろか3ヶ月処方が当たり前のようにおこなわれています。しかも、聴診器も当てない「変わりありませんね」の一分診療。そんなの診療ではありません。一度症状を見逃せば、あっという間に半年近くが経ってしまいます。にもかかわらず、当院でも2ヶ月処方の要望は多く、不本意ではありましたが、コロナの感染拡大を機会に2ヶ月処方を解禁にしてしまいました。

癌が見つかったこの患者の場合もちょうどそのころのことでした。訴えが気になった私はそれまでの2ヶ月処方をやめて7月、8月、9月と一ヶ月の処方で経過を診ていました。しかし、病院を受診するようになんどお話ししても受診していなかったのです。もちろん、7月の採血でなんらかの異常があれば、紹介状を書いて病院を受診させていたかもしれません。しかし、自覚症状だけで受診させ、また、なにか疑う疾患がこれといってないのに紹介状を書き、患者にその費用を請求するのは気が引けることです。

その結果、癌の発見が遅れてしまいました。病院に紹介すべきタイミングを逃さないようにしている私にとって、反省すべきところがなかったわけではありません。もっと強い口調で病院に受診するよう指示すればよかったかもしれません。採血結果もふくめて、紹介状を書くほどのケースだとは思いませんでしたから。私は日頃、患者の表情や顔色、仕草、歩き方などを注意して見ています。患者の訴えもまた同じです。その多くは不安からくるものですが、中にはそこから大きな病気につながるケースがあるのです。

ですから、この患者のご家族から「患者の訴えに耳をかさない傲慢な医者」とクチコミに書かれるとは思ってもいなかったのです。もちろん、私に傲慢さが実際にあって、私自身が自覚していないだけかもしれません。私が意地悪をしているように患者が感じることもあるでしょう。しかし、そうしたことは、私がまったく気づかないこと、あるいは、誤解にもとづく場合だと思います。ですから、気が付いたことがあったら、私に直接伝えてください。私に言えなければ当院のスタッフや薬局の方に言ってくださっても結構です。

繰り返しますが、クチコミに苦情を書いた方を批判しているわけではありません。ご意見にきちんと説明をし、私の診察・処方の意図を説明したかっただけです。その上で、なお、私を「とんでもないやぶ医者」だ、と感じられるのであればそれを私は甘受します。患者が望むことと、私が提供すべきだと考える内容が異なるのですから仕方ありません。私はあくまでも「医学的に間違っていないこと」を、患者の要望や希望にそって提供したつもりです。クチコミに投稿した方には今回の説明でご理解をいただければ幸いです。

 

烏合の衆になるな(2)

今、にわかにインフルエンザが感染を拡大していると報道されています。事実、松戸保健所からの定期連絡でも、管内のインフルエンザ患者は増加しているようです。外国人観光客がウィルスを持ち込んだための早期流行だとする識者もいます。しかし、最近のインフルエンザは、COVID-19(新型コロナ)と同じように季節を問わずに患者が発生しています。しかも、それらのウィルスに感染した患者は、倦怠感や頭痛、関節痛といった随伴症状が多少強めにでますが、重症化するケースはほとんどないのが特徴です。

ですから、「インフルエンザ流行中」とマスコミが騒ごうとも、あわててワクチンを接種したり、風邪症状があるからといってすぐに医療機関に駆け込む必要などありません。そもそもインフルエンザであれ、COVID-19であれ、「治す薬」というものがないのです。留意すべきことは、あくまでも「重症化しないこと」。そして、「重症化のサインを見逃さないこと」。この二点に注意しながら、感染患者からうつされないようにし、万が一感染しても他者にうつさないような配慮を忘れないこと。このことに尽きます。

「重症化しないこと」と「重症化のサインを見逃さないこと」には密接な関係があるので、これらのことをまとめてお話ししたいと思います。まず、大切なことは、感染しないよう・感染させないようにすることです。そのための基本は、「マスク・手洗い・解熱しないこと」です。「マスク・手洗い」は容易に理解できるだろうと思います(とはいえ、最近の新型コロナ感染の状況から、「マスク・手洗いは無意味だった」と考える軽率な人がいますが、それは間違いです)。問題は「解熱しないこと」です。

