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院長が気まぐれな雑感を述べます。個人的な意見が含まれますので、読まれた方によっては不快な思いをされる場合があるかもしれません。その際はご容赦ください。ほんとうに気まぐれなので更新は不定期です。
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処理水のこと

皆さんは「False Reality(偽りのリアル)」という言葉をご存知でしょうか。それは人々の間で「現実のこと(リアリティ)」と思われていながら、実は単にそう信じられているだけ、あるいは思い込まされているにすぎないものをいいます。当然ですが、人間の認識には情緒が影響します。同じ映像を見ていても、BGMとしてながれている音楽が楽しいものか、悲しいものかによって、それぞれの人に「見えている情景」が違ってきます。そうしたことはたびたび経験することです。

BGMによって違った映像に見えることは経験的に理解できても、知らず知らずのうちに「現実(リアル)」と認識した「False Reality(偽りのリアル)」を自覚することは意外とむずかしいものです。あの東日本大震災直後の放射能の危険性に関するリアル、あるいは、新型コロナウィルスの感染拡大の恐ろしさに関するリアルがそれです。メディアによって誇張された「偽りのリアル」に翻弄された人は少なくなかったはずです。そして、自分が翻弄されていることを自覚していた人もほとんどいなかったかも知れません。

「恐ろしい放射能」から逃れるために引っ越しを考える人がいました。「殺人ウィルス」に感染しないよう自宅に引きこもる人もいました。その多くがメディアが伝える「偽りのリアル」を現実と思い込んでしまった結果です。「理性的に考えよう」と呼びかけても理性的になれない人はいるものです。それは情緒にながされる人であり、恐れるがあまりに現実に目を向けない人でもあります。そうした人たちはいとも簡単に扇動に乗せられてしまうのです。

TVばかり見ていた若いころと違って、今の私はメディアから流れてくる情報にいつも懐疑的です。「ほんとかなぁ?」とつぶやきながらTVを見ている私に家族は「すぐに否定から入るんだから」とあきれ顔。でも、それでいいのです。私はメディアが作る「偽りのリアル」に敏感でなければならない、マスコミ情報に飛びつく風潮には問題あり、と思っていますから。今はインターネットさえあればすぐに調べることができます。現代社会にあって情報リテラシーは不可欠な要素だと思います。

福島沖ではじまった原発の処理冷却水の放出問題もそうです。この処理水の放出に反対する人たちは、処理水に「トリチウム」という放射性物質が含まれていることを問題視しています。しかし、そのトリチウムがどのようなもので、どんな危険性が、どの程度あるかを理解せずに批判しているケースが少なくありません。中国ではこの処理水の放出をきっかけに塩の買い占めが起きているといいます。また、中国から日本に嫌がらせの電話が殺到しているとも聞きます。あきれるばかりです。

無知であるがゆえに空騒ぎするのも愚かなことですが、「処理水」を「汚染水」と言ったぐらいで揚げ足をとるようなマスコミの騒ぎっぷりもどうかと思います。あの冷却水が本当に「汚染されているもの」と思い込んでの発言なら批判されてしかるべきでしょう。しかし、単なる言い間違いに過ぎないのだとしたら、あのようなことはいちいちニュースとして報道する価値があるとは思えません。トリチウムのリアルを伝える、事実を淡々と伝えるという報道の本質をおろそかにしたいい例です。

トリチウム(三重水素)とは重水素とともに水素原子の放射性同位体と呼ばれる仲間です。トリチウムも重水素も、そして、水素も原子核のまわりに1個の電子がまわっています。違うのはその原子核を構成する中性子の数です。水素原子の原子核には中性子はありませんが、1個の中性子をもつものを重水素、2個のものをトリチウム(三重水素)と呼びます。トリチウムは自然界にも存在します。海水には無尽蔵のトリチウムがあり、これをあらたな核融合発電のエネルギー源として活用するための研究が進められています。

核融合と核分裂は違います。前者は原子と原子を衝突させて新たな原子を作るという反応。後者は原子を分裂させて新たな原子を作るという反応をいいます。その反応の際に莫大なエネルギーが発生します。原爆も現在稼働している原子力発電も後者の核分裂反応を利用しています。原爆は分裂しやすいウランなどの放射性元素を高濃度に濃縮し、核分裂の連鎖反応を爆発的に起こさせます。一方、原発は低い濃度のウラン燃料に核分裂の連鎖反応を徐々に起こして発電エネルギーに利用するのです。

