ひとことで言うと、私は正義感が強い方だと思います。これは私の父親が警察官だったことが影響しているのかも知れませんが、私の長男の性格を見ていると同じく「正義感が強い(強すぎる?)」と感じることがあります。もしかするとこれは環境によって形成されたものではなく、遺伝的なものなのかもしれません。しかし、「正義感が強い」のも善し悪しで、「正義感が強すぎる」とときとして「まわりの空気を読めない」ということになり周囲の人たちに迷惑をかけます。
今でも思い出すのは、研修先の病院の採用試験を受けに行った日のこと。受験を終えて札幌に帰ろうと電車に乗っているとき、吊革につかまっていた私のななめ前に若い女性が座っていました。当初はそんなことにも気が付かなかったのですが、ふと私は電車の中の雰囲気が微妙に変化するのを感じました。というのも隣の車両から大声を出しながら移動してくる酔っ払いがいたからです。車内の人たちは一様にそんなことに気付いていないかのように装っていますが、みんなの意識がその男に集中しているのがよくわかりました。
はじめは私も同じように知らぬふりをしていたのですが、こういうときに限ってその酔っ払いは私の斜め前に座る女性を見るやいなや絡み始めました。両隣には男性が座っていましたが見て見ぬふりをしています。私は一瞬戸惑いましたが、どうしようかと思案するまでもなくその酔っ払いに声をかけていました。「私の連れなのでやめてもらえませんか」。その酔っ払いは不敵な笑みを浮かべながら私の方をにらんで言いました。「なにを。おまえの女って証拠あんのかよ」。そのあとどう受け答えしたのかよく覚えていないのですが、結局、その男に「次の駅で降りろ」と言われるままに電車を降りました。
駅で降りると酔っ払いは私の襟をつかんですごみました。私の頭の中は意外と冷静だったのですが、もしこの男が私に手を出してきたときにどう対処するかを考えていました。こぶしがこっちからきたらこうかわして、けりが来そうだったらこう防いで・・・。私がなされるままにしていると男はますます興奮してきて、今にも手をあげそうな勢いです。いよいよ取っ組み合いをしなければならないのか。そう思ったとき、近くで女性の声がしました。「あんた、なにやってるのよ」。そう言いながら、もみ合っている私たちのそばにひとりの中年の女性が近寄ってきました。酔っ払いは少し驚いたように振り返りました。
「昼間っから酔っぱらってるんじゃないよ。私は錦糸町で30年ホステスをやってるけど、あんたみたいなみっともない男は見たことないよ」。すごい剣幕で男をまくし立てています。あっけにとられたようにその男はつかんでいた私の襟を離すとなにやら捨て台詞を残して消えてしまいました。私は女性にお礼をいいました。「助けていただいてありがとうございました」。気風(きっぷ)のよいその女性は「あんな奴、まともに相手をしない方がいいよ。どうやら女の子を助けようとしたらしいけど、その子、どっか行っちゃったね」と私に微笑むと風のように去っていきました。
私はその中年の女性の後ろ姿を見送りながらとても爽やかな気持ちになりました。まるで白馬に乗った王子さま(王女さま)に出会ったような気分でした。しかも、私が女の子を助けようとしたことを知っていたということは、おそらく電車の中での私たちのやり取りを見ていたのかもしれません。電車から引きづりおろされるように連れていかれる私が気になって一緒に降りてくれたんだと思います。だって、錦糸町はそのまま電車に乗ってたった数駅のところなのですから。そのときはそんなことも気が付かなかったので、お礼をひとこと言うぐらいのことしかできませんでした。それにしても実にかっこいい女性でした。
いちじが万事、こんな風によく考えもせず行動してしまうのでしばしば「火傷」をします。それも私の「正義感」のなせる業なんですが、目の前で起こっている緊急事態に誰もがだんまりを決めているとどうしても手が出てしまう(口を出してしまう)のです。うちの息子もまるでそうで、誰も引き受けない役回りがあると自分から手をあげてしまう。でも実はその役回りをやりたいわけでもなく、彼にその役割を満足に果たせるわけもない、なんてことがよくあります。そんなとき、「ああ俺に似ちまったなぁ」って思うんです。ちょっぴりうれしいですけど。
私のこうした性格が災いして、上司と衝突したりして職場をやめることになったことも一度や二度ではありません。このときの顛末には小説になるような出来事があったりして、まとめれば一冊の小説が書けるくらいです。しかも、ずいぶんと面白いものになるだろうと思います。きっとそんなことをしたら、以前の職場の上司たちはみんな真っ青になることばかりですけど。でも、安心してください。残念ながら私には文才がないので小説なんて書けませんから。せめてこのブログで紹介する程度ですよ(当事者しか個人が特定できないようにしますから大丈夫です)。