解熱しないこと」については、当院に通院する患者さんにはだいぶ理解してもらっています。しかし、多くの人はいまだに「熱がでたら解熱剤でさげる」のが当たり前だと考えています。当たり前というよりも、「高熱=重症=死」と思って解熱剤を飲まずにいられない人が少なからずいるのです。「風邪薬(解熱剤)を飲まないでください」と説明すると、「風邪薬を飲めば2、3日で良くなる」と言う人もいます。でも、そうしたケースは、風邪薬を飲まなくても「2、3日でよくなっている」のです。

解熱剤や風邪薬を服用して熱がさがった人たちはどう行動するでしょうか。熱がさがったからと、会社や学校に行っている人たちが必ずいます。「そもそも休めないから解熱しているんじゃないか」とおっしゃる方もいるかもしれません。「熱ぐらいで休むな」と上司や教師から厳命されている人だっているかもしれません。あるいは「検査でインフルエンザやコロナの抗体が陰性だったのだから」とタカをくくって出勤・登校する人も。でも、熱が出てからしばらくの間は他の人に移しやすいことを忘れてはいけません。

熱が出たら、原則的に会社・学校を休んでください。そして、熱があっても安易に下げない。もし、解熱剤なしでも24時間は様子を見て、体温が再上昇する気配がなければマスクをして出勤・登校する。なにより他の人に感染を広めないためです。くれぐれも風邪薬を飲みながら職場に行く、学校に行かせる、といったことがないように。「あなたのため」というよりも「他者への配慮」だからです。検査など必須ではありません。ましてや「インフルエンザのタイプは?」なんてことを調べるのはまったく無意味です。

「重症化しないようにする」ためには、まずワクチンを接種することが大切です。そして、感染してしまったら、自宅で安静にしながら充分な休養をとる。そして、重症化のサインを見逃さなければいいだけです。ワクチンについては、「COVID-19のワクチンを接種しても、あれだけたくさんの死者や重症者を出したのだから無意味」と言う人たちがいます。でも、それは間違った考え方です。感染した人があれだけいれば、死者や重症者だってそれだけの数になるはず。分母と分子の数を考慮して判断すべきです。

「ワクチン接種によって重い副反応を起こしたケースがあんなに多かったじゃないか」ということについても同じです。新型コロナワクチンは当初から「数十万人にひとりの割合で重篤な副反応が出る可能性がある」といわれていました。そして、それは今、おおむね正しかったことがわかっています。重い後遺症を背負うことになった気の毒なケースについても、ワクチンを接種したときに起こることがある「ADEM(急性散在性脊髄炎)」とよばれる副反応であって、新型コロナワクチンに特有な薬害ではありません。

「ワクチンは接種した方がいいですか」と質問されることがあります。そんな時、私は次のように答えています。「どんなワクチンにも副反応がおこることがあります。その副反応が重い場合もあるため、安全性が担保されたワクチンであれば積極的に接種してください。とくに、命に関わるような疾患であり、かかっても治療薬がない場合はワクチン接種は必要です」と。したがって、インフルエンザワクチンについては、そのワクチンの安全性はある程度確認されており、積極的に接種することをお勧めしています。

その一方で、新型コロナウィルスワクチンについては、mRNAワクチンそのものが新しいワクチンであり、長期的な安全性にはまだ疑念が残るという意見があります。しかし、新型コロナが流行しはじめたときのように、多くの人が重症になったり、亡くなったりしている状況においては積極的に接種すべきです。でも、重症患者がほとんどいなくなった今、あえて接種をしなければならないとは思いません。長期的なリスクをうわまわるほどのメリットを感じないからです。こうした考えはあくまでも私個人のものなのです。

インフルエンザに限らず、感染症が重症化するのは気温の低い冬季だとされています。それは乾燥していてウィルスがなかなか死滅しにくいということ。また、空気の乾燥が人間の鼻やノドの粘膜における感染防御機構を弱らせてしまうといわれています。さらには、日照時間が短くなることによって人間の免疫力そのものが低下することも指摘されています。したがって、インフルエンザに限らず、感染症に対するワクチンの接種は、来年の1,2月にワクチンの効力がピークとなる11月頃がいいのではないかと思います。