それに対して核融合とは、原子と原子を超高温・超高圧のプラズマ状態に閉じ込め、衝突させて新たな原子を作りだすという反応をいいます。太陽の表面あるいは内部で起こっている反応がまさしくそれです。その核融合がおこる際に発生する莫大なエネルギーを発電に利用するのが核融合炉による原子力発電。トリチウムはその核融合に利用される放射性物質のひとつなのです。自然界では毎年7京ベクレルほどが生成され、地球上には約120京ベクレルほど存在していると推計されています。

自然界のトリチウムは酸素と結合した水という形で存在し、湧き水や雨水の中はもちろん、人間のからだの中にも存在しています。からだの中に蓄積することはありません。常に排出されてはあらたにからだに取り込まれるという循環を繰り返しているのです。原子炉が破壊されて放射性燃料がむきだしになった福島原発の冷却水には多種多様の放射性物質が含まれています。その冷却水をALPS(多核種除去設備)を使って処理をしているのですが、トリチウムだけは技術的に除去できません。

除去できないトリチウムを含む処理水をさらに薄めて海洋放出しようというのが今回の問題。しかし、その濃度は日本の安全基準の40分の1であり、WHOが定める飲料水の基準濃度の7分の1程度です。理論的には飲料水にしてもよいほどに薄めてあるのです。すると「飲めるのなら飲んでみろ」と言う人がいます。そんな単純で短絡的な人に私は言いたい。「尿だって飲めますが、あなたは飲みますか?」と。ちなみにトリチウムは食品の安全基準を定めた規制対象物質ではありません。

日本の国内外には、そうした科学的事実を知ってか、知らずか、大騒ぎをしている人がいます。福島県沖の処理水放出場所近海の海水のトリチウム濃度ですら「検出限界以下」であるのに、韓国や中国沖の海の問題になるはずがないことはちょっと考えればわかるはず。あれだけ薄めた処理水を海洋に放出して福島県沖で取れた魚介類にトリチウムが検出されるはずもありません。日本の海産物の輸入を止めたり、日本への旅行を取りやめたりと言った大騒ぎには少なからずメディアの報道にも責任があります。

1972年のロンドン条約で放射性物質の海洋投棄が条件付きで認められました。そして、これまで欧米を中心に、中国や韓国ですら低レベルの放射性廃棄物の海洋投棄がおこなわれています。その投棄量は日本のそれをはるかに凌駕するものなのです。日本は諸外国にくらべて低レベルの放射性廃棄物でさえ海洋投棄に対してはかなり慎重でした。そして、今回の冷却処理水の海洋放出に際しても、日本の対応と配慮にはIAEA(国際原子力機関)のお墨付きもあり、日本人として胸を張っていいほどです。

扇動に乗せられてはいけません。火をつけてまわる人たちの行動の裏になにがあるのかに敏感になるべきです。これまでを振り返っても、マスコミが煽ってきたことの多くに「真実」は決して多くありませんでした。マスコミが流す「偽りのリアル」に振り回され、社会が騒然としたことの結果がどうだったか。「新型コロナの対応」しかり、「放射能の危険性」しかり、「’ 戦争法案 ’の恐ろしさ」もしかり。あの80年前のアメリカとの戦争だってそうです。世の中の流れに乗せられて空騒ぎしたことへの反省がない人が多すぎます。

処理冷却水の問題に関しては、日本人はおおむね冷静に対応しています。一部の国々の人の、無知から来る過剰反応だけが目立っているかのようです。国際社会には問題が山積です。ウクライナ戦争のリアルはいったいどんなものなのか。台湾のリアルがこれからどうなっていくのか。積極的に関心をもちながら、自分のあたまで「リアル(現実)」を感じ取ろうとする必要があります。真のリアルは懐疑的に見て、考えることから徐々に明らかになってきます。情緒にたやすく流される「軽薄な烏合の衆」にならないようにしたいものです。

※右上の検索エンジンで「放射能」「コロナ」などで検索するとこれまでの記事をお読みいただけます

琴線にふれる街

以下の記事は今から12年ほど前の医師会雑誌に掲載されたものです。そのコピーを患者さんに読んでいただこうと当院の待合室においています。これが思いのほか好評をいただいているようです。今あらためて読むと、推敲が足りないと感じるところもありますが、今回、このブログでも掲載しますのでお読みください。

************ 以下、本文

「琴線に触れる」という言葉があります。大辞林(三省堂)によると、「外界の事物に触れてさまざまな思いを引き起こす心の動きを例えたもの」とあります。北陸、ことに金沢は私の琴線に触れる地でもあります。それは金沢の街で感じた郷愁のようなもの(それは金沢の伝統から伝わってくるもの)が影響しているように思います。

