人と人との接触を避けるため、全国的な自粛が実施されてそろそろ一ヶ月になります。欧米で行なわれているように、外出をすると厳しい罰則が待っているような都市閉鎖とは異なり、特定の業種を除いて自主的な自粛を求めるといった緩やかなものです。そのせいか、家の中に閉じこもる生活に耐えられなくなった人たちが公園や行楽地を訪れ、場所によっては車で道が渋滞しているところがあると話題になりました。その気持ちはわからないでもありませんが、もうひと踏ん張りしたいところです。
この連休明けに緊急事態宣言を解除するかどうかが議論になっています。人出を80%減らすことを目標に政府は外出をひかえるよう繰り返し広報してきました。不充分ながらもその効果もあって、検査が陽性となった人の数は徐々におさまってきているようです。しかし、その減り方は想像していたほどではなく、自粛を解除すればたちまち陽性患者は増えていくだろうと思われるほど不安定で弱々しいものです。だからこそ緊急事態宣言の延長が議論されているのかもしれません。
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ただ、個人的には、これ以上の自粛は日本経済に取り返しのつかない悪影響をあたえてしまうのではないかと心配しています。日本経済をひとの体に例えると、長引く自粛はまるで血糖値をさげるために極端な食事制限を続けているようなものです。ものを食べなければ血糖値はさがってくるかもしれません。しかし、極端な食事制限を続けると、必要な栄養素も不足して徐々に悪影響がでてきます。ある日、突然、低血糖となって意識を失うかもしれません。それと同じような危険性を感じるのです。
もはやこれだけ感染が広がってきて(とはいえ、欧米と比べてばたいしたことはありませんが)、感染経路がたどれない患者も増えています。そうであれば、感染経路をたどって感染者を見つけ出して隔離するといった「クラスターつぶし」で封じ込めることは困難です。むしろ、感染の拡大が落ち着きを見せている今こそ、徐々に感染を広めて抗体(抵抗力)を獲得した人を増やすことによって感染を収束させる「集団免疫」という方法をとる時期に来ているのではないかと思います。
今もなお「検査をもっと増やして見つけ出せ」と主張する人がいます。しかし、検査で見つけ出したところで治療法はありません。大部分は軽症のまま治ってしまいます。重要なのは、新型コロナに感染したかどうかではなく、肺炎になったか、あるいは肺炎になりそうかということにつきます。言い換えれば、「風邪症状があれば、家族内に広めないように注意をしながら自宅で安静にする」ということです。軽症の患者までを病院に収容すれば、病院は機能不全を起こして医療崩壊となります。
のちほど詳しく述べますが、PCR検査という不正確な検査を幅広く行なうべきではありません。検査をしても新型コロナウィルスに感染したか、あるいは感染していないかを証明することはできないのです。感染したした可能性の高い患者にしぼって、本当に新型コロナウィルスに感染したかどうかの鑑別が本当に必要な人に限って実施すべきです。でなければ、疑陽性者は不必要に病院の病床などの医療資源を使ってしまいますし、偽陰性の患者は無自覚に感染を拡大させてしまいます。
「検査は対象者を怪しい人にしぼりこんで(これを【事前確率をあげる】といいます)実施する」という原則を無視することはできません。今回のような検査はそういうものなのです。よく「保健所が検査をさせないように妨害している」、あるいは「政府が意図的に検査の数を抑制している」と批判する人がいます。しかし、そういう人はこの「検査の常識」を知らないか、無視しているといえます。事前確率をあげないままで検査をすれば誤差が大きくなります。それはとても大きな問題です。
最近、県医師会から「PCR検査を増やすためにPCRセンターを作るから協力するように」と連絡が来ました。私は目を疑いました。なぜなら、PCR検査に疑陽性や偽陰性が多いことは医者なら誰でも知っていると思ったからです。医学的知識もないど素人の政治家や官僚、TVのコメンテータならまだしも、医師会が「検査を増やすべし」と主張するとは考えてもいませんでした。日本医師会がなぜそんな判断をしたのかわかりません。でも私なりに想像(妄想?)はできます。
これはあくまでも私の想像(妄想?)ですが、日本医師会が「検査やるべし」の号令をかけた理由はおもに二つだと思います。ひとつは厚生労働省の意向をそのまま下部組織に下ろしてきただけという場合です。保健所や空港などの検疫所はよくやっています。PCR検査はもちろん、陽性患者への対応や陰性者の経過観察、あるいは入院病床の調整など、新型コロナウィルスの感染が始まって以来、自ら感染する危険性と背中合わせの中で頑張っていることを私は知っています。
しかし、現場としての保健所が頑張っている一方で、本省には医学的知識のないド素人の政治家が誤った政治主導で検査数を増やすように圧力をかけています。厚労省には医師の資格をもつ医系技官もいますが、彼らの意見など政治主導の前にはほとんど無力です。その同調圧力がおそらく日本医師会にもかけられてきたのではないかと思います。臨床検査技師の数に制限があるから検査数が増えない。ならば医者をかり出すしかない。素人ならではの「検査至上主義」の結果です。
もうひとつの理由は、依頼してもなかなか検査をしてくれないという開業医の不満や不安を医師会が解消しようとしたのではないかというものです。実際、私にもしばしば「コロナが疑われる患者なのに、保健所に検査を断られた」という声が耳に入ってきます。しかし、ちょっと待ってください。「検査の不正確さ」は問題にしなくていいのですか?検査を増やして疑陽性の人が病院に負担をかけることについてはどう考えていますか?医師会がすべき対応はそれでいいのですか?
医師会が構想している「PCRセンター」には、開業医が対象者に紹介状を書いて受検させることになっています。しかし、開業医の中にはたいした問診や診察もしないままごく簡単な紹介状を書いて検査に押しつけてくる医者が必ずいます。「熱発患者お断り」の貼り紙で診療拒否をする医者がいるくらいですから当然です。ちゃんと対象者を絞り込みもせずに検査をすることをどう防ぐか。その対策が不充分なままで「PCRセンター」が単に検査の数を増やすことに使われてはいけないのです。
医学的にも賛否両論ある検査を、医師会が主導して実施することが私には理解できません。医師会の中でもその検査に否定的な医者が少なくないはずです。もちろん、医者仲間の中にも「ここまで感染が広がったら幅広く検査をやるのはやむをえない」と考える人もいます。しかし、この検査を増やすことについて医師会の中で議論した形跡はありません。こうした重要な問題に関して医師会員に賛否を尋ねることすらせずに見切り発車のような形で実施が決まったのは問題です。
今のPCR検査を幅広く実施することに対しては、検査の実務者からも異論がでています。検査そのものを実施するにはそれなりの熟練を要するからです。スワブと呼ばれる綿棒を鼻腔あるいは咽頭部に入れて検体をとること自体に難しさはありません。とはいえしっかり、確実に検体をとれなければ偽陰性になります。それ以上に検体をとってからの操作に難しさがある。それがこの検査の特徴です。その検査を的確に操作できる検査技師の数には限界がある。それも検査が増えない理由でもあります。
医師会にはもっとやるべきことがあるはずです。現在、軽症者が収容されているホテルや施設でフォローアップ検査が行なわれています。それらは今、保健所を中心とした人たちがやっています。こうした検査には医師会が応援にいくべきです。あるいは、陰性と判定されながらも感染した可能性が否定できない人たちの経過を見ているのも保健所です。しかし、開業医が自分の診療圏内にいるこうした人たちのフォローアップをするなど、医師会はそうしたことにまず手をあげるべきなのです。