インフルエンザであれ、COVID-19であれ、重症化して死ぬ直接的な原因は肺炎です。ですから、単に高熱になった場合であれば怖がる必要はなく、「高熱をともなう咳が続き、息苦しさがあるとき」にこそ注意が必要です。高熱が続いたとしても、3日目に解熱傾向となっていれば問題ありません。3日目になっても高熱が続き、寝床からトイレに移動するだけで息切れがするような場合は肺炎を疑うべきです。医療機関に電話をして相談して下さい。「咳と高熱」があればすぐに受診、ということではありません。

これまでお話ししたことは、すでに何回もこのブログで書いてきました。当ブログ内の検索をして、是非読み直してみて下さい。最後に、COVID-19(新型コロナ)が流行をはじめた2020年に医師会雑誌に投稿した文章を掲載します。いい加減な情報や、恣意的な意見に振り回されてはいけません。くれぐれも「烏合の衆」にならないでください。どの情報が信頼できるものなのかを見分けることは難しいと思います。でも、いろいろな情報に接し、できるだけ理性を働かせ、その正しさを判断する努力こそが重要です。

 

************************************ 以下、当時 (2020年8月)の掲載文

 昨年秋、新型コロナウィルスの流行は中国・武漢市からはじまったとされています。そして、そのウィルスは年があけた1月にインバウンドの勢いを借りるようにして日本に上陸しました。その後、諸外国ほどではないにせよ、感染者の数は増加の一途をたどっています。一時、重症者の数が横ばいになり、「もうすぐピークアウトか」と噂されましたがそれも期待外れに。東京などの大都市を中心にPCR検査陽性の人がにわかに急増し、ついに緊急事態宣言が出されてしまいました。

 それにしても、新型コロナウィルスは、まるで日本に来襲したシン・ゴジラであるかのようです。日本の、そして日本人のさまざまな問題点を明らかにしたのです。これまで日本は、SARS、MERS、そして新型インフルエンザといった外来感染症の危機に何度かさらされました。にもかかわらず、日本には「本格的な防疫体制」というものがないことがわかったのです。また、リーマンショックを越えるかも知れないという経済危機に、政府は今もなお経済を支えるための有効な手立てをとれないままです。

 一方で国民はどうかといえば、戦後の混乱を切り抜け、オイルショックを乗り切り、震災・原発事故を克服してきたはずだというのに、この混乱の中で依然として「買いあさり」と「買い占め」をやめられない人が少なくありません。また、日本人特有の「根拠なき楽観主義」によって、不要不急の外出、集会やコンサートの自粛が求められる中、海外旅行を我慢することも、夜の歓楽街をさまようことを控えられない人たちもいます。今、抗原検査陽性の人の数を増やしている原因の一部は、こうした「困った人たち」です。

 検査の実施件数もまさにうなぎ登りです。医学的知識もないド素人の国会議員が「検査を増やせ。希望するひと全員に検査を」と耳障りのいい主張を繰り返します。しかし、新型コロナウィルスのPCR検査は感度も特異度もそれほど高くなく、擬陽性や偽陰性の問題が無視できません。そんな検査を事前確率も上げないまま実施すれば、本来は入院を必要としない偽陽性者が病床を占拠し、偽陰性の患者が無自覚に感染者を増やすことにもなります。無知な政治主導はなにもしないことよりも恐ろしい。

 挙げればきりがないほどのダメダメぶりに、出てくるのはため息ばかり。この原稿が読まれるころも、まだそんな状態が続いているのでしょうか。保健所や検疫所の職員、感染患者の治療にあたる医療従事者が、感染する危険にさらされながらいっぱいいっぱいでやっています。お気楽な一般人がそうした人たちを見て見ぬ振りなのは仕方ないとしても、まさか医師会の先生方がその「今、危機にある人たち」から目をそらしていないでしょうね。いろいろなところで日本人の民度が試されているのです。

 とはいいながら、つくづく高病原性鳥インフルエンザでなくよかったと思います。オリンピックも仕切り直し。中国製品とインバウンド頼みだった日本経済も反省を余儀なくされ、感染症対策もふくめてすべてを抜本的に見直すことになるでしょう。将来、ふたたびやって来るだろう恐ろしい未知の感染症のため、今、経験していることすべてをこれからにつなげなければなりません。そして、「あのときの辛い思いがあったからこそ」と思えるような日本にしていきたいものです。