私がはじめて金沢を訪れたとき、金沢城では場内にあった大学校舎の移転工事がおこなわれていました。石川門を入るとあちこちに工事用車両がとまっていましたが、そこここに残るかつての栄華の痕跡に私は魅了されました。そして、金沢城から武家屋敷界隈にまで足を延ばせば、歴史を感じるたたずまいの中にあって、なおも人々の生活の息吹を感じる街並みに不思議と心安らいだものです。

その中でもっとも強烈な印象を残したのが金沢近代文学館(現在の石川四高記念文化交流館)でした。ここは石川県と縁の深い作家や文化人を紹介する資料館です。旧制第四高等学校の校舎をそのままに利用した建物は、旧制高校の古き良き時代の雰囲気を漂わせる風格を感じます。そんな建物を通り抜けて裏庭にまわると、ひっそりとしていてうっかり通り過ぎてしまいそうな場所に、井上靖の「流星」という詩が刻まれた石碑がありました。

井上靖は東京帝国大学に進学する前の三年間、この旧制第四高等学校に通っていました。彼はその多感な旧制高校時代に、たまたま訪れた内灘の砂浜で遭遇した流れ星に自分の未来を重ねたことを懐古してこの「流星」という詩を作ったのです。

「流星」

高等学校の学生の頃、日本海の砂丘の上で、ひとりマントに身を包み、仰向けに横たわって、
星の流れるのを見たことがある。
十一月の凍った星座から、一条の青光をひらめかし、忽然とかき消えたその星の孤独な所行
ほど、強く私の青春の魂をゆり動かしたものはなかった。

それから半世紀、命あって、若き日と同じように、十一月の日本海の砂丘の上に横たわって、
長く尾を曳いて疾走する星を見る。
ただし心打たれるのは、その孤独な所行ではなく、ひとり恒星群から脱落し、天体を落下する
星というものの終焉のみごとさ、そのおどろくべき清潔さであった。

私は中学生のころから井上靖の作品が好きでした。とくに、「あすなろ物語」「しろばんば」「夏草冬濤」の三部作は今でも心に残る作品です。井上靖自身だといわれる主人公「洪作」の成長と、彼が生きた時代がなぜか中学生だった私の心の琴線に触れたのです。それから三十年以上も経って「流星」という一編の詩を目にしたとき、かつてこれらの小説を読んだころの沸き立つような熱い思いが去来しました。以来、この場所はもっとも私の好きな場所となったのでした。

金沢を訪れたついでに立ち寄った永平寺も私には特別な場所でした。永平寺は道元禅師が開祖となった曹洞宗の総本山であり、厳しい修行がおこなわれていることで有名です。40年も前の「NHK特集」という番組(当時、イタリア賞を受賞した優れたドキュメンタリー番組でした)でその修行の様子が紹介されました。厳寒の冬に黙々と修行する若い僧侶達を見てからというもの、永平寺は私にとっていつか行ってみたい場所のひとつになっていたのです。

永平寺は小松空港から車で1時間30分ほど行ったところにあります。途中の道は今ではきれいに整備されていますが、創建された700年以上もの昔の人たちはここまでどうやって来たのだろうと思うほど山深い場所です。

門前には観光客相手のお店が並んでいて、とある店の駐車場に車を停めて永平寺の入り口にたどり着くと、そこには樹齢数百年にはなろうかという大木が何本もそそり立ち、その古木の間に「永平寺」と書かれた大きな石碑が鎮座しています。その石碑の後ろには、これまたとてつもなく大きな寺の建物がうっそうとした木々の間から見え、深い緑と静けさの中で荘厳な風格のようなものを感じました。

拝観料を払って建物の中に入ると、若い修行僧から永平寺についての解説がありました。私たちが解説を聞いているそのときもこの建物のいたるところで修行が行なわれています。見学している私たちのすぐそばで、窓を拭く修行僧、経を唱えている修行僧、あるいは昼食の準備をする修行僧が私たち観光客には目もくれずに淡々とお勤めをしています。永平寺のほんの一部を周回することができるのですが、ひんやりとした長い回廊を歩きながら、これまでにいったいどれだけの修行僧がこの北陸の厳しい冬に耐えてきたのだろうと思いをはせていました。永平寺は一部が観光化されているとはいえ、霊的ななにかを感じさせる素晴らしい場所でした。

金沢という街、北陸という地域が私は好きです。冬は北陸特有のどんよりとした雪雲におおわれ、人々の生活は雪にはばまれることも少なくありません。しかし、この寒くて暗い冬を耐えつつ前田家122万石の栄華を極めた加賀・金沢には独特の文化があります。そして、永平寺という、厳しい自然と対峙しながら修行に耐える修練の場があります。どちらもこの風土に根付いた文化であり、歴史です。

