このブログで新型肺炎について書いたのはつい1か月前のことです。あのとき私が懸念したことが現実のものとなり、新型コロナウィルス(正式呼称は「COVID-19」)に感染した人は今も増加を続けています。感染源である中国での感染者は2月21日現在で75000人を超え、死者もついに2200人を上回っています。前回のブログで警告しましたが、COVID-19に感染した人をふくめたたくさんの中国人が来日したこともあり、2月21日現在で感染者93名(うち無症状病原体保有者14名:15%)であり、死亡した人は1名です。なお、ここにはクルーズ船での感染に関わる数字ははいっていません。
さて、今回のCOVID-19の感染患者に関しては、2月11日時点での疫学調査結果が中国から発表されました。いかんせん彼の国のことですから、これらの統計データにどの程度の信頼性があるのかは定かではありません。統計の基準がなんどか変更されていますから。おそらく中国共産党政府への批判につながらないことを優先してのことでしょう。ですから、今後、WHOなどの国際機関が正式に調査をすれば多少の訂正があるかもしれません。とはいいながら、現時点で発表された結果をみれば、COVID-19の姿をおおざっぱに垣間見ることができます。「正しく恐れる」ためにもこれらの数値を眺めてみましょう。
ながながと数字を並べてもわかりずらいので要点を列挙します。
●中国全土でCOVID-19の感染が確定された44000例を超える患者のデータ解析結果
●19歳以下の患者が2.1%、20~59歳は66.7%、60歳以上は31.2%(うち80歳以上は3.2%)
●患者の80.9%が軽症、中等症は13.8%、重症例は4.7%
●死者数は19歳以下で0.2%(うち9歳以下なし)、20~59歳は2.1%、60歳以上は26.4%
●致死率は全体で2.3%(武漢市で3%、その他の地域では0.6%)
つまり、若年者と高齢者は感染しにくいようです。しかし、高齢者、あるいは基礎疾患をもっている人は死亡する割合が高いという傾向があります。また、このウィルスに感染した多くの人は比較的軽症で、重症になる割合は5%以下です。一方、致死率2.3%という数字については、インフルエンザでの0.2%とくらべれば確かに怖い数字ですが、かつて流行したSARSは10%程度、MERSは35%、エボラ出血熱においては50%と、これらの感染症の方がはるかに恐ろしいようです。ちなみに、「移りやすい感染症の致死率は低く、致死率が高いものほど感染死にくい」という一般的な傾向が知られています。
季節性インフルエンザでは、ひとりの患者が感染させてしまう人の数は2~3人とされており、COVID-19もほぼこれと同じ感染力を有していると言われています。その意味で言うと、今、ちまたで広がっている「感染しやすい危険なウィルス」というイメージとは多少異なるのかもしれません。むしろ、まだ流行という状況からはほど遠い今の現状からいえば、今年になってすでに日本では1000名、アメリカにいたっては14000名あまりが亡くなっているインフルエンザの方が恐ろしい伝染病だということになります。季節性インフルエンザに対する認識の甘い人が多いのですが、日本では毎年約3000人の人が亡くなっています。
今回のウィルス感染がこれからどのくらい拡大するのかは未知数です。今後、中国のように全土に広がって日本でもアウトブレイク(大流行)が宣言されるかもしれません。もしそうなれば世界各国は日本を「感染国」として指定し、日本への渡航制限をかけてくるでしょう。となれば各国はオリンピックの選手団を日本には派遣しないという事態となってオリンピックは中止になるかもしれません。あれほどの費用と時間をかけて準備してきた東京オリンピックがまぼろしに終わり日本の国際的な信頼は失墜します。そうならないようにしっかり対応してもらいたいのですが今の対応はなんとも頼りない限りです。
COVID-19の感染拡大は、日本にとって、あるいは日本人にとって教訓にしなければならない経験です。なぜなら、近い将来、高病原型鳥インフルエンザウィルス(H5N1)の大流行があるかもしれないからです。H5N1インフルエンザの致死率は60%とエボラ出血熱を上回わる恐ろしい伝染病です。幸い、このウィルスではまだ人から人への感染は確認されておらず、中国のごく一部の地域で鳥から人に散発的に感染するだけにとどまっています。しかし、その遺伝子は変異しやすいことが知られており、近い将来、人から人への感染が成立するだろうと言われています。もしそうなれば今回のCOVID-19と同様にいっきに感染が拡大します。
ところが日本人の危機意識はどうでしょう。年間3000人もの死者を出している季節性インフルエンザでさえワクチンも接種せず、「どうせ打ってもなるから」と高をくくっている人のなんと多いことか。ワクチンはもちろん感染予防のためでもありますが、感染しても重症化しないためのものでもあります。重症化すれば命に関わるばかりか、たくさんの人にも移してしまうことになります。ワクチンを接種しなかったばかりに死んでしまうのは自己責任だからよいとして、他人に感染させてその人を死なせてしまったらどう責任をとるのでしょうか。ワクチン接種は「自分のためであり、また周囲の人達のため」でもあるのです。