 

涙なき別れ(2)

今年の正月に入院し、病気療養中だった母が7月28日に亡くなりました。行年92歳でした。半年あまりの闘病生活でしたが、痛みなどのつらい症状に苦しむこともなく、ロウソクの火が消えるような大往生でした。先日、四十九日の法要が終わりましたので、今回は母のことを書きます。

もともと母はたくさんの病気を抱えていました。まるで「病気のデパート」といってもいいほどです。高血圧や高脂血症、糖尿病はもちろん、気管支喘息や狭心症、心房細動の既往があり、心筋梗塞・脳梗塞で何回か入院もしました。自分で車を運転していたころには、二度も自損事故を起こしたりもしました。いずれの事故も乗っていた車が廃車になるほど大きなものでしたが、幸いにも怪我は骨折程度で済みました。そうした中で長生きできたのですから、まさに「誰かに守られていた」のかもしれません。

母は幼い頃に実母を病気で亡くしました。母の実父、つまり、私の祖父は優しい人でしたが、いろいろな商売をやってもうまくいかず、五人兄弟の長女だった母は子どもの頃から苦労が絶えなかったと思います。母が結婚した私の父はわがままで厳しい人でしたから、結婚生活も必ずしも幸せなものとはいえなかったかもしれません。戦後まもなく建てられたバラックのような官舎の狭い一室で私たちの生活ははじまりました。小さい頃を思い出すと、裸電球がぶら下がった粗末で小さな部屋の光景が必ず浮かんできます。

母と父は同じ歳の幼なじみでした。七人兄弟の末弟だった父の長兄と母の叔母(母の父親の妹)が結婚した関係で小さいころからの知り合いだったのです。なにかの行事で親戚が集まったとき、叔父が「君たちの両親は恋愛結婚なんだよ」と教えてくれました。喧嘩ばかりしている両親を見てきた私にはにわかに信じられなかったのですが、そのことを両親はあえて否定も肯定もしなかったのをみるとそうだったのかも知れません。私の両親は喧嘩ばかりする友達のままだったのでしょう。

父が亭主関白だったかというと必ずしもそうではありませんでした。母は口うるさい父に服従することは決してなかったのです。父親はいつも同じ時間に帰宅します。帰宅した父がすぐにはじめるのは掃除。ずぼらな母の掃除が父には気に入らなかったからです。文句を言いながら掃除機をかけはじめる父。仕事で何かあって機嫌が悪いときは、怒りだして母に手をあげることすらありました。そんなとき、子どものころの私は部屋の中でじっと耐えていましたが、中学生ぐらいになると仲裁に入り、暴れる父を止めたりしました。

母はそんな父にはお構いなしに、あくまでもマイペースでした。私は子どもながらに「文句を言われないようやればいいのに」と思ったものです。こんなことがありました。そろそろ父が帰ってくるという時間なのに、母は近所のおばさんと楽しそうに台所でお茶を飲んでいます。でも、父が帰ってきて怒りながら掃除をはじめることを知っていた私は気が気ではありません。だからといってご近所さんとの話しに夢中な母親に、「そろそろ掃除をした方がいいよ」と耳打ちすることもできません。

私は仕方なく、母の茶飲み話しの邪魔にならぬよう、台所以外の部屋を片付け、簡単に掃除をすることにしました。父が帰ってきても機嫌が悪くならないようにするためです。私はいつしか毎日掃除をするようになりました。父親が文句をつける点はどんなところか。短時間で掃除を済ませるためにはどんなところを重点的にやればいいのか。そんなことを考えながら掃除をしていると、父が文句をいいながら掃除をすることが少なくなりました。以来、夕方になると当たり前のように私が掃除をしていました。

そうした子ども時代を過ごしたせいか、私は今でも掃除機の音が苦手です。あの当時のことを思い出すからです。ですから、私の家内にも、また、クリニックのスタッフにも、「散らかっていなければ掃除はそこそこでいいよ」と頼みます。結婚した当初、家内は母に「あまり掃除をしなくてもいい」と私が言っていると話したそうです。それを聞いた母は不思議そうに、「あら変ね。あれだけ掃除が好きだったのに」と言ったとか。子どものころの私の苦労や心の内など、母はまるでわかっていなかったようです。