金沢という地で旧制高校の多感な時期を過ごした井上靖が、晩年になって「流星」という感動的な詩に寄せて若き日を懐古したのも、自然の厳しさの中で繁栄したこの地に何かを感じ取ったからだと思います。金沢をはじめて訪れた私は、井上靖がどのような思いでこの街を散策していたのだろうかと考えたりしながら、しばし満ち足りた3日間を過ごすことができたのでした。

2015年に北陸新幹線が開通します。今度は成長した二人の息子を連れてこの北陸路を訪れたいと思います。そのとき、彼らは心に響くなにかに出会えるでしょうか。

恐怖は突然やってくる

昨日は雲がたれこめ、ときに激しい雨が降るなど、全般的に天気がよくなかったせいか、いつになく過ごしやすい一日でした。しかし、今日は一転して朝から「じりじりと太陽が照りつける」という表現がぴったりの好天気。気温もぐんぐんあがって、冷房の効いた部屋から外に出ることができません。天気予報も「不要不急の外出は控えて下さい」とコロナ流行のとき以来の表現で注意を喚起しています。

こういう季節に注意しなければならないのは熱中症。私はこれまで三度の熱中症を経験しました。しかも、それなりに重症な「熱疲労」と呼ばれる中等度の熱中症になりました。そのときの経験談についてはこれまでもなんどかこのブログで記事を書いてきましたが(右の検索エンジンにて「熱中症」で検索してみてください)、ここでは私自身の経験をふまえて要点だけを繰り返します。

1.「滝のような汗」は黄色信号

三回の経験ともに、「滝のような汗」が熱中症の前触れになりました。暑いときの「滝のような
汗」はむしろ気持ちがいいものです。しかし、それが大変な落とし穴。そのまま「滝のような汗」
をかくままにしていると、次のステージに重症化が進みます。なぜなら体から大量の水分と塩分
が失われるからです。水分と塩分は血圧を維持するための重要な要素。取り過ぎれば血圧があが
りますが、失えばさがります。高血圧の人は「塩分控えめ」を心がけていると思いますが、さす
がに「滝のような汗」をかいたあとは水分と多少の塩分を補給する必要があります。

2.突然襲ってくる強い脱力感

「滝のような汗」のままにしていると、突然、強い脱力感に襲われます。この脱力感は、私のよ
うにそれなりに若いと思っている人間でも立っているのがむずかしいほどのもの。その場で横に
なりたくなります。あるときの経験では、10メートルほど先に自宅の玄関が見えているのに
「はたしてたどり着けるだろうか」と不安になるほどの脱力感でした。なんとか玄関までたどり
着き、ドアを開けると倒れ込むようにして中に入りました。ようやく玄関に入れた私ですが、
冷房の効いた部屋まではって行かなければならないほどです。おそらく、畑で熱中症となって亡
くなった高齢者は、きっと「まだできる」「あそこまでやってしまおう」と滝の
ような汗をぬぐ
いながら作業をし、突然襲った強い脱力感にその場でへたりこんだのでしょう。炎天下でそうな
ったらもう立ち上がれないはず。突然襲ってくるこの脱力感はとても恐ろしいものなのです。

3.対処は「冷却、水分と塩分の補給」

脱力感だけではありません。軽く嘔気も感じ、心なしか意識がもうろうとしているようにも思い
ました。家内に冷えた水分と多少の塩分を補給すべくもってきてもらいました。家内の表情を見
上げると、「医者のくせに何してるの」と思っているかのようなあきれ顔。確かにそうなのです。
以前、日光でも同じような熱中症になっていましたから。さすがにそのときは自分の体力を過信
していることを実感しました。ですから、熱中症は体力はもちろん、年齢にも関係ありません。
先日も部活帰りの中学生が熱中症で亡くなりました。水分の補給はしていたとのことですが、
おそらく塩分の補給がなかったため、自宅への帰り道に自転車をこぎながら大量の汗で塩分を
さらに失って重症の熱射病になってしまったのだと思います。ほんとうに可哀想でした。

4.蒸し暑さにも要注意

日光で熱中症になったときは、森の中でしたから気温はさほど高くはありませんでした。そのか
わり湿度が高かったのです。湿度が高いと汗が蒸発しないので体を冷やすことができません。
そうなるとさらに汗が出るという悪循環になります。日光ではもう少しで目的場所であった徳川
家康のお墓にたどりつくところだったのにその直前で石畳の上に倒れるようにダウンしてしまい
ました。幸い、日差しは強くなく、石畳が冷えていたことが功を奏してしばらくすると回復しま
したが。「室内にいても熱中症」というのはこのような湿度の高さが原因です。