日本人にとっての教訓はまだあります。それは解熱剤(あるいはカゼ薬)の濫用です。風邪やインフルエンザを広げる原因のひとつが、解熱剤、あるいは解熱剤入りのカゼ薬を飲みながら勤務・登校する人たちの存在なのです。意外と多くの人がいまだに「カゼ薬は風邪を治す薬」と信じています。しかし、カゼ薬は風邪を治す薬ではありません。カゼ薬は風邪症状を軽くする薬にすぎません。発熱があっても、カゼ薬の解熱成分によって熱を抑えてしまうのです。今の季節、製薬会社は「熱があっても休めないときは」というキャッチフレーズでカゼ薬を売ろうとします。しかし、そこに落とし穴があります。
発熱はからだの免疫力にスイッチをいれるきっかけにもなります。今回のコロナウィルスに限らずすべてのウィルスには特効薬はありません。結局はからだの免疫力でウィルスを退治するしかないのです。ところが解熱剤で熱を下げてしまえば、たよりの免疫力にスイッチが入りにくくなり、結果として風邪がこじれるか、治りが悪くなるわけです。カゼ薬の「風邪をひいたら○○3錠」というキャッチフレーズは実は風邪を長引かせて薬をたくさん売るため、といってもいいものなのです。これらのことは普段の診療でいつも患者にいってきたことです。「解熱剤を一日三回なんて飲んじゃダメですからね」と。
熱があがらなければ、患者自身も、また医師も重症度の判断に予断をもってしまいます。「高熱だから重症?」と疑うチャンスを失ってしまうのです。中国であれだけあっという間に感染を広げてしまった原因にもカゼ薬(あるいは解熱剤)の濫用があったのではないか、と指摘する人もいます。解熱剤を服用しても熱を抑えきれなくなり、ようやく受診した患者に肺炎を合併していることがあります。「なんでこんなになるまで我慢したんですか?」と尋ねると、患者は「大した熱ではなかったので様子を見ていた」と答えます。そんなとき心の中で「カゼ薬なんてなくなってしまえっ!」と叫んでしまいます。
医者も悪いのです。風邪で受診するたびに解熱剤を出す医者がいるからです。確かに「熱がある」「頭痛がする」「のどが痛い」と患者が訴えれば解熱剤(=痛み止め)をだしてあげたくなるのは人情です。しかし、だからといって無頓着に一日三回の解熱剤(=痛み止め)を処方するのはどうかと思います。多少なりとも症状を軽減できても、風邪症状を長引かせたり、重症化を見逃しかねない処方は避けるべきなのです。風邪のとき、あるいはインフルエンザのときは本来つらいもの、と割り切ることも大切です。苦痛から逃れたいという気持ちはわかりますが、少なくとも発熱に関していえばこういうときは仕方ないともいえます。
検査もそうです。以前のこのブログでも書きましたが、インフルエンザの検査は絶対的なものではありません。検査結果は診断するためのひとつの情報ではありますがすべてではありません。場合によっては検査で陰性の判定が出ても、インフルエンザだと診断して抗ウィルス薬をお勧めすることもあります。この検査は、インフルエンザに感染し、からだの外にあふれ出てきたウィルスを検出するものです。ですから、うまくそのウィルスを拾えなかったり、まだあふれてきていないときに実施しても陰性になってしまうのです。この検査は「インフルエンザであることを確認するもの」ですが、あくまでも参考にすぎません。
今回のCOVID-19でも同じです。検査で陰性が出てもそれで「新型ウィルスに感染していない」ということにはなりません。ニュースでは「検査陰性だった人が発症した」と大騒ぎですが、我々医者にすれば「そんなことあたりまえなこと」なのです。もちろん逆に陽性であってもウィルスに感染していない場合もあります。それを擬陽性といいますが、COVID-19の感染患者とされている人たちのなかにはそうした擬陽性の人がいるはずです。今、日本には14名の「無症状病原体保有者」がいますが、その人たちにもおそらくこの擬陽性の人がふくまれているのではないかと思います。
「それならどうやって診断すればいいのか」と疑問に思うかもしれません。私をはじめ、多くの医者は検査はあくまでも参考にして診断しています。検査の結果だけを根拠にインフルエンザかどうかと判断するのではなく、その人の症状の経過や全身状態、あるいは診察所見などを総合的に判断するのです。ですから検査が陰性でも症状の勢いが強ければインフルエンザと診断して薬をお勧めすることもありますし、陽性でも症状が軽い場合はあえてお薬はお勧めしない場合もあります。COVID-19は未知のウィルスであり、今後の感染がどのように展開していくのかわかりません。だからこそ今は厳しめに判断しているのだと思います。