でも、母は誰かのために何かをしたい人でした。今ではすっかり見かけなくなりましたが、昔は浮浪者が家々をまわって施しものを乞うことがありました。我が家にも一度そうした浮浪者が来たことがあります。どこの誰かもわからないその浮浪者に、母は気の毒そうに食べ物を分けていました。また、実家の裏の公園で、平日にもかかわらず毎日一人で遊んでいる女の子がいたときのこと。母はその子を見かけると、彼女を家にあげ、話しを聴いてあげ、励ましたりもしていました。母はそんな人でした。

その一方で、こんなこともありました。幼かったとき、暖かくて格好のいい上着を母に買ってもらいました。私はそれをとても気に入っていたのです。あるとき、私と同じ年代の子のいる叔母がその上着を褒めてくれました。私はそれがうれしく、また、誇らしくもありました。しかし、母は「そう?じゃあ、これ、あげるわ」と。あっけにとられているうちに上着を脱がされた私は、悲しいような、くやしいような気持ちになったことを覚えています。褒められるとすぐにあげたくなるという母の性格は最期までかわりませんでした。

晩年の母はいろいろな料理に挑戦するのが好きでした。「おいしかった」と言ってもらえることがなによりもうれしかったのです。ご近所の友達にはもちろん、いつも買い物に通っているお店にも、あるいは入院した病院の職員にもカステラを焼いてもっていきました。「コロナのこともあって、食べ物をもらうのを嫌がる人もいるんだから」と注意しても聴く耳をもちません。その後も、餃子を皮から作って「ちょっと工夫してみたから食べてみて」ともっていくことも。人が喜ぶのを見るのが好きだったのです。

母は交際範囲が広く、友だちがとても多い人でした。先に逝った父もまた仕事関係の交際範囲が広かったため、父の葬儀にはたくさんの参列者が来て下さいました。母も父も実は「似たもの夫婦」だったのでしょう。父が亡くなったとき、「家族葬」でひっそりやろうと思っていました。葬儀社にはそう伝えていましたが、実際には「大企業の社長でもこんなには来ない(葬儀社談)」と驚くほどの参列者が来場しました。火葬場に向かう霊柩車の中でも「これは家族葬ではありません(同)」と笑われるほどでした。

父の葬儀のとき、いろいろな人たちに迷惑をかけてしまい、母の葬儀こそ、本当の家族葬で静かに見送ってやろうと思っていました。大家族で育ち、たくさんの友人がいたとはいえ、一人暮らしをする母を見ていると、本当は賑やかなことがあまり好きではないのかもしれない、と思えたからです。好きなときに起き、好きなときに食事を取り、好きな時間に寝ることに安らぎを感じ、気心の知れた人たちと時々お茶を飲んで談笑することを幸せだと思っていた母。そんな素朴な生活が母には合っているようでした。

母が徐々に弱っていき、食事もほとんどとれなくなって、妹が「もうダメみたい」と泣きそうな声で電話をしてきました。残された時間が長くないことはわかっていても、やはり今生の別れとなればつらいものです。でも、私は妹にいいました。「母親が後ろ髪引かれぬよう、淡々と見送ってやろうぜ」と。「あの人も亡くなった。この人も認知症になってしまった」と嘆く母に、「長生きは修行なんだよ。長く生きられなかった人たちの悔しさを背負いながら生きていくのだから」と諭していた私の最後の親孝行のつもりでした。

母は私が言ってきたとおりの晩年を過ごし、そして、ついに鬼籍に入りました。その最期はとても静かなものでした。亡くなる二日前、一緒に見舞いに行った家内とふたりで冷たくなりかけた母の両足をさすってやりました。「どこか痛いところはない?」と聞くと、母はうなづきながら、手のひらを胸におきました。私も母の胸に手を重ね、鼓動を刻むように軽く胸を叩いてやりました。すると母は安心した表情になって、静かに目を閉じました。私はこのとき、母の命がもうじき尽きるだろうと思いました。