 

【結論】

●「気温の高い環境」と「湿度の高い環境」を避けること

●「滝のような汗」は赤に近い黄信号。すぐに涼しい場所で水分と塩分の補給を。

● 恐ろしい「強い脱力感」は突然にやってくる。意識がもうろうとするときは赤信号。

● 熱中症予防では水分補給だけではだめ。必ず塩分の補給を。高血圧の人も例外ではない。

● 熱中症予防は「うすめた味噌汁」あるいは「うすめたスープ」。「OS-1」でもよし。

  → 冷やしたものを補給しよう。早め、早めに補給すること。

  → まずい「OS-1」も「青リンゴ味」なら飲みやすい(当院の隣の薬局にあります)

  → ポカリスエットなどのスポーツドリンクは糖分が多いのでだめ(薄めれば可)

理想の上司

ときどき「理想の上司は?」というアンケートを見かけます。その回答では歴史上の人物が挙げられたり、ドラマの登場人物や芸能人の名前が出てきたりとさまざまな「理想の上司」が登場します。実際に存在する(した)人かどうかはともかく、「理想の上司」とされた人たちにはある特定のイメージができていることがわかります。そして、アンケートがおこなわれた当時の人たちがどんな人物を求めていたのか、また、そのときの時代背景がどのようなものだったかがわかって面白いものです。

私自身、これまで何人かの上司のもとで働いて来ましたが、「理想の上司」といえる人にはなかなか出会うことはありませんでした。むしろ、その上司を物足りなく思ったり、ときにはそれらが無能さに感じられて愚痴ばかりこぼしていたように思います。とはいえ、よくよく考えてみると、現実の世界には「理想の上司」などおらず、「上司」とはそもそも部下が不満を感じる存在であり、煙たがられるような存在なのかもしれません(私自身が今「上司」になってみてそう感じます)。

とはいえ、「もし、あのとき『理想の上司』がいたら、もっといい仕事ができたかもしれない」と思ってしまいます。そんな私にとってNHKドラマ「男たちの旅路」に出てくる「吉岡司令補」は「理想の上司」のひとりかもしれません。吉岡司令補は特攻隊員の生き残り。戦争の傷跡を心に残しながら、若者を前に「俺は若い奴が嫌いだ」といってはばかりません。このドラマが放映されていた頃、私はその「嫌われる若者」の一人でした。そんな私が吉岡司令補に魅力を感じるのはなぜなのでしょう。

ドラマ「男たちの旅路」の第一部の一話「非常階段」のときの吉岡司令補が一番格好よかったと思います。司令補の警備会社にはさまざまな若者がガードマンに応募してきます。吉岡司令補はある日、新人ガードマンの研修の視察に訪れます。そして、ガードマンという職業を甘く見ている新人たちに、少し手荒い方法でその「現実」を教えようとします。そんな吉岡に反発する若者と、司令補の能力は認めながらも彼のやり方に批判的な部下。彼を理解し、温かく見守るのは吉岡と同じ特攻隊員だった社長だけでした。

その吉岡司令補のもとに、あの研修で一番反発していたふたりの若者(柴田と杉本)が配属されます。仕事の内容は、自殺の名所となってしまったビルの警備。司令補に反感を持ちながらも、なぜか彼のことが気になる柴田は定刻通り、指示通りに警備につきます。一方、杉本はすべてにおいて吉岡のやり方に反発し、指示された通りに警備しようとしません。三人の心のすれ違いが大きくなる中、自殺願望をもった若い女性がビルに侵入してしまいます。三人は女性を必死に探し、ついに彼女を屋上で発見します。

三人をからかうように「自殺させて」とゴンドラを揺さぶる女性。なんとか自殺を思いとどまるように説得する司令補。「そんなに死にたきゃ勝手に死ね」と叫ぶ柴田。吉岡はそれに首を振って言います。「それはいかん。君を死なせるわけにはいかない。それが我々の仕事だからだ」。杉本はその吉岡に「こんなときにそんなずれた話しなんかするな」と怒鳴ります。ゴンドラから落ちそうになった女性に飛びつく吉岡。彼はなんとか女性を助けますが、涙ぐみながらその彼女をなぐりつけるのです。

私は「俺は若いやつが嫌いだ」という吉岡にも、自殺から救った女性をなぐりつける吉岡にもなにか愛情のようなものを感じます。若いころの私はどちらかというと柴田に近い青年だったかもしれません。吉岡司令補のやり方に否定的ではあっても、「吉岡がそうするのにはなにか理由があるはずだ」と感じていたのが柴田だったのではないかと今の私は思います。杉本もその後、徐々に吉岡に惹かれるようになり、その後一番の理解者になっていきます。そうした魅力をもつ人が「理想の上司」かもしれません。

