子ども達に伝えたいこと(3)

10月21日、今年も麗澤中学校で開催された職業別講演会に行ってきました。毎年、中学三年生の生徒さんに「医師について」と題してお話ししています。でも、本当に伝えたいことは、「医師」という職業についてではなく、「ダメダメ小学生だった自分が、いかにして医者になったか」ということ。失敗を繰り返しながらも、子どものころからの夢だった「医師」になれた私の半生を知ってほしいのです。その体験を通じて、「くじけないことの尊さ」を感じてほしい。そんなことを思いながらお話ししています。とはいえ、伝えたいことすべてを言い尽くすのは不可能です。また、生徒さんの中には「医師」という職業を選択しなかった人もいます。そこで今回は、私がいつも講演で伝えたいと思っていることをまとめてみました。

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麗澤中学校のみなさんへ

先日はお疲れさまでした。職業別講演会はいかがだったでしょうか。「面白かった」で終らさず、「自分はどんな職業に就きたいのか」「どのような仕事が自分に向いているのか」を考えてみて下さい。

皆さんの多くは、自分の将来についてはまだ漠然としていて、明確な目標を持っていない人もいると思います。「なんとなく大学に進もう」と考えている人が大多数かもしれません。しかし、どのような学校を、あるいは、どのような学部を選ぶかは職業選びに影響します。特に大学の理系学部に進んだ場合はそうですが、文系学部であっても学部選びを間違ったために希望する職種に就けないことがあります。だからこそ、「どんな職業に就きたいのか」「どのような仕事が自分に向いているのか」を考えておくべきなのです。

何かを選択するときは、必要条件と十分条件を考えるといいと思います。必要条件とは、「これだけははずせない条件」のことです。そして、十分条件とは「これがあればなおいい条件」のこと。たとえば、職業を選ぶ際、「やりがいを感じることが絶対に必要」なのであれば「やりがい」は必要条件になります。「職場が自宅に近ければなおいい」のであればそれが十分条件です。そして、「給料さえよければどんな仕事でもいい」という場合であれば、「給料がいいこと」は「必要かつ十分な条件」になります。

今、AI(人工知能)が進化を続けています。将来、そのAIに取って代わられてしまう仕事があるかもしれません。とくに膨大な知識を前提とする職業、あるいは正確さ・緻密さを求められるような職業はAIの得意分野であるだけにその影響は避けられません。だからといって「どの仕事を選べば身分が安定しているか」と選ぼうとしても、そんなことを見通すのは不可能。多くの予想ははずれるものなのです。そうではなくて、「やりたい仕事」「自分に向いている仕事」を必要条件にした職業選びをした方がいいと思います。

私は幼いころから「医者になりたい」と思っていました。しかし、小学生のころは勉強をしない、宿題すらやっていかない、そもそも学校が嫌いな子どもでした。そして、そのままなんの努力もしない中学生になってしまいました。なのに、そんな私が夢だった医者になれたのは奇蹟かも知れません。でも、偶然ではありません。偶然では決して医者にはなれないのです。医者になれたのは、まさに皆さんと同じ中学三年生のときの私が生まれ変わりはじめたからです(以前の記事「やる気スイッチ」を読んで下さい)。

私が生まれ変わるきっかけは「三つの転機」にあります。「三つの転機」とは、「このままでは高校には受からない」と担任の先生に宣告された中三のとき。そして、それまで高校で外国語として習っていたドイツ語を大学生の先輩に否定されてしまった高三のとき。さらに、卒業研究に打ち込む同級生たちの姿に「やりたいことを仕事にする大切さ」を思い知らされた大学四年生のときのこと。この「三つの転機」を乗り切れたからこそ今の私があります。これらの転機がなかったら私は医者にはなれなかったと思います。

一方、その「転機」を乗り切る勇気と力を与えてくれたのが、ふたりの恩師から贈られた「言葉」です。ひとつは、勉強の面白さに気がつきはじめた中学三年のときに英語の先生から言われた言葉。「人間にはなんどか【ここぞ】というときがある。その【ここぞ】というときに踏ん張れるかどうかで、その人の価値が決まるんだよ。」というものです。この言葉は中学生の私の心になぜか響きました。そして、それ以後、私は苦境に立たされるたびにこの言葉を思い出し、くじけそうな自分を支えてくれたように思います。

もうひとつは、大学の就職担当の先生に言われた言葉です。当時の私は就職先を決めなければならない時期なのに、医学部を再受験するかどうか迷っていました。それは、同級生たちが就職・進学する中、自分だけが大学受験生に戻ることが不安だったから。また、「なんど受験しても合格できなかったらみじめだ」と思っていたからです。そんな時に先生は言いました。「他人(ひと)がどう思うかではなく、君がなにをしたいかじゃないか。他人は他人、君は君なんだよ」と。この言葉が私に再受験をする勇気を与えてくれました。

ひとつひとつの苦境にくじけていたら、きっと私は、うまくいかないことを運の悪さのせいにする、いじけた人間になっていたでしょう。これまでの半生を振り返ると、なりたかった医師になれたことそれ自体よりも、医師になるために頑張ったことがいかに貴重だったかに気が付きます。困難にぶつかってもあきらめず、立ちはだかる壁を乗り越えようとする努力こそが重要なのです。そうした経験はなにか大切なものを残してくれます。その意味で、先ほどの「三つの転機」と「ふたつの言葉」は私の宝物になりました。

皆さんに強調したいのは、「一回や二回の成功や失敗で人生は決まらない」ということです。「人生はなんどでもやりなおせる」ということも知ってほしい。人生をまっとうするうえで大切なのは、成功を繰り返すことでもなければ、失敗しないことでもありません。むしろ、「ひとつひとつの成功や失敗をふまえて、『これからの自分はなにをしなければならないのか』を考え、それを誠実に実行すること」です。成功や失敗は単なる通過点にすぎません。その積み重ねが皆さんの人生を意義深いものにしていくのです。

世の中には「下らない序列」にあふれています。偏差値がどうの、学歴がどうの、社会的地位がどうの、収入がどうの、と忌まわしい序列が人々を振り回しています。人の幸せにはいろいろな形があります。同じものなどひとつとしてありません。ましてや、他人に誇らしげに見せつけるものではない。楽しい家庭を持つことを幸福と呼ぶ人もいるでしょう。使い切れないほどの財産を所有することが幸せだと思う人すらいます。幸せの形がどうであれ、あなた自身の幸福のために「どんな職業が自分にふさわしいか」を考えることが大切です。

人生は長いようで短いもの。私が【ジョン・万次郎の生涯】をたくさんの人に知ってほしいのは、彼が自分の人生における困難にくじけず、常に前を向いて生き抜いたことを伝えたいからです。皆さんはこれからさまざまな経験をしていくことでしょう。うまくいって欣喜雀躍(きんきじゃくやく)することがあると思います。しかし、うまくいかずに打ちのめされることだってあるかもしれません。そのいずれのときであっても、ぜひ思い出してほしいことを今日はまとめてみました。

                                   皆さん、頑張りましょう。

「【ここぞ】というときに踏ん張れるかどうかで、その人の価値が決まるんだよ 」

「 他人(ひと)がどう思うかではなく、君がなにをしたいかじゃないか 」

「 一回や二回の成功や失敗で人生は決まらない 」

「 人生はなんどでもやり直すことができる 」

                   ※ 姉妹編「子ども達に伝えたいこと(2)」もお読み下さい