母は満足して旅立っていったと思います。幼い頃から苦労は絶えなかったかもしれませんが、息子は医師に、娘は看護師になりました。そして、晩年、「なにも心配事がないことが一番幸せ」、「気ままな一人暮らしができるのはお父さんのお陰よ」と繰り返し言っていました。脳腫瘍になったことを知ったときはショックだったに違いありません。しかし、その後は、愚痴をこぼしたり、泣きごとを言ったりすることは一度もありませんでした。不安そうな表情すらしませんでした。

本来であれば、いろいろな人達に母が亡くなったことをお知らせすべきだったかもしれません。でも、母を静かに見送ってやりたいと思っていた私たちは、ごく近しい人だけで葬儀をすることにしました。母のことを誰かから聞いたとご挨拶をいただいた方もあります。香典やお花などはお断りしていましたから、そうした人たちにも失礼・無礼をしてしまったと思います。母もそれを不義理だ、礼儀に欠けると怒っているでしょう。でも、すべては母を静かに見送るため。どうかお許しください。

四十九日の法要が終わり、まさに母の遺骨が墓に納められようとしたとき、突然、どこかにいた鳥の鳴き声が霊園に響き渡りました。それはまるで母が最期のありったけの声で別れを告げたかのようでした。私はこれで母が仏になったことを確信しました。人間の命には限りがあります。永遠ではないのです。人間の一生にはそれぞれの長短があるにせよ、「人生を生ききる」ことにこそ意味があります。「生・老・病・死」を見守り、寄り添うことが医師の仕事。今、あらためて医師になれて本当によかったと思っています。

行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし   合掌

コロナの再流行について

今、COVID-19(新型コロナウィルス)の感染者が増加している、と報道されています。実際に、松戸保健所からの定期報告でも、管内の定点医療機関あたりのCOVID-19感染者数は増加傾向にあるといいます(ひととき多かったインフルエンザの患者は減少に転じています)。しかし、「それがどうした?」ってことです。マスコミが報道しなければならないのは、「コロナが増えている」ではなく、「熱があるときは自宅で静養しましょう」であり、「家族をはじめとする他の人にうつさないよう配慮しましょう」であるはずです。

ところが、TVのニュース、あるいは新聞報道を見ると、「またあのコロナが増えてきた」と恐ろしくなるような内容。具体的になにをどうすればいいのか、コロナに感染するとどうなってしまうのか、といった肝心なことがまったく触れられていないのです。これまで、そうした重要なことを、なんども、なんども、なんども、なんども書いてきた私にすれば、「もういい加減にしてくれ」といいたいくらい。今のコロナはあのときの「恐ろしいウィルス」とはすっかりさまがわりしていることを少しは学んでほしい。

そこで、昨年の11月にこのブログに掲載した記事を以下に再掲します。コロナウィルスが流行を始めてから私が主張してきたことは、「コロナ」や「COVID」というキーワードでブログ内検索(右上の検索エンジンを利用してください)すると読むことができます。私が間違ったことを書いてこなかったのがわかると思います。世間が放射能で騒然としていたときとまったく同じで、そのときの科学で「正しい」と信じられていることを冷静に受け止めれば当然の結果。イデオロギーで世間を混乱させるだけの人間と私は違うのです。

「コロナ流行」と聞くと、「いざ検査」「いざ薬」「いざ医療機関」と煽られる人がいます。その一方で、発熱があるにもかかわらず、風邪薬や解熱剤を飲みながら会社や学校に行き、周囲に感染を広めても平気な人もいる。そもそもいまだに「検査してこい」という会社や学校、「面会制限を再開する」と過剰反応する施設が多過ぎるのです。「風邪症状があったら休む」「風邪薬を飲みながら仕事をしない」も実践させないくせに。当院のブログを読んでくださる皆さんには是非正しい対処法を知ってほしい、実践してほしいと思います。

 

********************************* 以下、2024年11月17日掲載文

「風邪は治るが治せない(2)」

新型肺炎」と呼ばれたCOVID-19(新型コロナウィルス)感染症が中国の武漢で流行し始めたのが2019年。その後、全世界に感染は拡大し、アウトブレイクとなってたくさんの人が亡くなりました。今でこそ「風邪とかわらない」と言われるようになったCOVID-19ですが、救急病院にはたくさんの重症患者が搬送され、病院機能が損なわれる「医療崩壊」が心配されるほどでした。