もうひとり思い浮かぶ人がいます。それはドラマ「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵です。平蔵は実在する旗本の三代目。幼名は銕三郎(てつさぶろう)といいました。平蔵は自分の母親が誰かを知りません。そのためか、若いころは酒に溺れ、悪道たちと喧嘩に明け暮れる毎日。巷では「本所の銕(ほんじょのてつ)」として知られた暴れん坊でした。しかし、他の旗本たちとは異なり、火付盗賊改方となった平蔵は与力や同心などの部下たちと酒を酌み交わし、町方がとらえた盗人らに食事を振る舞ったりしたそうです。

ドラマ「鬼平犯科帳」の第一シリーズには第四話「血頭の丹兵衛」という回があります。このときの話しは人間・鬼平の面目躍如ともいえるものです。是非一度観ていただきたいのですが、とくに最後の峠の茶屋でのシーンは秀逸です。かつて血頭の丹兵衛という盗賊に仕えていた粂八。彼は若いころ「犯さず、殺さず、貧しきものからは奪わず」という丹兵衛の掟を破り破門になります。しかし、その丹兵衛が今では急ぎ働き(皆殺しにして手っ取り早く金品を強奪すること)を繰り返しているとの噂を耳にします。

市中では血頭の丹兵衛たちによるものとされる押し込み強盗が次々と起こっています。しかし、長谷川平蔵たち火盗改もその犯人を捕まえられずにいました。そんなとき、牢屋に収監されていた粂八が折り入って平蔵に話しがあると申し出ます。「あの急ぎ働きは丹兵衛の仕業ではない。本当の丹兵衛ならあんなむごたらしいまねは絶対にしない」というのです。そして、「丹兵衛の無実を晴らすため釈放してほしい」と頼みます。周囲が反対する中、鬼平は粂八を牢から解き放つことにします。

粂八の手柄で急ぎ働きの犯人一味が静岡の島田宿で捕まります。その江戸への帰途、平蔵と粂八は峠の茶屋でかつての大物の盗賊と出会います。その老人はすでに盗みからは足を洗っており、「近ごろのむごたらしい殺しや盗みがみんな丹兵衛どんの仕業になっちまって気の毒でしょうがねぇ」と嘆くのです。そして、粂八に「忘れるなよ。犯さず・殺さず・貧しきからは奪わず、だ」と去って行きます。その後ろ姿を見ながら平蔵はしみじみと言います。「おめぇのでぇ好きな血頭の丹兵衛は生きていたなぁ」。

火盗改の諜者(スパイ)になるかどうか迷う粂八。その彼に平蔵は言います。「俺の下で働くってことは、仲間をお上に売ることだ。裏切り者と呼ばれ、犬だとののしられ、正体がばれれば殺される。どこをとったって割にあう話しじゃねぇやな。俺と仕事をする気になったら江戸に尋ねて来い。そうでなけりゃ二度と俺の前に面出すな」。粂八はその言葉に諜者になる決心をします。それはまさしく鬼平の力強さと優しさ、厳しさと義侠心を感じてのことでしょう。リーダーはかくあるべきという見本です。

私は吉岡司令補のように厳しくなれませんし、長谷川平蔵のような包容力の持ち主でもありません。人の上司として働くようになると、人を動かし、使っていくことの難しさがわかります。誰からも好かれる人間が必ずしも魅力的な上司とはなりませんし、「聞く耳」を持っていても部下の言うとおりにしか動くことができず、自分のあたまで考え、想像力を働かして決断を下せない上司は、実は無能なばかりか、組織にとってむしろ有害だという事例があります。皆さんも改めて「理想の上司」について考えてみてはいかがでしょうか。

 

最大多数の最大幸福

最近、我孫子や柏を中心に、新型コロナに感染している人がにわかに増えてきたように感じます。当院に「風邪症状があるがどうしたらよいか」と相談の電話をかけてくる人の数も増え、そうした人たちの症状やそれまでの経過を聴いても、多くが新型コロナに感染したことを想像させるものになっています。そんなことを書くと、急に不安な気持ちになって、一刻も早くワクチンの追加接種をしたくなるかもしれません。それが人情ってものでしょうがあわてないで下さい。