結局のところ今回の新型コロナウィルスは恐ろしいのでしょうか。結論からいえば、その判断をするのはまだ時期尚早だと思います。今の私自身は楽観的でもありませんし、悲観的でもありません。しかし、感染が拡大していくことだけは間違いないでしょう。なぜなら、中国との人的交流は続いており、感染者が日本に入国してくることは否定できないからです。政府も入国制限をしないという方針はしばらく変更するつもりはなさそうです。とはえ、1か月前に「新型肺炎について」とタイトルをつけた原稿をこのブログに掲載したとき、アメリカやカナダなどと協調して入国制限していればまた違った展開になっていたかもしれません。
しかし、そんなことを今さらいっても仕方ありません。これからどうするかについて、専門家の意見をまじえて真剣に考えるしかありません。ついこの間、「はじめての専門家会議が官邸で開かれた」というニュースを聴いたとき私は耳を疑ってしましました。とっくの昔に専門家の助言を得て対策をとってきたとばかり思っていたからです。厚生労働省には医系技官という医学部を卒業した官僚がいます。しかし、彼らのほとんどは感染症の専門家ではありません。感染症を専門にした大学の研究者とてその多くは感染症対策の実務を経験していません。大規模な感染症の対策がなおざりにされてきた証拠です。
アメリカには感染症の研究と対策の専門機関であるCDC(米国疾病管理予防センター)があります。また、感染症の拡大を安全保障の一環ととらえてDHS(国土安全保障省)が対応することもあると聞きます。しかし、日本にはこうした組織がなく、一朝有事となったときに政府の各機関が統合して動くことができないのです。とすればやはり生物・化学兵器の対策を専門にしている部署がある防衛省が国家安全保障会議の中心メンバーとして対応すべきです。今回もそうした案が政府内にはあったはずですが、軍組織に対する旧態以前とした頭の固い抵抗勢力のせいで封印され、それぞれの組織がバラバラで活動しているのが現状です。
私は新型コロナウィルスの感染拡大そのものよりも、日本のこれからがとても心配です。1か月前に感じていた胸騒ぎはきっとそれだったのではないかと思います。つまり、昨年10月の消費税増税で日本経済は少なからずダメージを受けました。多少のダメージがあることは多くの人達が予想していましたが、COVID-19による影響がそこに加わることになるとは誰も想像していなかったでしょう。中国発の新型コロナウィルスによってサプライチェーンが寸断され、今、日本の産業に大きくて暗い影を落としています。一方で、国内のさまざまな自粛によって観光客が激減し、国民の購買意欲を低下させています。
日本での感染患者がどんどん増え、国際社会から信頼を失なえばオリンピックは中止または延期になるかもしれません。もしそうなったらどうなるでしょう。インバウンド頼みとはいえ、なんとか堅調さを保ってきた日本の景気は一気に吹っ飛んでしまいます。私が警告してきた、日本の景気に対する懸念が現実のものとなってしまうのです。私が今回の新型コロナウィルスの感染拡大を不安に思う主要な原因がここにあります。そのときの責任は誰がとるのでしょうか。総理大臣や現在の政府が変わったところでいったん奈落におちた日本の経済を回復させることは容易ではないのです。
とはいえ、今すべきこと、これからすべきことを真剣に考えるべきです。いつか発生するであろう高病原性インフルエンザの流行も念頭におかなければなりません。だからこそ現在進行中のCOVID-19の感染拡大に対しては慎重かつ適切に行動しなければなりません。手洗いとうがいの価値、あるいは今まで軽視してきたワクチン接種の意義を見直すべきです。検査至上主義の風潮、あるいは風邪薬への過信をあらためなければいけません。部活優先のために学級閉鎖を躊躇するような学校運営をあらためなければなりません。新型コロナウィルスの感染拡大はこれからが正念場。「正しく恐れる」とは根拠なく楽観視することでもなければ、目をそむけることでも、取り乱すことでもないのです。
【追記】
新型コロナウィルスに感染した人、あるいは感染拡大の阻止に力を尽くしている人たちへの差別的な
言動が報道されています。すべての人がいつ感染者の立場になるかわかりません。また、感染拡大の
阻止に向けて尽力する人たちがいなければすべての国民が危険にさらされます。ですから、こうした
人たちへの偏見あるいは差別的な言動は絶対に許してはなりません。あの原発事故のときもそうでし
た。被爆被災した地域の住民、あるいは原発事故の収束、停電の復旧に向けて頑張っていた東京電力
社員への心ない言葉が飛び交っていました。本来、被災住民にも、あるいは東京電力社員にも責任は
ないはずです。なぜなら原発を破壊したのは、想像をはるかに超えた津波なのですから。今回の新型
ウィルス感染に関しても原発事故の当時と同じような差別や偏見があるとすれば、実になげかわしく、
恥ずべきことです。そうした人の道にはずれるような行為がなくなることを願ってやみません。