そうした危機的な状況は、mRNAワクチンの登場によって徐々に改善していきました。その一方で、感染症病棟や呼吸器内科病棟の医師、あるいは看護師や薬剤師、検査技師や一般職員など、病院で働く多くの人たち、さらには患者の搬送にあたった救急隊員らの献身的な活躍があったことを忘れてはいけません。決して新型コロナウィルスが「実は大したことのない感染症だった」わけではないのです。

新型コロナウィルス感染症の蔓延は、社会のさまざまな価値観に影響を与えました。それまで風邪をひいて咳をしていてもマスクすらしない人が少なくありませんでした。しかし、今では「咳エチケット」としてマスクの着用が当たり前になっています。また、「熱ぐらいで会社は休めない」といった誤った「常識」も、徐々に「熱を出したら他人にうつさぬように自宅安静」に変化しています。

私は以前から「インフルエンザ流行時の対応」について注意喚起を繰り返してきました。それは、社会の「常識」には医学的な間違いが少なくなかったからです。発熱に対する認識もそう。あるいは、風邪薬や検査の必要性についてもそうです。「社会でごく当たり前になっていることには、あるいは医者がなにげなく行なっている診療にも、実は医学的に間違っていることは多いのですよ」と指摘したのです。

それはこのブログを通じて繰り返し情報(「風邪」「インフルエンザ」「発熱」などでブログ内検索してみてください)を提供してきましたし、患者さんに対しては診療をしている時に直接説明したりしました。また、私が校医をしている学校の養護教諭にも指導してきたことです。しかし、そうした努力はなかなか浸透せず、多くの人々の行動変容をもたらすほどの影響力はありませんでした。

ところが、新型コロナウィルスの感染拡大が社会問題化し、加熱するマスコミの報道でも誤った対応が喧伝されるようになりました。「検査はできるだけ早く、しかも何度でも繰り返す」、「新型コロナに感染したと思ったらすぐに病院を受診する」、などがその代表的な事例です。多くの国民がそうした情報にしたがい、必要のない検査をして国費を無駄にし、発熱外来に殺到して感染を広めたのです。

その一方で、新型コロナウィルスに対する有効性も証明されていない薬を勧めた医者がいます。軽症の新型コロナ患者に対して過剰な検査や措置をした医者もいました。それが間違った知識によるものなのか、それとも儲け主義の結果なのかはわかりません。しかし、メディアによく登場する医師が間違った対応を推奨して、本当に正しい主張がかき消され、批判されてしまう場合すらありました。

しかし、今、社会を揺るがしてきたコロナ禍を振り返り、多くの人々が「正しい対応」がどのようなものだったかを振り返るようになりました。と同時に、私がこれまで主張してきたことの正しさを冷静に理解できるようになりつつあるように感じます。今回のブログは、そうしたこれまでの私の主張を改めてまとめ、皆さんが感染症に対してどう行動すべきなのかについて再度注意喚起したいと思います。

 

今、新型コロナの流行は小康状態となっています。しかし、千葉県の一部ではインフルエンザの患者が増えてきています。また、マイコプラズマなどを原因とする「咳風邪」がはやっています。当院でも「咳が治らない」と訴える患者さんが毎日たくさん来院しています。感染症は治療も大切なのですが、流行を拡大させないことも重要です。そうした点を念頭におきながら私は診療しています。

当院では、風邪症状のある方には、あらかじめお電話をかけていただいてから来院してもらっています。それは感染症の患者の来院時間を指定し、待合室にいる一般患者とできるだけ分離するためです。しかし、そうしたことを知らなかった風邪患者が、事前のお電話がないまま直接来院することもあります。そんなときは院内が混雑し、一般患者と感染症の患者の分離に苦慮することもしばしばです。

お電話でのお問い合わせの際に怒り出す人もいます。「なんで今すぐ診てくれないのか」というものです。感染症の患者さんにはできるだけ空いている時間帯を指定して来院していただいています。とくに、「今すぐ診る必要性が高くない患者」、例えば、症状が出たばかりの方や風邪薬を服用してきた方たちには、「しばらく経過を見て、あらためて電話してほしい」と説明する場合があるのです。