新型コロナウィルスの感染拡大がはじまってからというもの、繰り返し、しつこいくらいに、なんどもなんども書いてきたように、できるだけ冷静に、可能な限り理性的に行動をしなければいけません。なにが正しくて、なにが間違っているのかを自分のあたまで考えようとする努力が必要です。「誰々が言っているから(正しい)」もダメなら、「みんなが言っているから(正しい)」もダメ。マスコミが必ずしも「正しい情報」をながしているわけではないこともご承知の通りです。

「COVID-19」と呼称されている新型コロナウィルスの感染例が中国の武漢から報告されたのが2019年の秋。その翌年から感染は一気に拡大し、教科書の中だけでしか知らなかった「パンデミック」という現象をまざまざと見せつけられました。発生源である中国国内の感染状況はもちろん、中国人移住者が多かったヨーロッパ各国での感染者数は爆発的に増加し、とくにイタリアでは人工呼吸器の絶対数が不足したため、人工呼吸器は若年者に優先して装着する措置がとられるほどでした。

衛生学の先進国と思われていたイギリスでは、まだ感染拡大の途上にあった2020年3月の時点で早くも「集団免疫」という対応策が検討されました。これは「集団の60%以上に感染が成立すると感染は収束する」という学説です。この学説に頼らなければならないほど、イギリスは新型コロナウィルスの感染拡大に追い詰められていたともいえます。しかし、集団免疫となれば相当数の人たちが感染して死亡する、というリスクを容認しなければなりません。さすがのイギリスでも大きな議論を呼びました。

結局、世論の激しい反発もあって、実際に集団免疫に舵を切ることはありませんでした。今思うと、もし感染を終息させるために集団免疫を狙っても、やがて出現する変異株によってその効果は相殺されていたに違いありません。そして、繰り返し出現する変異株にその都度対応を余儀なくされたはず。「ワクチン接種ー感染の終息ー感染の再燃ーワクチン接種」を今も繰り返している現状を見れば、相当数の犠牲者を容認しなければならない集団免疫はあまり効果的なものではなかったかもしれません。

とはいえ、全国的に見ればまだまだ感染は落ち着いています。冒頭に「我孫子や柏で感染者が増えているかも」と述べましたが、それでも「重症になっていることを疑う患者はほとんどいない」と言っていいでしょう。それは多くの人がワクチンを接種してきたからであり、また、現在もワクチンを打ち続けているからです。もちろん、ウィルスの毒性そのものが、遺伝子の変異を繰り返すうちに低下しているからかもしれません。いずれにしても今の感染状況は以前のそれとはあきらかに異なります。

現時点で新型コロナに感染したことを疑う症状としては、「比較的強い咽頭痛」と「突然出現する高熱」があげられるでしょう。そのような症状を訴える患者に検査をすると、かなりの確率で「COVID-19 陽性」となります。だからといって、咽頭痛や高熱がなければ「新型コロナの感染ではない」とはいえません。風邪程度だろうと高をくくって総合感冒薬を服用して働いていたが実は「陽性」だった、という人も少なくありません。それはワクチン接種のおかげで軽症で済んだにすぎないケースだと思います。

以上のように、新型コロナに対するワクチン接種の重要性も、感染したかどうかを検査する価値も、あるいは医療機関に受診する必要性も、以前とはずいぶん異なった状況にあります。そのことを考慮せずに、以前と同じように「怖い、怖い」と大騒ぎをし、相変わらず過剰な対応をとろうとする人のなんと多いことか。重症者がきわめて少ない今、「新型コロナに感染したかどうか」はそれほど問題ではありません。「他の人に感染させないように配慮すること」がなにより大切です。

そうした背景もあって、当院では風邪症状を訴える人にはできるだけ来院患者の少ない時間帯に受診するように誘導しています。それは患者さん達を新型コロナウィルスから守るための工夫です。事前に連絡せずに直接来院する風邪症状の患者さんもいます。そうした人たちについては、待合室ではなく、第二診察室やレントゲン室、あるいは廊下の椅子で待っていただいています。それを不愉快に思う人もいるかもしれませんが、他の一般患者を新型コロナウィルスから守るためとしてご理解いただいています。

一方、軽い風邪症状を訴えるだけの方には「自宅で経過観察をしてください」とお願いすることがあります。患者さんご本人は「早めに治したいので薬がほしい」ということなのかもしれません。でも、新型コロナであれ、従来の風邪ウィルスであれ、そもそもが「早く治すための薬」などないのです。不快な症状を軽減するお薬を処方するのみです。ですから、「この症状で薬が必要?」と思われるケースについては「このまま自宅で様子を見て、明日またご連絡ください」とお話しします。