前稿「風邪は治るが、治せない」でも書いたように、風邪は薬で治すことができません。自分の免疫力で治っていくものなのです。風邪薬は「風邪を治す薬」ではありません。むしろ、風邪症状をわからなくする薬であり、ときに診療の妨げになる薬です。医師が風邪症状の患者に処方する薬は、その症状を緩和するためのもの。どのような薬を処方するかを判断するためにも風邪薬は服用しないでほしいのです。

むやみに熱をさげてしまうと、重症度を判断することができなくなることもあります。ひとくちに「熱が出た」といっても、そのなかには肺炎を合併しているものや、実は風邪ではなく内科疾患から熱が出ている場合もあるのです。どのくらいの熱が、どの程度続いているのかによって診断が違ってきます。そうした大切な情報である「発熱」を解熱剤でむやみに下げられてしまうと診断を誤る原因にもなります。

本来、「風邪」であるなら薬を服用する必要はありません。肺炎を合併しない限り、自然経過で数日のうちに必ず治るからです。なかなか治らない症状は単なる風邪ではありません。「早期発見、早期治療」と思ってか、「早く治したいので、早く薬を飲みたい」という人がいます。でも、「早く薬を服用しても、風邪は早く治すことはできない」のです。「風邪に風邪薬」は「早めにパブロン」というキャッチコピーの誤った受け売りにすぎません。

風邪薬を飲みながら会社や学校に行くと、周囲の人に感染を広めてしまうことにもなります。「風邪薬は飲まないでください」とお話しすると、「風邪薬を飲まなければ熱が下がらず、会社に行けないじゃないか」と言う人がいます。しかし、「熱がでたら会社や学校に行ってはいけない」のです。一般的に発熱しているとき感染力が強いことが知られています。「発熱時は自宅で療養」が原則です。

熱があっても、よほど辛くなければ解熱剤を使用せずに経過観察。そして、熱がいつまでもさがらないのであれば(目安は「高熱が3日目に突入したら」「微熱であっても5日目に突入するなら」)医療機関に電話をして相談すべきです。発熱は「早く治すため」にも、また、「重症化を発見するため」にもとても大切な情報です。怖いあまりに解熱剤を多用していいことはありません。

というわけで、当院では次のような基準を設けて受診(電話で相談)を勧奨しています。

(1)風邪症状が出たばかりの人は24時間経過観察すること

(2)風邪薬を服用した人は服用後24時間は経過観察すること

(3)発熱があっても24時間は解熱剤を使用しないこと

(4)他院(当院)で処方された薬はすべて飲みきってから効果判定すること

(5)処方薬を服用しても改善しないときは、薬を処方した医療機関をふたたび受診すること

以上の点をよく理解して風邪症状に対応して下さい。今年は例年になく肺炎が多いように感じます。とくに若い人の肺炎が多い印象があります。でも、肺炎だからといって怖がることはありません。肺炎を心配してあわてて受診する必要もありません。高熱をともなわない風邪症状は風邪薬を服用しないで二日ほど様子をみてください。高熱があっても解熱剤を飲まずに24時間は経過観察してください。

それから「明日、また電話してください」と言われても怒らないでください。午前中は風邪患者がたくさん来院します。午前中に来院しなければならない特段の理由がなければ、午後の空いている時間に受診することをお勧めします。院内が混雑しているときは、また後で来院することをお勧めします。そんな日は、風邪症状の患者が多いからです。病院に行って風邪がうつってしまったら意味がありません。

とくに高齢の方は午後に来院したほうがいいでしょう(朝早く受診する高齢者は多い)。重症感の強い風邪の患者さんが午前中の早い時間帯に受診するからです。とくに土曜日は大変混み合うので、高齢の方は受診を避けた方がいいでしょう。現役のサラリーマンは土曜日しか受診できないため集中するのです。患者でごった返す中、マスクもしていない高齢者が待合室で待っていることを想像しただけでゾッとします。

以上、ご理解・ご協力のほどよろしくお願いします。