でも、こうした対応に納得してもらえないことも少なくありません。「なぜ、今、診てもらえないのですか」と怒り出す人もいます。「すぐに薬がほしい。明日は会社にいかなければならないんだよ」。そうお考えになっていることも理解はできます。しかし、薬を服用する必要性があまりない場合、できるだけ自宅で経過を見てほしいのです。これもクリニックに来院する一般の患者さんを新型コロナから守るため。つまり、軽微な風邪症状の人とそうではない患者とを不必要に接触をさせない工夫なのです。

そもそも風邪症状が出て間もない頃では新型コロナに感染しているかどうか判断できません。今は平熱(微熱)だがこれから高熱になりそうなケースもあります。そのような場合は経過観察が必要です。すでに高熱になっている場合であっても、発熱して間もない場合はしばらく経過を見てから受診していただく方がいいのです。なぜなら重症度判定は高熱がどのように推移するかを診なければ判断できないからです。抗原検査も熱発直後に検査するのは正確性という点であまり望ましいことではありません。

「風邪薬は早めに服用してはいけない」と繰り返してきたせいか、その指示を守って受診される方が徐々にふえてきました。たとえ熱が出ても、ワクチンを接種した人であれば二日ぐらい熱が続いたのちに急速に回復する場合が多いように思います。もちろんそうした方に総合感冒薬や解熱剤は不要です。とはいえ、「風邪薬を飲みながら会社(学校)に行っていました」という人はまだいて、検査で「陽性」が出てはじめて自分が感染拡大の一因になっていることに気が付くのです。

ワクチンに対するネガティブキャンペーンはだいぶ減りました。「新型コロナのワクチンはこれ以上もう打たない」という人もいます。でも、それでいいと思います。今や新型コロナのワクチンを接種するか否かは自己責任の範囲で決めればいい状況になっているからです。ワクチンの接種にはリスクがともないます。ワクチンという「異物」を体内に接種する以上、それなりの副反応が起こるのは想定内のことなのです。副反応に対する過剰な報道によってワクチン接種が中止された歴史から学ぶべきことはあります。

その代表的なものが、MMR混合ワクチンと子宮頸がんワクチンです。MMR混合ワクチンとは「おたふく・風疹・はしか」に対応するワクチンのことですが、接種後に髄膜炎になる子どもがいることが問題視され、1993年にその定期接種が中止されました。また、1998年には「MMR混合ワクチンが自閉症の原因になる」というねつ造論文も発表されました。しかし、このワクチンが社会問題化し、接種が中止されたことで感染が流行しやすい土壌を作ってしまいました。そして、その影響は今も続いています。

子宮頸がんワクチンもまた同様の経緯をたどりました。その副反応がことさらに強調され、2013年からつい最近まで接種が中止されていたのです。その間、本来であれば同ワクチンを接種できたはずの当時小学校六年生から高校一年生の女子児童・生徒が接種できなくなりました。結局、この副反応は「問題なし」と判断され、そのワクチン接種事業は現在再開されています。このワクチン接種が中止された影響で、それまで低下していた子宮頸がんの原因ウィルスへの感染率が再上昇しています。

ワクチンの副反応を大騒ぎするのもマスコミなら、接種中止によってウィルスへの感染率が上昇したと騒ぐのもマスコミです。そして、そうした情報にいちいち翻弄される情報リテラシーに欠ける一般の人たちもいます。こうした愚かなことが繰り返されるのは、ひとえに理性的に報じられない情報の送り手と、それを自分のあたまで考え、判断しようとしない受け手の問題だから。と同時に、社会正義の名の下になにかあればすぐに責任を追及し、社会的な制裁を加えようとする世の中の風潮にも原因があります。

最近の社会には「寛容さ」がなくなってきたと思います。なにかの問題が起ると、すぐに責任追求という「集団リンチ」がはじまります。最近、日本でも多様性の重視がことさらに強調されるようになりました。そのような社会には寛容さが求められるはずです。しかし、その実態は「多様性を重視しろ」と法律でせまり、それを人々に強制することのように思えてなりません。でも、多様性や寛容さを人々に強制する社会そのものに多様性や寛容さはあるでしょうか。そうした矛盾にどのくらいの人が気づいているでしょう。

世の中を見渡すと「責任をとれ」と他人に迫る人が自分の責任には無関心という事例をしばしば見かけます。そんな傲慢さが支配する独善的な社会の「正義」は欺瞞にすぎません。ワクチン接種を強制することと同様に、ワクチン接種を妨害することにも「正義」はありません。その一方で、社会の状況によっては各人の自由意志にまかせることが「正義」ではない場合もあります。社会としての「最大多数の最大幸福」を実現するため、いかにしてバランスをとっていくか。この一点に知恵をしぼることが大切なのです。

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